2013.6.25
FEATURE
毎日食卓に上る食品や食材となるもの(例えば食肉として供される家畜の飼料など)の安全性を確保することは、どの国にとっても最も重要な施策のひとつだ。単一市場を目指す欧州連合(EU)だが、加盟国ごとに気候風土はもちろん、食文化も違う。当然、安全性の定義もかつては国によって異なっていた。EUはそういった相違や課題を乗り越えて、加盟国全体に受け入れられる共通の基準・制度・法律を作り上げ、効果的な運用を促進してきた。
経済的な統合を中心に発展してきた欧州共同体(EC)が、政治・外交面を含めた統合を目指す欧州連合(EU)に生まれ変わったのは1993年11月。当時12カ国だった加盟国は、2004年5月に中・東欧10カ国が一気に加わるなど、増え続け、本年7月のクロアチアの加盟をもって28カ国となる。
人口5億5,000万人(2011年)、名目国内総生産(GDP)12兆6,500億ユーロ(17兆6,000億ドル、同)。域内市場は巨大であり、使用される公用語も本年7月以降は24言語となる。これほど多様性に富んだ地域連合体はないであろう。
総面積の77%強は農地(47%)と森林(30%)が占め、そこに人口の約半分が暮らしている。加盟国には農業立国が多く、農業は主要産業のひとつである。平均12ヘクタールの農地の家族経営農家が主体で、1962年にスタートした共通農業政策(CAP)の下、持続可能で生産性が高く、競争力のある農業を目指している。
欧州レベルでの消費者対策としての食品安全関連法の歴史は古い。しかし、それらは品目ごとに個別に制定された法の集まりだった。すべての食品に適用され、事業者に課す義務を定めた単一の法律は長らく存在しなかった。消費者政策もCAPの食品安定供給政策との関係で議論されることが多く、実態は消費者保護を定める食品安全法の下で確立したものではなかった。掲げる政策目標もばらばらで一貫性を欠くものであった。
EUが食品安全をめぐる包括的な制度的枠組み構築に踏み切ったのはBSE(牛海綿状脳症)問題の与えたインパクトが大きい。英国政府が1996年、BSEは家畜からヒトに伝染すると報告したのがきっかけだった。その結果、EU域内では消費者の間で「食の安全」に対する危機感が急激に高まり、改善要望が高まった。しかし有効な対策を取ろうにも、法体系が極めて煩雑で規制の及ばない空白もあるなど、一貫性・包括性を欠いていることが浮き彫りになった。
欧州委員会はこれを深刻に受け止めた。翌1997年には食品安全を優先的な政策課題に掲げたグリーンペーパーを発表。これをたたき台に議論を重ね、2000年1月には包括的な食品安全対策を示した「食品安全白書」(White Paper on Food Safety)を採択し、広範な政策提言を行った。その後2年間の議論を経て、2002年1月に採択されたのが「一般食品法規則」(Regulation (EC) No.178/2002)だった。
「一般食品法規則」はEU加盟国共通のルールを示したもので、これが今日のEUの食品安全対策の根幹を成している。同規則には以下の3つの規定が盛り込まれている。
同法の下で、細かく複雑化した食品安全に関する規定の整理・調和・単純化が図られ、2006年1月の「衛生パッケージ」(Hygiene Package)の施行により、新しいEU 食品安全法体系が完成した。このうち「衛生パッケージ」とは、飼料業者を除く事業者と規制官庁に適用される、「一般食品衛生規則」(Regulation 852/2004)など4つの規則と2つの指令であり、飼料業者には「飼料衛生規則」(Regulation 183/2005)が適用される。それぞれの規則の下には個別品目に対する詳細な食品安全上の規定を定めた法令が置かれる重層的な構造になっている。
一般食品法規則は、科学的根拠に基づく「リスク分析」(risk analysis) に基礎を置く。そして、関連業務を遂行する諸機関の管轄事項は、「リスク評価」(risk assessment)、「リスク管理」(risk management)、および「リスクコミュニケーション」(risk communication)の3つで構成される。
リスク評価 |
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欧州食品安全機関(EFSA)の管轄。広範な情報収集・分析によって、食品の安全に関して独立した、客観的で、かつ透明性のある科学的助言を提供することを目指している。科学的な知見を生み出す場合、人や動物の健康に関するモニタリングシステム、農業部門の情報システム、早期警戒システム(RASFF)、研究開発(R&D)プログラムなどが重要な役割を果たす。 |
リスク管理 |
立法(legislation)と監督機能(control)の2つで構成される。立法行為は科学的根拠に基づいたものだけでなく、政治判断や社会的要請なども考慮して行われることを踏まえ、リスク評価とは明確に切り離されている。法的拘束力のある決定を行うリスク管理を担うのは欧州委員会、EU理事会、欧州議会だ。欧州委員会における食品の安全にかかわる中心的な部署は「保健・消費者保護総局」である。 |
リスクコミュニケーション(リスク情報交換) |
リスク評価を行うEFSAとリスク管理を行う諸機関、加盟国の消費者、食料・飼料に関係する企業、科学者、その他の利害関係者との間で情報や意見を交換すること。消費者への情報伝達を確実に行い、食品の安全性への過度の懸念が生まれるリスクを減らすことが主たる狙いだ。重要なのは単なる情報伝達ではなく、対話を通じた双方向なものであり、関係者の情報がフィードバックされることだ。 |
EUでは1990年代にBSEやダイオキシンなど食品安全問題が起こったが、事実の隠ぺい、透明性の欠如などもあって、フードチェーン(食品の一次生産から最終消費までの流れ)の安全性に関する消費者の信頼も低く、公的機関に対する信用も低迷していた。
EUがリスクコミュニケーションを極めて重視し、取り組みを一段と強化しているのはこうしたことへの深い反省に基づいている。
科学的助言を担うEFSA |
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食品安全対策のリスク評価を担うEFSA(本部イタリア・パルマ)は、2002年1月に設立され、昨年10周年を迎えた。主な任務は以下の3つだ。
このうち、最も重要な任務は食品の安全について、独立した科学的助言を欧州委員会などに行うことだ。そのために科学的なリスク評価を、非科学的な側面もあるリスク管理から切り離すとともに、運営も各国の代表ではなく、独立した運営委員会で管理するようになっているのが大きな特徴だ。 また、食品安全を担う加盟各国の当該機関と密接な協力関係を保つものの、各国機関に代わって行動すること、食品安全管理に責任を持つこと、規制に責任を負うことはできないと定められている。 発足当時の職員数はプロジェクトチームだけの少数体制だったが、2003年は80人、2004年は150人に増加。現在は約450人体制で業務を行っている。 |
一般食品法規則は食品の安全性を確保する上で、食品の生産・加工・流通のいずれかの段階に関連する活動を行う企業に対し、食品安全を維持する第一義的な責任があると定めている。
その前提で、食品産業事業者は、製造・加工・流通のあらゆる段階において、飼料、食用動物、食品に混入されるすべての物質の追跡可能性(トレーサビリティー)を確立しなければならない。
食品に欠陥が見つかった場合、供給源が特定できれば、食品の回収も円滑に行えるとともに、問題となっている製品について、正確かつ的確な情報を消費者に提供することができる。この原則は輸入業者に対しても適用される。
このようにトレーサビリティーは食の安全管理に大きな役割を担うが、同様に衛生管理面で大きな役割を果たすのがHACCP(ハセップ、Hazard Analysis and Critical Control Point)である。
EUは国際標準となっている食品衛生管理システムであるHACCPを、1995年12月以降、食品産業事業者に義務づけた。HACCPは、1960年代の米国の宇宙計画において、宇宙食の安全性を高度に保障するために開発された管理手法を原形とする衛生管理システムだ。
食品の製造・加工工程のあらゆる段階で、発生する恐れのある微生物、異物、薬品等による汚染などの危害要因(ハザード)を確定、それを除去または低減するための手順や有効な監視(モニタリング)方法を設定して常時管理し、その結果を記録・保存し、監査する。このシステムとトレーサビリティーにより、どこで何がどうして起きたのかの検証が可能になる。
最初に導入したシステムが不十分だったことを踏まえ、EUはその後、2004年に施行した「一般食品衛生規則」(Regulation 852/2004)でHACCPの定める7原則をすべて盛り込むなど取り組みを徹底している。
一般食品法規則では、「予防原則」の考え方を採用している。健康に害がある可能性を特定できるものの、入手可能な情報に基づいたリスク評価では科学的に解明できないような場合、追加的な科学的情報による包括的なリスク評価が行われるまでの間、暫定的なリスク管理を行うことができるというものだ。科学的証拠が不確実でも、未知のリスクを防ぐため、規制をかけていくことを認めたものだ。
もともとは環境政策の原則として適用されてきたが、1990年代後半以降、適用範囲を食品安全政策にも拡大。1996年に英国産牛肉関連商品の禁輸措置を発動したのも、予防原則に基づいた措置だった。
また、一般食品法規則には、食品または飼料に由来する健康に対する直接的または間接的なリスクをEU加盟国に通報する食品・飼料早期警告システム(RASFF)が確立されている。RASFFは、人の健康に対するリスクが特定され、必要な措置が講じられなければならない場合、加盟各国間の情報交換を迅速に行えるようにするため1979年に立ち上げられ、2002年の一般食品法規則により再構築された。
運営主体は欧州委員会で、EFSAや加盟国の食品安全担当官庁が構成メンバー(※1)となっている。食品・飼料由来のリスク情報を取得した場合、各メンバーは直ちに欧州委員会に通知する義務を課せられている。欧州委員会は情報を査定して、「警報(alert)」「注意喚起(information)」「参考情報(news)」のいずれかに分類し、直ちにメンバーに通知することになっている。
RASFFがあることで、問題が発生した場合、EU加盟国およびその他のRASFF参加国は、それが自国に影響があるかどうかを直ちにチェックすることができる。問題の製品が既に市場に供給されており、消費されてはならないことが分かった場合、加盟国当局は必要に応じて、情報を直接国民に伝えることなどによって、緊急措置を講じることができる。
同システムで通知の対象となった食品や飼料が域外に輸出されている場合には、当該国に必要な情報が適切に提供される。RASFFは第三国や国際機関にも開放されているため、域外国もシステムのメリットを享受できる。EUとの取り決めにより、日本に対しても対象食品等の輸出があった場合には情報提供が行われている。
「食の安全」を求める消費者の意識はどこの国も同じ。安全な食品の提供を望む生産者の気持ちは変わらない。食品産業事業者は消費者の期待に応える努力なしに、事業を存続するのは難しい。
EUでは食品安全に問題が起こった場合、責任を問われるのは法律に定められているとおり、当該事業者である。問題とされるのは当該事業者の企業倫理であり、それ以上でもそれ以下でもない。「政府の担保」が求められることはない。
だが一方で、消費者の信頼を得られなければ、政府も政策の実効性を期待できない。RASFFやHACCPなどのシステム、トレーサビリティーなどの原則の着実な運用はもちろんのことながら、「食の安全」の決め手になるのはリスクコミュニケーションを基礎とする消費者と行政との関係性なのかもしれない。
(※1)^ RASFF ネットワークには、EU加盟国(7月以降クロアチア加盟で28カ国)、EEA(European Economic Area 加盟国= ノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランド)、EEA 加盟国からの報告を仲介する欧州自由貿易連合(EFTA)事務局、欧州食品安全機関(EFSA)、およびシステムの管理者である欧州委員会が参加している。2009年以降、スイスが動物由来製品のみについて参加する準加盟国としてRASFFに加わった。
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