2024.12.5

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新欧州委員会の優先課題「EU拡大」の実現に向けて

新欧州委員会の優先課題「EU拡大」の実現に向けて

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、2024年7月に提示した「欧州の選択:次期欧州委員会(2024年~2029年)の政治的指針(Political Guidelines)」の中で、欧州連合(EU)の拡大プロセスを「中核的優先課題」と位置付けている。拡大政策は、EU加盟を目指している国々と将来の潜在的な加盟候補国に適用されるが、加盟への展望は、民主的・経済的改革への強力な刺激となる。本稿では9つの加盟候補国および潜在的加盟候補国であるコソボとの交渉の進展状況を説明する。

現在、EUの正式な加盟プロセスに参加している加盟候補国は9カ国。これらの加盟候補国のうち、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、北マケドニア、セルビアの5カ国は西バルカン諸国だ。また、同地域のコソボは潜在的加盟候補国である。

モルドバは2024年6月に加盟交渉を開始。ジョージアは2023年12月に加盟候補国として認められたが、EUの価値観や原則に反する2つの新法を導入したことなどを受け、EUは加盟手続きを一時停止。これに対し、ジョージアのコバヒゼ首相は2024年11月、2028年までEU加盟交渉を凍結することを決定したと発表した。

ウクライナは、ロシアに侵攻された4日後の2022年2月28日にEU加盟を正式に申請、同年6月に加盟候補国として認められ、2024年6月に加盟交渉を開始した。トルコの加盟プロセスは2018年以降、停滞している。

EU拡大とは?

EU拡大とは、一連の政治的・経済的条件を満たした国家がEUに加盟するプロセスである。EUの民主的価値を尊重し、それを促進する欧州諸国は、EUへの加盟を申請する資格を有する。「コペンハーゲン基準」(1993年にデンマーク・コペンハーゲンで開催された欧州理事会において定められた)と呼ばれる加盟基準は、すべての加盟候補国がEU加盟国になるために満たさなければならない必須条件であり、以下で構成される。
1) 政治的基準:民主主義、法の支配、人権、少数民族の尊重と保護を保証する安定した制度を有すること。
2) 経済的基準:市場経済が機能し、競争と市場原理に対処する能力があること。
3) 行政・制度能力:35章からなるEUの法体系の総体、いわゆるアキ・コミュノテール(略してアキ)を効果的に実施し、EU加盟国としての義務を担う能力があること。

各加盟候補国・潜在的加盟候補国の最新の状況

西バルカン諸国(アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、コソボ)

西バルカンの加盟候補国は現在、安定化・連合プロセス(Stabilization and Association Process: SAP)と呼ばれる同地域独自の拡大プロセスに従っている。SAPの目標は、これらの加盟候補国を政治的、経済的に安定させ、最終的にEUに加盟できるようにすることである。EUは、1) 財政的支援の提供、2) EU市場への容易なアクセス、3) 地域内各国の相互協力の促進、を通じて、この重要な目標の達成を目指している。

欧州委員会は2023年11月、経済改革と投資を通じて西バルカンの加盟候補国に加盟の準備を促し、EU加盟の恩恵を域内の市民にもたらすため、西バルカン諸国向けの新たな成長計画を採択した。この新成長計画では、2024年~2027年の期間に20億ユーロの補助金と40億ユーロの譲許的融資を同地域に投じ、資金の半分は、制度改革の支援に充てられる。

また、EUの単一市場への参加に向けた足掛かりとして、加盟前に西バルカン地域の共通市場を創設する計画で、地域内の経済統合促進を見込んでいる。統合が深まれば、西バルカン諸国は外国人投資家、特にEUに拠点を置く企業にとって魅力的な国になるはずだ。フォン・デア・ライエン委員長は2024年3月、欧州議会本会議での演説の中で、「西バルカン諸国がわれわれに近づいてくるのを待つだけでは十分でないことに気づいた。ドアは開いていると言うだけでは十分ではない。われわれは責任を負い、可能な限りの方法で、西バルカン諸国がわれわれの連合に近づくのを支援しなければならない」と述べている。

アルバニア: EUアキは、加盟交渉を効率的に進め、進展を管理するために関連する政策分野(章)を6つのクラスターに分類して構成されているが、欧州委員会は2024年10月15日に開催された第2回政府間会合において、EUの基本的価値観を満たすための土台となる「ファンダメンタルズ・クラスター」に関する交渉の開始を歓迎した。アルバニア当局が、特に法の支配、法執行、汚職や組織犯罪との効果的な闘い、メディアの自由、財産権、マイノリティを含む基本的権利の促進において確固たる実績を築き、EU志向の改革をさらに加速させることが極めて重要だ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ:移民管理、EUの共通安全保障および防衛政策との完全な整合性、公正な司法、マネーロンダリング防止、利益相反に関する法律の制定などの分野で具体的な成果を上げた。これを受け、2024年3月21日に開催された欧州理事会は、同国との加盟交渉開始を正式に承認した。欧州委員会は、2022年10月に提案した必要な措置がすべて実行された時点で、EU理事会が承認できるよう、加盟交渉を進めるための計画づくりを進めている。

北マケドニア:司法改革、汚職および組織犯罪との闘いなど、「ファンダメンタルズ・クラスター」におけるEU加盟関連の改革を継続する必要がある。特に、司法制度への信頼を強化することが求められる。なお、EUアキの6つのクラスターに分類されたすべての政策分野の審査は、2023年12月に完了した。

EUと西バルカン諸国の首脳会議で、伝統舞踊を披露するダンサーら(2022年12月6日、アルバニア・ティラナ)©European Union, 2022

モンテネグロ:2024年6月のEU・モンテネグロ政府間協議において、EUアキ35章のうちの第23章(司法と基本的権利)および第24章(正義、自由、安全)に関する暫定基準を全体的に満たしていることが確認された。これにより、他の章についても暫定的な交渉終了のプロセスを開始する道が開かれた。しかし、法の支配と司法の分野では、引き続き進展が必要とされている。

セルビア:「競争力と包摂的成長クラスター」の各章で交渉を開始するためのベンチマークを達成。2025年には、法の支配に関する中間ベンチマークに特に重点を置きつつ、市民社会とメディアが偽情報や外国からの情報操作を排除し、信頼性のある情報発信を可能とする環境を整備することで、EU加盟に向けた改革の実施を全面的に加速させることが期待されている。

コソボ:2022年12月にEU加盟申請書を提出した。欧州委員会は、EU理事会から要請があれば、コソボの加盟申請に関する意見書を作成する準備がある。組織犯罪との闘いにおいて進展を遂げ、ビジネス環境も改善している。さらに、2024年1月1日からコソボのパスポート所持者に対するビザなし渡航が発効。一方、法の支配や行政能力の強化、表現の自由を守る取り組みを一層推進することが求められている。

・ウクライナ、モルドバ、ジョージア、トルコ

ウクライナ:2023年12月、欧州理事会はウクライナとの加盟交渉を開始することを決定し、2024年6月には、交渉の正式な開始を示す最初の政府間会議が開催された。2024年7月には、加盟プロセスの初期段階である二者間審査(bilateral screening)が実施され、この審査でウクライナはEU法との整合性を説明し、さらなる整合化に向けた計画を提示した。

EUは、ウクライナを緊密なパートナーとして認識しており、「連合協定(Association Agreement)」およびその中核である「深化した包括的自由貿易協定(Deep and Comprehensive Free Trade Area:DCFTA)」が2014年から暫定適用され、2017年に正式に発効している。また、EUとウクライナは、外交および安全保障政策で密接に連携しており、EUはウクライナが共通外交・安全保障政策(CFSP)への連携をさらに進めることを奨励している。

ロシアによるウクライナへの侵略戦争が始まって以来、EUはウクライナに対して約1,080億ユーロ(約17兆1,018億円)の財政支援、人道支援、軍事支援を提供し、EU内でのウクライナ人のニーズにも対応してきた。すべての条件が満たされることを前提に、欧州委員会は2025年の可能な限り早い時期に「ファンダメンタルズ・クラスター」から交渉が開始されることを期待している。

ウクライナ国旗の色にライトアップされたヨーロッパビル(2024年11月18日、ブリュッセル)©European Union, 2024

モルドバ:2022年3月、EU加盟申請を提出。2023年12月、欧州理事会はモルドバとの加盟交渉を開始することを決定し、2024年6月には最初の政府間会議が開催され、正式に加盟交渉が開始された。

ロシアによるウクライナ侵略が始まって以降、モルドバは大量の難民受け入れ、インフレ、エネルギー供給への脅威、領空侵犯、偽情報やサイバー攻撃など、数多くの課題に直面している。こうした課題とモルドバの努力を認め、2023年6月、フォン・デア・ライエン欧州委員長は、「モルドバ共和国支援パッケージ」を提示。同パッケージは、ロシアによるウクライナ侵略戦争の影響に対処し、モルドバをEUに近づけることを目的とし、経済発展・接続性の促進やエネルギー安全保障の確保など5つの優先事項が盛り込まれた。

EUは2021年以降、モルドバに対し22億ユーロ(約3,485億円)の融資および助成金を提供してきた。また、2024年10月には、欧州委員会は、モルドバの経済強化とEU加盟に向けた改革加速を目的として、2025年から2027年の期間を対象とした「改革と成長ファシリティー」に基づく18億ユーロ(約2,850億円)規模の「成長計画」を採択した。

モルドバが必要条件をすべて満たすことを前提に、欧州委員会は2025年のできるだけ早い時期に「ファンダメンタルズ・クラスター」から交渉を開始することを期待している。

フォン・デア・ライエン委員長(左)と握手するモルドバのサンドゥ大統領(2024年10月10日、モルドバ)©European Union, 2024

ジョージア:2022年3月にEU加盟を申請し、2023年12月に欧州委員会の勧告で定められた関連措置を講じることを条件に、加盟候補国として認められた。しかし、ジョージア議会は2024年5月、「外国からの影響力の透明性に関する法律」を採択。欧州理事会は2024年6月、民主主義を後退させるものであるとして、「ジョージアのEU加盟の道が危うくなり、事実上加盟プロセスが停止する」と警告した。

ジョージアのコバヒゼ首相は2024年11月28日、EU加盟交渉を2028年まで停止し、EU財政支援も拒否すると発表。EUは2024年12月1日、このジョージア政府の方針に対し遺憾の意を表明し、ジョージア当局による平和的抗議者への暴力を非難するとともに、表現や集会の自由を尊重するよう求めている。

EU加盟支持のデモに参加するジョージア市民ら(2024年10月20日、ジョージア・トビリシ)

トルコ:トルコは、気候、移民、安全保障、テロ対策、経済などの問題において、EUの重要な戦略的パートナーだ。1987年、当時の欧州経済共同体(EEC)への加盟を申請し、1999年にEU加盟候補国として認められた。2005年に加盟交渉が開始されたが、トルコが「欧州経済共同体とトルコの連合協定(アンカラ協定)」の追加議定書をキプロスに適用することに同意していないため、8つの重要な政策分野(章)の交渉が開始されておらず、いずれの章も交渉終了の見通しが立っていない。

欧州理事会は2018年、民主主義の機能、基本的権利の尊重、司法の独立などの主要分野での改革の後退により、加盟交渉が事実上停滞していると結論付けた。法の支配と基本的権利に関する対話は、依然としてEUとトルコの関係の不可欠な部分だ。欧州理事会は2024年4月、EUとトルコの関係に関する戦略的議論を行い、これを受けて両者関係は徐々に再構築され、共通の関心事項に関する建設的な対話に向けて具体的な措置が講じられた。

EUの戦略的投資としての拡大

EU拡大は、2023年10月の欧州理事会非公式会合で採択された「グラナダ宣言」で示されたように、平和、安全、安定、繁栄への地政学的投資である。EU加盟は成果主義に基づくプロセスであり、加盟を目指す国々は特に法の支配の分野で改革努力を強化する必要があるという認識が共有されている。同時に、EU自体も必要な内部基盤を整え、改革を進める必要がある。

フォン・デア・ライエン委員長は2024年9月、EU拡大について次のように述べている。「より大きな単一市場は、私たちの競争力と貿易パートナーとしての影響力を高める。それは、脅迫や不公正な競争に対応するための手段を私たちに提供し、共通の購買力を高める。拡大は、私たちの集団的な強さと安全保障への投資だ」。

【関連記事】EUへの加盟と拡大(2024年4月)

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