2015.3.10

FEATURE

パリでのテロ事件発生後、EUのテロ対策は今

パリでのテロ事件発生後、EUのテロ対策は今

1月7日の仏『シャルリー・エブド』紙襲撃事件を受けたEU首脳や市民の反応

衝撃のニュースは瞬く間に世界へ伝わると同時に、「テロに屈することなく民主主義を守る」という連帯と行動の輪が、フランスという国を越えてEU全体に波及していく様子には、鳥肌が立つような臨場感があった。

欧州委員会ビルの前には、弔意を示す半旗が揚げられた(ブリュッセル) © European Union, 2015

EU主要機関の反応は早かった。ドナルド・トゥスク欧州理事会議長とジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長は、同日中に、欧州が礎とする民主主義への残虐非道な攻撃に、断固立ち上がると表明。ブリュッセルの欧州議会ビル前では、翌8日、欧州議会議員や職員が、集まった市民とともに黙とうし、マルティン・シュルツ欧州議会議長は、「皆さんと同様に、私たちも皆シャルリーだ」と述べた。

1月11日、パリに150万人以上の市民と各国首脳が集まった行進には、上記3氏に加え、フェデリカ・モゲリーニ欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長、ディミトリス・アヴラモプロス欧州委員会移民・内務担当委員も駆けつけた。

多様な背景を持つ、普通の市民たちが自発的に立ち上がった © Michiko KURITA

欧州ではこれまでにもテロはあったが、今回の反応には目を見張るものがあった。国境を越えた欧州としての強い連帯意識の高まりが見られ、欧州市民が歴史をかけて勝ち取ってきた自由、安全、公正、民主主義を守り抜くために一人ひとりが自発的に立ち上がったからだ。パリで150万人が決起した日曜午後、フランス全土では350万人以上もが各地のデモに参加。他の欧州都市でも、ブリュッセルで2万人、ベルリンで1万8,000人、ウィーンで1万2,000人、ストックホルム、ロンドン、マドリッドやバルセロナでも数千人単位の市民が「無関心ではいられない」と行動したのは、欧州統合60年の中で初めてのことだった。

ベルリンでは、ブランデンブルク門に近いフランス大使館前に、予想された6,000人を大きく上回る人々が結集。続く13日にはアンゲラ・メルケル首相の呼びかけに応え、閣僚と諸宗教のリーダーが一堂に会し、宗教や人種の違いを超えた連帯と寛容を希求した。2004年3月、イスラム過激派による鉄道駅爆破テロで欧州最多の191人もの犠牲者を出したマドリッドでは、50以上のイスラム教寺院や団体も参加しての行進となった。

「ブリュッセルはシャルリ―だ」と表示する電光掲示板 © Michiko KURITA

EU主要機関が多く立地するブリュッセルでは、「ブリュッセルはシャルリーだ」と表示する電光掲示板を仰ぎながら、黒装束の原始ユダヤ教徒、ヒジャブ姿の女性イスラム教徒、小さな子どもを連れた家族、老夫婦、若者、車いすの障害者が、宗教や人種を超えて「憎悪と戦おう」、「表現は民主主義の基本」などと書かれたプラカードを掲げて静かな行進に加わった。

 

 

欧州各国のイスラム系移民と過激派テロの実態

EUテロ対策のブレーン、デゥ・ケルコーベEU理事会テロ対策調整官 © European Union

欧州各国は、歴史的に宗教的背景の異なる移民を多く受け入れてきた。北アフリカ、トルコ、中東などから移り住んだイスラム教徒は、少子化が進む欧州諸国でも増え続けている。彼らは都市部に集中して居住し、貧困や犯罪などの問題も内包する。

それでは、欧州は、イスラム教徒に凌駕されているのか。過激派ばかりが増えて、テロ脅威にさらされる危険地帯なのだろうか。EUの世論調査「ユーロバロメーター」(Eurobarometer Poll)2012によれば、欧州で圧倒的に多いのはキリスト教徒(カトリック、プロテスタント、東方正教会合計)の72%で、イスラム教徒は2%でしかない。フランス、ドイツ、ベルギーなどでは現時点では人口の4~6%とされるが、急増しているため、2030年頃には都市部では3割を超えるとの推計もある。一方、ユーロポール(Europol、欧州警察機関)がまとめたテロの実態と傾向報告(TE-SAT 2012~2014)によれば、2013年までの3年間にEU加盟国内で起きたテロ(546件)の大半は分離運動家によるもので、「宗教上の動機」は1%と極めて少ない。しかし、逮捕者数(1,556人)では「宗教上の動機」が30%以上を占め、特に、テロ攻撃準備・実行容疑での逮捕者が増えていることが懸念された。欧州からシリアへ渡る戦闘員が2,000人(特に、フランス、ベルギー、デンマークなどからが多い)とも推計され、紛争地での欧州市民の人質・殺害事件が起こっていることも加味すると、欧州市民にとってイスラム過激派によるテロ脅威は多様化し、政策課題であることは間違いない。

テロ事件数注1およびテロ関連逮捕者数の推移

2007年以来、EU理事会テロ対策調整官を務めるジル・デゥ・ケルコーベ氏は、「イスラム過激派はソーシャルメディアを駆使して若者を過激洗脳し、志願兵を集める。帰還した者は兄弟や友人を勧誘する。現地で実戦訓練を受けた者の記憶を『消去』することは難しい」(2014年2月インタビューにて)と警鐘を鳴らしていたが、2014年5月にはブリュッセルのユダヤ博物館で、2015年1月にはパリで事件は起こってしまった。

強化されるEUのテロ対策

2月12日の欧州理事会非公式会合(ブリュッセル)© European Union 2015

では、実際、EUのテロ対策とはどういうものなのか。安全保障は、EUの基本条約には、加盟各国が権限を持つ政策分野と規定されている。しかしながら、統合により、人ばかりか、武器や資金が自由に域内を移動し、テロ組織が国とは無関係なネットツールを多用する今日では、EUとしての連携・協力は重要度を増している。

2005年11月、EU理事会は「予防・防備・追跡・対応」(Prevent, Protect, Pursue, Respond)という4つの柱から成る「EUテロ対策戦略」を採択し、その後も改定強化を重ね、過激洗脳のネットワークを断ち切り、欧州市民が尊重する価値や基本的人権を守るための施策を進めてきた。

2005年「EUテロ対策戦略」の概略要約図 

欧州理事会非公式会合を終えて、歓談する加盟国およびEU首脳 © European Union 2015

EUの安全保障予算のうち38億ユーロ(2014年~2020年)が加盟国のテロ対策に充当されているほか、EUは域外諸国や国際組織との協力推進で重要な役割を遂行している。米国との間では、テロ資金追跡プログラム(US Terrorist Finance Tracking Program) の利用で合意、中東・アフリカ諸国との協議も重ね、これらの国々における教育や貧困対策にも積極的に取り組んでいる。

シリア内戦勃発後、欧州から紛争地へ渡る戦闘員や紛争地からの帰還者の増加を受け、EU域外への渡航検問強化、シェンゲン情報システム(Schengen Information System= SIS II、加盟各国の国境管理当局、税関、警察当局の間で、深刻な犯罪に関与していると思われる人物に関する情報交換を容易にするシステム)を使ったテロ容疑者の摘発、ユーロポール、ユーロジャスト(Eurojust、欧州検察機関)などとの連携も積極的に推し進められていた。

具体例を挙げよう。欧州委員会は、2011年、各加盟国から幅広い専門家(被害者団体、行政、ユダヤ教徒団体、警察、刑務所や執行猶予の監視員、教師、医療や社会福祉専門家など)を集めて「過激化認知ネットワーク(Radicalisation Awareness Network)」を設置。たとえば、「EuRad, Faith to counter radicalization」は、イタリア、スペイン、アイルランド、英国などのイスラム教徒団体、アラブ人組織、犯罪撲滅団体などが共同で運営する反過激信仰を推進するサイトだが、欧州委員会はこれも資金援助している。また、パリ事件直後の1月末、ベルギー、フランス、ギリシャなど数カ所で過激派拠点などの一斉捜査が行われたが、これもユーロポールや「EU IntCen(EU情報活動分析センター)」などによる追跡捜査の成果の表れだ。

2015年、イスラム過激派によるテロや人質殺害事件を受けて、EUは今

EUとしての新たなテロ対策は、昨年の国連安保理決議(21702178)を受け、6月に採択予定の「欧州安全保障アジェンダ」に組み込まれる。今回の一連のテロは、アジェンダ採択に向けて、航空機利用者名簿(PNR、Passenger Name Records)利用についての審議などが急がれていた矢先に起きてしまった。

1月のパリ襲撃後、EUでは司法・内務理事会、外務理事会などが次々と開かれ、2月12日の欧州理事会非公式会合では、EUが礎とする共通の価値基準――すなわち、連帯、自由(表現の自由を含む)、多元性、民主主義、寛容、尊厳――を全うし、欧州市民が安全に生きられる社会を実現するための、3つの指針を明確化している。

1. 欧州市民の安全を確実にする
2. 過激洗脳を食い止め、欧州の共通の価値を守り抜く
3. 国際的な機関・諸外国との連携協力を推し進める

4月までに、欧州委員会が、外務・安全保障政策上級代表やEU理事会テロ対策調整官、加盟各国の総力を結集して、包括的な「欧州安全保障アジェンダ」を提案し、6月の定例欧州理事会(EU首脳会議)での採決を目指す。

残念なことに、パリでの事件後、デンマークでもテロが起き、また、中東では日本人2人がイスラム過激派組織に殺害されるという痛ましい事件が相次いでしまった。モゲリーニ上級代表は2月1日の声明で、日本の市民や遺族への弔意を示し、人命保護と国際社会の安全のために、可能なすべての手段を尽くすことを誓った。「罪を犯したものは、必ずその責任を取らねばならない」と。

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