2019.2.26
FEATURE
2018年12月に開かれ、気候変動抑制を目的として多国間で合意したパリ協定を実施するための「ルールブック」を採択したCOP24。欧州委員会はそれに先立ち、2050年までに気候中立な経済の実現を目指す戦略的展望(ビジョン)を発表。COP24においても、EUが他国を先導し、気候変動に対して耐性のある未来に寄与するための長期ビジョンを、世界のパートナーに対して明示した。今後EUでは、電力、産業、輸送、農業、建物などの各分野で、低炭素社会への移行に向けた多角的な取り組みが計画されている。
2018年12月2日~15日にポーランド・カトヴィツェで第24回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP24)が開催され、気候変動に関するパリ協定を実施に移すための「ルールブック」(実施指針)が採択された。パリ協定は、地球の平均気温の上昇を産業革命以前と比べて2度未満に抑えること、さらには1.5度未満に抑える努力を追求することを目標に、2015年12月に採択された多国間合意である(195カ国が署名し、184カ国が批准。2016年11月4日に発効)。世界中の全てのレベルで気候行動を進めていく上での土台となる世界共通のルールブックを作るのはEUの最重要目標であり、COP24においてEUは途上国・先進国および主要経済国と連携し、有益な役割を果たした。
ルールブックの採択により締約国は、協定の目標を達成するための各国の貢献を実行および確認し、漸進的に貢献のレベルを引き上げていくことが可能になる。採択にあたり欧州委員会のミゲル・アリアス・カニェテ気候行動・エネルギー担当委員は、「われわれは欧州人として結束し、パリ協定を実施するルール作りにおいてバランスのよい取り決めに達した。……この成功は、多国間主義とルールに基づく国際秩序の成功でもある」と述べている。
COP24で合意された主な結果は、以下のとおり。
パリ協定が求める「国別貢献(Nationally Determined Contribution=NDC)」では、EUは1990年比で2030年までに温室効果ガス排出量を40%以上削減することを掲げている。この2030年排出目標の実行に必要な全ての主要な立法は採択されており、その中には、全面的に実施されれば約45%の削減も可能になるような再生可能エネルギーや省エネに関するものも含まれている。また、輸送や建物、農業、廃棄物といった分野における「EU排出量取引制度(Emission Trading System=ETS)」の近代化とEU加盟各国の「2030年の削減目標」に関しても取り組んでいる。
さらにEUは、気候への負荷がなく近代的で競争力のある気候中立な(climate neutral-温室効果ガスの実質排出ゼロ)欧州経済を目指す2050年までのビジョンを、COP24で世界のパートナーに示した。EUはこのビジョンを今後EU域内で議論し、2020年までにCOPに提出する2050年を見据えた長期戦略の採択へとつなげていく。ビジョンには、温室効果ガス排出量削減のための詳細な分析を下敷きとして、パリ協定の目標を実現するためにEUはどのように貢献できるかが書かれている。
EUは長期的に、温室効果ガス排出量を極力減らし、やむを得ない排出分は吸収できるようにする「気候中立な経済」を目指している。そもそも長期戦略は、パリ協定の目標を達成するために21世紀半ばまでの戦略を2020年までに提出する、という全ての締約国に課されているものである。欧州委員会は現在の科学的理解やIPCCの勧告に鑑み、EUが2050年までに温室効果ガス排出量を1990年比で80%減から100%減、すなわちゼロエミッションを達成するためのさまざまな道筋を精査した。
この目標達成には、科学技術の発展はもちろん、どの技術を導入するかの政治的決定が鍵であり、かつ市民の意識や行動、ライフスタイルなどのさまざまな要素が絡んでくる。また電力をはじめ、産業、輸送、農業、建物といった各分野での取り組みが欠かせない。
現在、EU加盟国の温室効果ガス排出量の75%以上は化石燃料によるものであり、発電部門では2050年までに完全に脱炭素化されなければならない。80%は再生可能エネルギーから生み出されるだろう。産業ではほとんどの温室効果ガスが、水蒸気や温水、高温機器のための加熱によって生み出される。これらは資源の効率化や再生可能エネルギーの利用、あるいは水素などの低炭素エネルギーの使用によって削減が可能と考えられる。
現在の運輸部門は、化石燃料に大幅に頼っているため、低排出・ゼロ排出車とインフラ、代替またはネットゼロの化石燃料、輸送システムのさらなる効率化などを推進していくことが必須だ。農業は二酸化炭素以外の温室効果ガスの最大の排出部門であり、その削減は難しい。温室効果ガスの総排出量は減少し続けているものの、家畜・肥料管理の改善、またバイオマスエネルギーの活用により一層の削減が可能と見込まれている。一方、EU内の家屋やサービス業用の建物は、全エネルギーのうち約4割という最大の割合を消費している(2015年時点)。最新技術を取り入れて効率化を図ったスマートビルディングの管理システムや再生可能エネルギーを使った暖房など、多角的な取り組みが欠かせない。
さらなる省エネや循環経済を推進するには研究開発やイノベーションが不可欠で、EUはさまざまな分野に研究資金を出資する。例えば、次期EU研究・イノベーション研究開発プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」では、2021年から2027年までに充てられる1,000億ユーロの助成金のうち、150億ユーロは気候変動やエネルギー、輸送に関連した研究である。
今日、EUのGDPの2%が毎年エネルギーシステムや関連するインフラ整備に投資されているが、排出ゼロの実現には2.8%(1年当たり5,200〜5,750億ユーロ相当)にする必要があるとされている。大半の投資は個人や企業によるものであるが、EUは民間の投資が滞っている部分に、さまざまな基金やプログラムを通して公的資金を投入する。
例えば、「持続可能な成長へのファイナンス行動計画(Action Plan on Financing Sustainable Growth)」は、欧州経済と世界経済のニーズをファイナンス(融資)と結び付け、(1)資本の流れのグリーン投資への方向転換、(2)気候変動、自然災害、環境悪化、および社会問題に起因する金融リスクの管理、(3)金融・経済活動における透明性と長期主義の促進、という3つの目標を掲げている。
EUはまた、社会的側面からも移行を支える。「欧州グローバル化調整基金(EGF)」では、石炭業界などで職を失った人たちを支援するために、次期長期予算(2021年~2027年)で総額16億ユーロを計上している。
気候中立な経済への移行には、どのようにエネルギーを調達して消費し、どのような住宅に住み、何を使って移動するかについて、市民の意識転換が不可欠である。カーシェアリングなどのサービスが広まり、在宅ワークなどの新しい働き方も普及するだろう。暖房や冷房を効率化するスマートビルディングが浸透すれば省エネで経費を削減できるだけでなく、大気汚染や騒音軽減にもなり、生活の質の向上が期待できる。経済のエネルギー依存を減らし、生物多様性の保護にも役立つ。環境に配慮したラベルの設定や情報提供、公正な環境税や炭素税の導入など、EUとしてできることも多い。気候変動問題に対して意識的になることは、健全なライフスタイルを選ぶことにもつながるというのがEUの考えである。
なお、日本とEUは、国際社会を取り巻く環境問題、とりわけ気候変動に関する課題に関して同様の立場を保持し、脱炭素社会という新たな未来に向かって、共に歩みを進めようとしている。折しも去る2月1日に、日・EU経済連携協定(EPA)と同戦略的パートナーシップ協定(SPA)が施行されたが(SPAは暫定適用)、日・EU協力の根幹をなすものとして両協定では気候変動対策が取り上げられており、今後の協力関係の強化が期待されよう。
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