2024.8.8
FEATURE
欧州連合(EU)の27加盟国で6月6日~9日、1979年に市民による直接選挙が導入されて以来10回目となる欧州議会選挙(定数720)が実施された。選挙直後から、7月16日~19日に予定されていた新欧州議会(2024年~2029年議会)の本会議に向けて、各政党グループ(political group、政治会派に相当)による新議員の勧誘やグループそのものの再編が行われた(今会期での政党グループとなる必要条件は、7カ国以上および23名以上の議員)。EU域内外で注目を集めた同選挙について、結果の詳細に加え、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が再選されるまでの経緯、今後のスケジュールなどを慶應義塾大学の田中俊郎名誉教授に解説してもらった。
注目された投票率は51.05%で、前回2019年(28カ国)の50.66%をわずかに上回った。しかし、1979年(9カ国、61.99%)以来5年ごとの選挙で漸進的に下降傾向にあり、1999年(15カ国)に50%を割り、2014年(28カ国)には42.61%まで低下していた投票率が 2回連続して50%を超え、上昇傾向を継続したことは、欧州議会選挙に対するEU市民の関心の高さを示すものであり、民主主義の観点から評価される。
わが国における欧州議会選挙に関する報道のトップ記事は、「EU懐疑派 躍進」、「極右が伸長」などの見出しが多かった。しかし、最も重要な選挙結果は、親EU勢力が議席を大きく減らした政党グループもあったが、全体として過半数をしっかり確保して、これまでの政策が概ね維持・発展される期待が維持されたことである。
最大の政党グループである中道右派の「欧州人民党(EPP: Group of the European People’s Party, Christian Democrats)」は188議席(選挙直前と比較して12増 )を獲得し、最大勢力を維持した。これに136議席(2減)を獲得した中道左派「欧州社会民主進歩同盟(S&D: Group of the Progressive Alliance of Socialists and Democrats in the European Parliament)」が続き、これまで第3政党グループであった中道リベラル「欧州刷新(RE: Renew Europe Group)」は77議席(22減)に、第4政党グループだった環境保護派「緑の党・欧州自由連盟(Green/EFA: Group of the Greens/European Free Alliance)」が53議席(17減)となった。前2019年~2024年議会で親EU勢力を支えてきたREは特にフランス(10減)で、Green/EFAは特にフランス(8減)とドイツ(9減)などでそれぞれ大幅に議席を失ったが、EPP、S&DおよびREの3勢力で401議席、それにGreen/EFAを合わせると4会派合計で454議席と、過半数の361議席を大幅に上回った。
第2の特徴は、EUに懐疑的な勢力の右派と急進右派が議席を大幅に増やした上に、政党グループの再編が行われたことである。
フランスでは、急進右派「国民連合(RN: Rassemblement National)」が得票率31.37%で30議席(7増)を獲得し、国内第1党になり、エマニュエル・マクロン大統領が率いる中道「与党連合(Ensemble pour la République)」は14.6%で13議席(10減)に後退した。同様に、急進右派は、オーストリアでは「自由党(FPÖ: Freiheitliche Partei Österreichs)」、チェコでは「ANO(不満のある市民の行動): Akce nespokojených občanů」、ハンガリーでは「フィデス・ハンガリー市民連盟(Fidesz-KNDP)」が、それぞれ国内第1党になった。
さらに、フランスとともに欧州統合をリードしてきたドイツでも、旧東ドイツ地域を中心に勢力を拡大してきた「ドイツのための選択肢(AfD: Alternative für Deutschland)」の得票率は15.9%で、野党最大政党「キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU/CSU)」の30.0%(29議席)に次いで国内第2党となった。AfDは、ソーシャルメディアで若者の支持を集めるのに成功し、オラフ・ショルツ首相率いる「社会民主党(SPD)」(13.9%)の14議席を上回る15議席を獲得した。
イタリアでは、ジョルジャ・メローニ首相が率いる「イタリアの同胞(FdI: Fratelli d’Italia)」が、前回の欧州議会選挙より4倍超の28.75%の得票率で18増の24議席を獲得し、国内第1党となった。
このような欧州議会の右傾化現象の原因は、新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、エネルギー価格の急騰などによるインフレ率の上昇で一般市民の生活が苦しくなり、各加盟国内で政権担当勢力に対する不満が強まったことにある。また、各急進右派政党が過激な主張を抑えて「脱悪魔化」を行い、「極右色」を薄めた結果でもあった。
選挙直後は、右派の「欧州保守改革(ECR: European Conservatives and Reformist Group)」が、特にイタリアのFdIが議席を増やしたことにより83議席(13増)に、急進右派の「アイデンティティーと民主主義(ID: Identity and Democracy Group)」が、特にフランスのRNの大躍進で58議席(9増)に、それぞれ大きく伸長した。さらに、6月12日時点では、前議会で63人だった無所属が45人になったが、選挙時に既存の7政党グループに属していなかった新議員52人が加わり、本会議が招集される7月16日までに政治会派の再編が予想されていた。
ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相が率いるFidesz-KNDPは、 2021年にEPPを離脱して無所属となっていたが、オーストリアのFPÖ(ID所属)とチェコのANO(ECR所属)と共に、新しい政党グループ「欧州の愛国者(PfE: Patriots for Europe)」を結成することを提案した。それに、ポルトガルの「シェーガ(Chega)」(ID所属)、オランダの「自由党(PVV: Partij voor de Vrijheid)」(ID所属)、スペインの「ボックス(Vox)」(ECR所属)が加わり、IDの中核であったフランスのRNやイタリアの「同盟(Lega: Lega per Salvini Premier)」が参加。これによりIDは政党グループの設立要件を満たせなくなり、解散された。7月8日、12カ国、84議員からなるPfEが政党グループとして正式に設立され、第3勢力に急浮上した。会長には、ジョルダン・バルデラRN党首が就任した。議員を引き抜かれたECRは、最終的に78議席(9増)の第4勢力になった。
ドイツのAfDは、欧州議会選挙前に、マクシミリアン・クラー筆頭候補による「親ナチ的な発言」が、RNのマリーヌ・ルペン前党首から「過激すぎる」と批判され、IDを除籍されていた。しかし、第2党となったAfDは、新たに筆頭候補となったアリス・ワイデル共同党首を中心に新政党グループの設立を呼びかけ、7月10日、設立要件をかろうじて満たす8カ国、25議員からなる「主権国家の欧州(ESN: Europe of Sovereign Nations)」を正式に設立することに成功した。ESNの方がPfEよりも、反EUでより急進的な政策を追求する見通しだ。
一方、左派勢力では、既存のGUE/NGLは、前議会で無所属だったイタリアの「五つ星運動(Movimento 5 Stelle)」を加えて46議席(9議席増)となった。結果として、7月15日時点で、無所属は、前議会で63議員だったのが、新規を含めて33議員となった。
欧州議会選挙の結果速報を受け、フランスのマクロン大統領は6月9日、国民議会(下院、定数577)を電撃解散し、6月30日に第1回投票を、7月7日に決選投票を実施することになった。
第1回投票では、急進右派のRNが約33%の得票率で首位、左派の政党連合「新人民戦線(NFP: Nouveau Front populaire)」が約28%で2番手、マクロン大統領率いる与党連合が約21%で3番手に沈む結果となった。7月7日は、577の選挙区のうち1回目で当選者が決まらなかった501選挙区で決戦投票が行われ、全体の結果として、新人民戦線が182議席を獲得して首位に、与党連合が168議席で第2勢力に、最大勢力となると危惧されていたRNが失速し143議席にとどまり第3勢力になった。新人民戦線と与党連合がRNに対抗して選挙協力を行った結果であるが、どのグループも過半数(289議席)を獲得できず、「ハングパーラメント(宙づり議会)」となった。フランス政治の迷走は続く。
この間、EU加盟国首脳らで構成される欧州理事会は、EU諸機関の首脳人事にとりかかった。欧州連合条約第17条7項は、「欧州理事会は、欧州議会の選挙結果を考慮して適切な協議をもった後、特定多数決によって、欧州議会に対して欧州員会委員長候補を提案する。この候補は、欧州議会がその総議員の多数決によって選出する」と定めている。2014年の欧州議会選挙から、政党グループの多くは非公式の「筆頭候補(Spitzenkandidat)」を立てて選挙活動を行ってきた。同年、最大会派EPPの筆頭候補だったジャン=クロード・ユンカー氏(ルクセンブルク)が、欧州理事会の特定多数決で欧州委員会委員長候補に指名され、その後欧州議会で選出された。しかし、2019年には、EPPの筆頭候補であったマンフレート・ウェーバー氏(ドイツ)ではなく、同国のフォン・デア・ライエン国防相が委員長候補に指名され、欧州議会の総議席数の絶対多数で選出された。今回は、再選を目指すフォン・デア・ライエン委員長がEPPの筆頭候補に選出され、選挙期間中もテレビ討論会などの選挙活動を行ってきた。
欧州理事会は6月17日、非公式会合を開催し、欧州委員会委員長候補、欧州理事会常任議長候補、さらにEU外務・安全保障制作上級代表兼欧州委員会副委員長(HR/VP)候補について意見交換を行った。6月25日には、親EU政党グループの代表ら、EPP(ポーランドのドナルド・トゥスク首相、ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相)、S&D(スペインのペドロ・サンチェス首相、ドイツのショルツ首相)、RE(フランスのマクロン大統領、オランダのマルク・ルッテ前首相)が非公式に会合し、首脳人事案について暫定的に合意した。
その上で、欧州理事会は6月27日、特定多数決で、フォン・デア・ライエン委員長の続投支持を正式に決定し、次期欧州委員会委員長候補として欧州議会に提案することになった。同時にシャルル・ミシェル欧州理事会常任議長(ベルギー)の後任にアントニオ・コスタ前ポルトガル首相を選出し、ジョゼップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長(スペイン)の後任に、エストニアのカヤ・カラス首相を候補とする案を採択した。大国と小国、南欧と北欧といった加盟国間、所属政党、ジェンダーなどのバランスをとった首脳人事案である。しかし、27カ国の全会一致ではなかった。報道によれば、ハンガリーのオルバン首相はフォン・デア・ライエン欧州委員長の再選に反対票を投じ、イタリアのメローニ首相は、自ら率いるFdIが所属するECRが当時第3勢力になったにもかかわらず事前交渉の席に呼ばれなかったことを不服として、フォン・デア・ライエン委員長の続投承認を棄権し、他の人事についても反対票を投じた。
7月16日~19日、フランス・ストラスブールにある欧州議会本会議場に召集された新欧州議会の最初の仕事は、議会事務局を構成する役員の選出である。
まず、欧州議会議長(任期2年半)の選出である。候補は、政党グループあるいは欧州議会議員定数の20分の1を下限とする議員グループが提出することができる。今回は、欧州議会議長を務めていたロベルタ・メツォラ議員(EPP、マルタ)とイレーネ・モンテロ議員(The Left、スペイン)の2人が議長候補として登録され、7月16日、両候補による演説(最大5分)が行われ、書面による秘密投票が実施された。選挙結果は、総投票数699(白紙・無効票を除いた有効投票623)、当選に必要な絶対多数は312だったが、メツォラ氏が562票を獲得し議長に選出された。
メツォラ氏は、2013年から欧州議会議員を務め、2020年11月に第1副議長に選出された。2022年1月にダヴィド・サッソーリ議長(当時)が急逝した後、議長に選出され、第9会期後半の2年半、議長を務めてきた。議長としての手腕は高く評価され、今回1回目の投票で圧倒的な支持を受け、再選された。歴代3人目の女性議長であるが、2期連続務めるのは、マーティン・シュルツ議長(2012年~17年、S&D、ドイツ)以来2人目となる。
また、同じ日に欧州議会副議長(14人、任期2年半)の選挙も行われた。17人が候補登録され、1回目の投票では、第1位のEPP所属議員(デンマーク)から11位のGreen/EFA所属議員(ルーマニア)まで11人が副議長に選出された。EPP所属が3人、S&D所属が5人、RE所属が2人、Green/EFA所属が1人で、親EU会派が独占した。
残りの3人の副議長を選出するために、2回目の投票が行われ、1回目の投票で当選できなかった6人が候補として登録され、ECR所属議員2人、The Left所属議員1人が副議長に追加当選した。急進右派勢力に対する「防疫線」が機能し、PfEに所属する2人とENSに所属する1人は落選した。
欧州議会は翌17日、最初の決議案を審議・採択した。それは、2年半前から始まったロシアによるウクライナ侵攻を非難し、欧州議会がウクライナを断固として支援することを再確認するとともに、7月1日から理事会議長国となったハンガリーのオルバン首相がEU側と事前調整なくロシアや中国を相次いで訪問したことを、EUの基本条約と共通外交政策に明白に違反すると非難するものであった。右派の保守主義から中道左派にいたる5つの政党グループが署名したこの決議案をめぐり、多くの強い支持が示されるとともに、EU懐疑派からさまざまな修正動議が提出され、激しい議論が交わされた。修正動議はいずれも否決され、最終的には原案が賛成495票、反対137票(棄権47票)で採択された。
欧州議会は7月18日、欧州理事会によって欧州委員会委員長候補に指名されたフォン・デア・ライエン氏を招き、選出の手続きに入った。メツォラ議長が午前9時過ぎに開会を宣言し、フォン・デア・ライエン氏は約50分にわたって演説。同氏がこの日公開した「欧州の選択:次期欧州委員会(2024年~2029年)の政治的指針(Political Guidelines)」に盛り込まれた「より強い欧州」のビジョンを説明した。その後、各政党グループの代表が、意見(各最大5分間)を述べ、フォン・デア・ライエン氏が答弁。さらに、議長の指名に従って各議員が意見(1分~1分半)を述べ、再度フォン・デア・ライエン氏が答弁し、午前11時28分に一旦閉会した。
午後1時過ぎに再開された本会議は、まず、The Left提出の欧州委員会委員長選挙を9月の本会議(9月16日~19日予定)に延期する動議をめぐって投票が行われ、反対640票余りで否決された。その後、投票用紙が配布され、文書による秘密投票が行われた。投票が終わると本会議は閉会され、結果が集計され次第再開されることになった。
午後2時12分頃、メツォラ議長が再開を宣言し、選挙結果を報告。議長を除いた欧州議会の議員定数は719議席で、当選に必要な絶対多数は360票だったが、フォン・デア・ライエン氏支持が401票、反対が284票、白紙・無効票が22票で、同氏が欧州委員会委員長の2期目(任期5年)を務めることが決定された。
投票後、メツォラ議長とともに共同記者会見に臨んだフォン・デア・ライエン氏は、「前回は当選に必要な絶対多数を8票上回っただけだったが、今回は41票だったから、ずっといい」と喜んだ。
次期欧州委員会委員長に再任されたフォン・デア・ライエン氏は、出身国のドイツと、首相が外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長候補に選ばれたエストニアを除く、残りの25加盟国の首脳に対し、今後5年間自身のチームで一緒に働く欧州委員候補を推薦するよう依頼する。フォン・デア・ライエン委員長は、8月中旬に各候補を面接した上で、ジェンダーバランスなどを考慮して候補者名簿を作成し、EU理事会に提出する。理事会で承認されると、フォン・デア・ライエン欧州委員長は、次期欧州委員会の職務編成を発表し、欧州委員候補名簿を欧州議会に提出する。
欧州議会は、各候補の職務に関連した常任委員会で聴聞・審査を行う。欧州議会は、次期欧州委員会を委員長含め一体として(as a body)承認するが、この権限を盾に欧州委員候補の差し替えを求めることもあり、前回2019年には3人が差し替えられた。
欧州議会が10月の本会議(10月7日~10日、21日~24日を予定)で最終的に承認すると、欧州理事会は特定多数決で、次期欧州委員会を任命する。11月1日にも新欧州委員会が発足し、12月1日にはコスタ新欧州理事会常任議長の任期(2年半、再任1回のみ可)も始まる。
執筆:田中俊郎(慶應義塾大学名誉教授、ジャン・モネ・チェア・アド・ペルソナム)
※本稿は執筆者による解説であり、必ずしもEUや加盟国の見解を代表するものではありません。
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