2022.1.31
FEATURE
「欧州グリーンディール」の実現に向けたEUのイニシアティブの一つが「新欧州バウハウス」だ。20世紀に「芸術と技術の融合」を掲げてモダンデザインに多大な影響を及ぼしたバウハウスにならって、持続可能で美しくかつイノベーティブな生活様式・空間を共創し、気候変動などの社会課題の解決に取り組んでいく。
「バウハウス」とは、1919年にドイツ中部の小都市ワイマールに開校し14年間だけ存在した造形学校のこと。建築を中心に写真やグラフィックなどのアートから家具や照明器具などの日用品のデザインまで、幅広く芸術と技術を融合した活動は後世に多大な影響を与えた。
それから約100年、欧州連合(EU)は脱炭素と経済成長の両立を実現する「欧州グリーンディール」に、バウハウス的なアプローチを取り込むこととした。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が、2020年9月の施政方針演説で発表した「新欧州バウハウス(New European Bauhaus)」は、市民、専門家、企業、行政機関などが共創することにより、芸術、文化、科学技術、環境、経済などの幅広い分野を融合して新たな生活様式・空間を構築することを目指すプロジェクトだ。
フォン・デア・ライエン委員長はプロジェクトの目的について次のように述べている。
「これは単なる環境や経済のプロジェクトではなく、欧州に新しい文化を生み出すためのプロジェクトでなければなりません。『新欧州バウハウス』は、建物や公共の場はもとより、ファッションや家具においても、私たちの日常生活を改善し、目に見える具体的な変化の創出を目指します。 また、持続可能性と優れたデザインを調和させ、日常生活で使用する炭素を減少させ、全ての人が利用できる手頃な価格の新しいライフスタイルを作り出します」
欧州グリーンディールは、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で 55%以上削減し、2050年までに排出量実質ゼロの炭素中立(カーボンニュートラル)を実現することを目標に掲げている。現在、EU全体のエネルギー消費の約40%、温室効果ガス排出量の36%を住宅やオフィス、公共建築物など建築の分野が占めており、この達成に向けては、建築に関わる対策が不可欠だ。
欧州委員会は2020年10月、こうした課題に対応するため、建築物のエネルギー効率を向上させる「リノベーション・ウェーブ戦略」を策定した。次の10年間でEU域内の居住・非居住用の建物のエネルギー効率を高めるための年間改修率を少なくとも2倍に向上させ、2030年までに約3,500万棟の建物改修を目指す。同戦略では「冷暖房の脱炭素化」「生活に必要な基本的エネルギーを利用できない貧困者への対策とエネルギー消費性能が劣悪な建物の改善」「学校、病院、行政施設など公共建築物の改修」の3つを優先課題に据えた。
「新欧州バウハウス」はこの戦略の一環として、科学者、建築家、デザイナー、アーティスト、プランナー、市民社会などの外部専門家からなる諮問委員会が共同運営する学際的プロジェクトとして立ち上がったのだ。
欧州委員会は、同戦略を通して、プロジェクトの構想から資金調達、完成に至るまで、リノベーションの一連の流れにおける既存の障壁を取り除くことを目指すと同時に、欧州の都市や建築環境の変革のきっかけとなることに期待している。
「新欧州バウハウス」は、幅広い分野を融合しさまざまな人々のアイデアを集め、これまでにない発想で課題を解決していく取り組みである。欧州委員会は、これを以下の3つのフェーズで展開していくこととした。
「新欧州バウハウス」の3つのフェーズ
① Co-design=共同設計
(2021年1月~6月) |
一般の人々から専門家まで、「新欧州バウハウス」に関心のある人々から、既存の事例やアイデア、対応すべき課題などを吸い上げ、プロジェクトのコンセプトを決定 |
② Delivery=提供
(2021年9月~) |
持続可能で誰もが利用できる包摂的なソリューションを形にするため、EU域内5か所でパイロットプロジェクトを立ち上げる(2021年秋以降に提案募集を開始) |
③ Dissemination=普及
(2023年1月~) |
新たなプロジェクト、ネットワーク、知識の共有を通じて、「新欧州バウハウス」のアイデアやコンセプトを、欧州や世界に普及 |
2021年1月に開始された第1フェーズ「共同設計」では、さまざまな人々の意見を反映したプロジェクトのコンセプトの設計に取り組んだ。市民の意見やアイデアを募るウェブサイトを開設したところ、期限の6月末までに2,000を超える投稿が寄せられた。また、政治、文化、建築、デザインの分野で影響力を持つ専門家によるハイレベルラウンドテーブルも組織され、日本の坂茂(ばん・しげる)氏や、デンマークのビャルケ・インゲルス氏など世界的に著名な建築家もアンバサダーとして参画した。また、「新欧州バウハウス」の実践例を表彰する「新欧州バウハウス賞」の創設も発表された。
第1フェーズ半ばの4月には、建築界の未来に向けた取り組みや課題について議論するバーチャルイベント「新欧州バウハウス・カンファレンス」が開催され、ダービッド・サッソーリ欧州議会議長(当時)やフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長などが出席。一般の参加者も85カ国から8,000人に上った。
2021年9月、欧州委員会は第1フェーズで集まった多くの意見やアイデアを基に、「新欧州バウハウス」の概念、資金、政策行動などを定めたコミュニケーション(政策提言)を採択した。取り組みの核となるコンセプトに「Beautiful:美しいデザイン」「Sustainable:持続可能性」「Together:包摂性や多様性の尊重」の3つが特定され、「グローバルからローカルまで」「市民参加型で学際的なアプローチ」といった基本原則が定められたほか、政策実施の枠組みや行動計画などが示された。
第2フェーズ「提供」では、公募で5件のパイロットプロジェクトが選ばれ、新しい持続可能で包摂的なソリューションの具体化に取り組む。最終段階の第3フェーズ「普及」では、「新欧州バウハウス」による新しいプロジェクトやネットワーキング、知識の共有を通じて、この成果と概念を世界に広めていく。
これらを実施する資金については、研究開発助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」や環境・気候行動支援プログラム「LIFE」、欧州地域開発基金などEUのさまざまな資金計画から、2021~2022年に約8,500万ユーロを拠出することが決定している。また、新たなツール、解決策、政策提言を共創・試作する機関として「新欧州バウハウス・ラボ」の設立も発表されている。
第1回「新欧州バウハウス賞」
2021年4月、「新欧州バウハウス」が掲げる「Beautiful」「Sustainable」「Together」の3つのコンセプトを体現する優れた事例を表彰する「新欧州バウハウス賞」の公募が始まった。第1回は既存の実践例が対象となり、同年9月に「新欧州バウハウス賞」(10件、賞金30,000ユーロ)に加え、30歳以下のクリエイターの取り組みを表彰する「新欧州バウハウス・ライジングスター」(10件、賞金15,000ユーロ)が選ばれた。
以下、2つの受賞例を紹介する。
「新欧州バウハウス賞」(循環の精神で改修された建築物部門) ~歴史的建造物の屋上に浮かぶ自然庭園「Xifré’s Rooftop」(バルセロナ・スペイン)
「Xifré’s Rooftop」は、建築とエコロジー両方の目的を持ったリノベーションプロジェクト。19世紀初頭に建てられた歴史的建造物「Porxos d’en Xifré」10棟の屋上を丁寧に復元しつつ、都市の生物多様性を高め、近隣住民との交流の機会を提供する庭園空間を作り出した点が評価された。屋上の改修に当たっては、製造工程で二酸化炭素を発生させるポルトランドセメントを一切使わず、元の建物のレンガの廃材、再生木材などを使用。庭園のLED照明システムと灌漑用ポンプにはソーラーパネルで発電したエネルギーを使用し、余剰電力は市の送電網に供給される仕組みが採用されている。このほか2カ月分の水(9,000リットル)を確保できる雨水の貯水槽や緑肥用のコンポストが設置されるなど、循環システムを重視したさまざまな技術が活用されている。
「新欧州バウハウス・ライジングスター」(製品およびライフスタイル部門) ~Materieunite(イタリア・ウンブリア州)
「Materieunite」は英語でjoint materialsの意。1927年にイタリア中部で創業したArti Grafiche Celori社の研究開発プログラムとして2018年10月に発足した。現在は建築家からデザイナーやプログラマーまで、持続可能なプロジェクトを提唱する8人の若いプロフェッショナルで構成されている。今回の受賞対象となったのは、リサイクル素材を活用した仮設または常設空間用のデザイン家具とその素材の開発だ。高度な技術と美的感覚を備えたインスタレーションには、リサイクルされた段ボールやその他のリサイクル可能な素材、またサプライチェーン上で発生した廃棄物を利用した抵抗力のある素材が使用されている。さらには、接着剤を使用していないため、使用後に再びリサイクルすることができる。加えて、段ボールは世界中でほぼ同じ仕様であることから、使用する場所の近くで材料を調達することが可能で、輸送に伴うCO2の排出も大幅に削減することができる。
全受賞事例はこちらをご覧ください。
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