2024.8.23

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EUが推進する障害者インクルージョン

EUが推進する障害者インクルージョン

欧州連合(EU)域内では、16歳以上の人口の4分の1以上が何らかの障害を抱えて暮らしている。障害者の雇用率は健常者より低く、貧困・社会的排除の危機にさらされ、障害者の半数以上が差別を感じているなど、さまざまな課題がある。EUは現在、2021年に策定した「障害者権利戦略(2021年~2030年)」を中核に、障害者の社会的・経済的状況の改善に取り組んでいる。

EUの障害者が直面する課題

欧州統計局(ユーロスタット)によると、EU域内では、16歳以上の人口の27%に当たる約1億100万人が障害を抱えている(2022年)。その多くが、医療、教育、就労および政治活動への参加など、生活のさまざまな面で障壁に直面している。

例えば、障害者の28.8%が貧困・社会的排除のリスクにさらされおり、健常者(18.3%)より10ポイント以上高い(2023年)。就労面では、20歳~64歳の障害者の失業率が17.9%だったのに対し、同じ年齢層でも障害のない人では9.1%と大きな差がある(2021年) 。また、2023年のユーロバロメーター(EU世論調査)によれば、回答者の約半数(49%)が、「障害を理由とする差別が自国で蔓延している」と答えた。

障害者の差別禁止を規定

1999年発効のアムステルダム条約は、第13条で、性別や人種、宗教などと並列して障害による差別の撲滅に向けた適切な措置をEU が執り得ることを、拘束力のある法として初めて謳った。EU基本権憲章でも、障害者らに対する「差別の禁止」(第21条)や「障害者の(社会生活への)統合」(第26条)を規定、同憲章は後にリスボン条約(2009年発効)に取り込まれ、法的拘束力が付与された。

また、EUとその全加盟国は、国連の「障害者の権利に関する条約(United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities: UNCRPD)」(2006年採択、2008年発効)に署名・批准し、EUにおいて2011年に効力が発生した。これは、障害者の権利に関する最低基準を定めた初の法的拘束力のある国際条約であり、EUが初めて締約国となった人権条約でもある。

これらの条約を指針として、具体的には、「雇用と職場における平等指令」(2000/78/EC)をはじめとするEU法規で障害者の均等待遇(差別禁止)を求め、「障害者行動計画(2003年~2010年)」や「欧州障害者戦略(2010年~2020年)」で障害者の権利の拡充に向けた行動計画を進めるなどした。

そして、2017年、スウェーデン・ヨーテボリで開かれた「公正な職業と成長のための社会サミット」において、欧州議会、EU理事会および欧州委員会は、EU市民が域内のどこにいても人間らしく生きる権利を守るための「欧州社会権の柱(European Pillar of Social Rights )」を共同採択。20の基本原則のうち、17番目の原則で「障害者のインクルージョン(包摂)」を挙げ、「障害を持つ人々は、尊厳のある生活を保障する所得支援、労働市場および社会に参加することを可能にするサービス、自身のニーズに合った労働環境への権利を有する」と明示した。

「欧州社会権の柱」を採択した(左から)欧州議会のタヤーニ議長、欧州委員会のユンカー委員長、EU理事会議長国エストニアのラタス首相(いずれも当時)(2017年11月17日、スウェーデン・ヨーテボリ)©European Union, 2017

2030年までの戦略を策定

欧州委員会は2021年3月、「欧州障害者戦略(2010年~2020年)」での結果を踏まえ、また、「欧州社会権の柱」や国連の「障害者の権利に関する条約」に沿って、「障害者権利戦略(2021年~2030年)」を策定。同戦略は、EUが2021年以降の10年間に障害者の権利を保護するための取り組みの計画であり、欧州の全ての障害者が、社会・経済への平等な参加やEU域内における自由な移動といった人権を享受できるようになることを目的としている。

この戦略では以下のような優先課題を挙げている。

  • 建物、情報、物、サービス、交通などへのアクセシビリティ
  • EU市民の権利の享受:加盟国間における自由な移動と政治への参加
  • 適切な生活の質と自立した生活
  • 平等なアクセスと非差別:障害者の差別からの保護と司法、教育、文化、スポーツなどにおける平等な機会の確保
  • 障害者の権利の世界的な促進
  • 欧州障害者戦略の効率的実施
  • EUによる率先垂範:多様性とアクセシビリティの向上

そして、これらの課題は以下7つの旗艦事業などを通じて対応している。

EU加盟各国の当局と専門家がアクセシビリティに関する情報や優れた取り組みを共有するためのリソースセンター「アクセシブルEU(AccessibleEU)」の設立(2023年7月)
全EU加盟国において障害者であることを証明し、EUのどこでも平等に特別な条件や優遇措置を受けることができる「欧州障害者カード」と、全EU加盟国において障害者専用の駐車スペースや施設の利用が保証される「欧州駐車カ―ド」の導入(2024年2月にEU理事会と欧州議会が暫定合意)
自立した生活と地域社会でのインクルージョンの改善を加盟国に勧告するガイダンスの提示(準備中)
障害者向け社会福祉サービスの質を向上させるための「卓越した障害者向け社会サービス(Social Services of Excellence)」の枠組み提示(準備中)
障害者の労働市場成果を向上させるための政策提示(2022年9月)
EU加盟各国のUNCRPD担当当局、障害者団体および欧州委員会が参加し、欧州障害者戦略の実施や各国の障害者戦略を支援する「障害者プラットフォーム」の設立(2021年10月)
障害者の多様性とインクルージョンを促進するための行動を盛り込んだ欧州委員会の新たな人事(HR)戦略の策定(2022年12月)
「欧州障害者カード」の見本(ベルギー版)。全EU加盟国において、公共交通機関の利用、文化イベントへの参加、博物館、レジャー・スポーツセンター、遊園地などで特別な条件や優遇措置を受けることができる©European Union 2023
「欧州駐車カ―ド」の見本(ベルギー版)©European Union 2023

同戦略とは別に、日常的に使用される製品やサービスの一部を障害者が利用しやすくすることを義務付ける「欧州アクセシビリティ法」も整備されている(2019年採択)。公共交通機関、銀行サービス、コンピューター、テレビ関連機器、電子書籍、オンラインショップなどが対象となり、2025年6月28日以降、企業は基本的に、同法が適用される新規販売の製品およびサービスがアクセシブルであることを保証しなければならない。

また、欧州委員会は2010年から、障害者インクルージョンを促す取り組みの一つとして、欧州障害フォーラムと協力して、障害者のアクセシビリティに優れたEU域内の都市を表彰する「アクセスシティ賞」を主催している。2024年は、スペイン・カナリア諸島のテネリフェ島にある都市、サン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナが受賞。都市空間、 交通システム、社会活動において障害者のアクセシビリティを優先していることが評価された。

人道援助活動における障害者インクルージョン

人道援助活動における障害者のインクルージョンとアクセシビリティもEUの優先課題だ。世界のさまざまな地域で災害や紛争が起き、人道支援を必要とする人々が増える中、障害者への支援や保護の適応が遅れ、差別や環境的、物理的、経済的、社会的障壁によって障害者が緊急対応や人道支援から排除される場合も少なくない。

EUは、2016年の世界人道サミットに先立ち策定された「人道支援における障害者のインクルージョンに関する憲章」を承認し、国際人道支援機関が参加する機関間常設委員会(Inter-Agency Standing Committee: IASC)のガイドラインが提示している4つの必須行動(障害者と障害者団体の有意義な参加促進、バリアの除去、障害者のエンパワーメント、インクルージョンをモニタリングするためのデータ細分化)の実施を促進している。

EUではまた、人道援助プロジェクトで障害者のニーズが確実に考慮されるようにするため、欧州委員会の欧州市民保護・人道援助活動総局が2019 年に運用ガイドラインを発表。「障害者の権利戦略(2021年~2030年)」でも、障害者のニーズが対外活動においても適切に対処されることを約束している。

これに則り、同総局は2023年、障害者のニーズを考慮・主流化した238件のプロジェクト、また、特に障害者を対象とした30件の人道援助プロジェクトに資金を提供した。これらのプロジェクトは、避難所、水と衛生、現金援助、保護、教育、災害リスク軽減などの分野をカバーしており、例えば、パレスチナ、コロンビア、トルコ、ウクライナでは身体リハビリテーションの提供、ミャンマーまたはイランの現金プログラムにおいて障害者専用の上乗せ措置を行うなどした。

EUが支援する、障害者への人道援助活動に特化した国際NGO「Handicap International – Humanity & Inclusion」のブルキナファソでの活動現場(2020年7月20日、ブルキナファソ)©Handicap International, 2021

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