2021.1.21

Q & A

EUの水素戦略について教えてください

EUの水素戦略について教えてください

消費時にCO2を排出せず、鉄鋼の製造などCO2の排出量の多い産業でも利用可能とされる水素エネルギーは、「欧州グリーンディール」の目標達成に必要な技術として重視されており、欧州企業も水素エネルギーの活用を経営計画に着実に組み入れ始めている。水素社会へのシフトをさらに加速するため、EUは2020年7月に「欧州水素戦略」を発表した。EUは水素を活用した脱炭素化をどのように実現しようとしているのか、説明する。

Q1. EUが水素に関する戦略を必要とするのはなぜですか?

原料、燃料およびエネルギーの担体・貯蔵に用いることのできる水素は、使用の際に二酸化炭素(CO2)を排出しないため、さまざまな産業での活用が大いに期待されています。一方で水素は主に天然ガスや石炭などの化石燃料から生産されており、その結果、EU域内で年間7,000万から1億トンの二酸化炭素が放出されています。水素が気候中立に貢献するためには、かなりの大規模化と水素製造の完全な脱炭素化が必要になっています※1

これまでもエネルギー源としての水素への関心が高まった時期もありましたが、水素の活用が軌道に乗るまでには至りませんでした。今日、世界やEUのエネルギーミックスに水素が占める割合もわずかです。しかし、再生可能エネルギーにかかる費用は急速に低下しており、水素活用に関する技術も進展しています。同時に、温室効果ガスの大幅な削減が喫緊の課題となっており、水素に関する新たな可能性が広がっています。

2020年7月に採択された「EU水素戦略(EU Hydrogen Strategy)」では、クリーンな水素が費用対効果の高い形でEU経済における炭素排出量の削減に貢献する方法を考察・提言しています。それは、「欧州グリーンディール」に定めた2050年までの気候中立化というEUの目標やパリ協定の目標の達成というEUの公約に沿ったものです。またEUは新型コロナウイルスの感染拡大により経済的に大きな影響を受けましたが、この打撃からの復興にも「EU水素戦略」が寄与すると考えられています。

ティーマーマンス執行副委員長とエネルギー担当のシムソン委員が水素戦略を説明する欧州委員会のビデオ

Q2. 水素戦略ではどのような種類の水素を推進していますか?

水素の製造にはさまざまな方法があり、使用する技術やエネルギー源によって温室効果ガスの排出量は大きく異なります。製造にかかる費用や必要な材料もさまざま。製造方法によって異なる主な水素の特徴を説明しましょう。

  • 「化石燃料由来の水素」:主に天然ガスの改質や石炭のガス化など、化石燃料を使用したさまざまな工程から製造される水素のことで、現在、製造される水素の大半を占めています。化石燃料ベースの水素の製造からはライフサイクル全体で大量の温室効果ガスが排出されます。
  • 「電気由来の水素」:使用するエネルギー源にかかわらず、電気を動力とする電解装置で水を電気分解して製造される水素のこと。電気ベースの水素の製造から放出されるライフサイクル全体の温室効果ガス排出量は、発電方法によって異なります。
  • 「低炭素水素」:「化石燃料由来の水素」や「電気由来の水素」の中でも、炭素の回収と組み合わせるなど、既存の水素製造と比べてライフサイクル全体の温室効果ガスの排出量を大幅に削減している水素のこと。
  • 「再生可能な水素(renewable hydrogen)」:「電気由来の水素」の中でも、再生可能エネルギーから得られる電気を動力とする電解装置で水を電気分解して製造される水素は、「再生可能な水素」となります。また、持続可能な要件などを満たすのであればバイオエネルギーによる「再生可能な水素」の製造も可能であり、天然ガスの代わりにバイオガスを改質する製造方法や、バイオマスを生化学的に転換する製造方法があります。「再生可能な水素」の製造から放出されるライフサイクル全体の温室効果ガスの排出量はほぼゼロであり、クリーンな水素(clean hydrogen)とは「再生可能な水素」を指します。
  • 水素由来の合成燃料とは、水素と炭素から作るさまざまなガス・液体燃料のことを指します。水素由来の合成燃料が再生可能と認められるためには、原料となる水素が「再生可能な水素」である必要があります。

EUが水素戦略において重視しているのは、脱炭素化に最も大きく貢献できる可能性があり、EUの気候中立目標に最も適している「再生可能な水素」です。既存の水素製造をクリーン化することで短期的に排出量を削減するとともに、水素市場の規模を拡大することを目指しています。そのため、移行段階では、例えば、水素を製造する過程で生成されるCO2を回収・貯留することで製造過程におけるCO2発生を実質ゼロにしている水素や、回収・貯蔵はしないものの発電工程を低炭素した電力を使用している「低炭素水素」など、低炭素化された工程で製造された水素が果たす役割についても認めています。

水素の種類を区別することで、水素による炭素排出削減の効果が十分に得られるように基準や認証を設定することが可能になり、支援政策の枠組みを的確に調整できるようになります。

「ドン・キホーテ・プロジェクト」(ベルギー・ハレ)の自動車用水素燃料ステーションでは、EUの資金協力のもと、風力発電や太陽光発電システムを活用し「再生可能な水素」を提供している Ⓒ European Union, 2020

Q3. 戦略では、水素のどのような用途に期待していますか?

水素は石油精製やアンモニア製造に用いられるほか、新たな手法によるメタノール製造にも使用されていますが、まずはこうした工業用途において、製造工程で多くのCO2を排出する水素の使用を削減・代替することが期待されています。また、鉄鋼生産で使用される化石燃料の一部代替などへの期待も大きく、欧州委員会の「新産業戦略」で構想されているように、水素は、炭素を排出しない鉄鋼生産の基盤となる可能性を秘めています。

輸送部門では、電動化が難しいケースにおいて水素の活用が期待されています。例えば、都市の路線バス、商船、鉄道網の特定部分における利用が考えられます。また、長距離バスや特殊用途車などの大型車、および長距離道路輸送では、水素を燃料に用いることで脱炭素化ができます。水素燃料電池の電車の普及や、内陸水路や短距離海上輸送での水素燃料の使用にも可能性があります。

合成灯油などの合成燃料を製造することで、長期的に水素は、航空輸送や海上輸送を脱炭素化する一つの手段となる可能性があります。

世界初の水素をエネルギーとした燃料電池列車「コラディアiLINT」(フランス・アルストム社製)。2018年にドイツで運行開始したのを皮切りに、2020年にはオランダ、オーストリアでも試験運行が行われた Ⓒ Alstom

Q4. EUはこうした有望な技術をどれくらい早期に普及させることができますか?

EU水素戦略では、クリーンな水素を利用したエネルギーを中心とする経済(水素経済)の発展に関して3つの段階を想定し、産業部門ごとに異なるペースで段階的に移行することを想定しています。

  • 第1段階(2020~2024年)では、化学部門など現行の用途のための水素製造を脱炭素化するとともに、脱炭素化水素を新しい用途に適用することを推進します。第1段階の実現には、2024年までにEU域内に6ギガワット以上(2019年末の日本国内の風力発電設備容量は4.3ギガワット)の「再生可能な水素」電解装置の導入が必要で、最大100万トンの「再生可能な水素」の製造を目指します(日本の水素製造の目標値は2020年までに0.4万トン、2030年までに30万トン)。
  • 第2段階(2025~2030年)では、水素を統合エネルギーシステムに不可欠な要素とする必要があります。そのため、EU域内で2030年までに40ギガワット以上の再生可能水素電解装置を導入することと1,000万トンの「再生可能な水素」を製造することを戦略的な目標に掲げています。水素の使用は、鉄鋼生産、トラック、鉄道、一部の海上輸送での利用など新しい産業部門に徐々に拡大します。また水素の製造は、EU域内の各地域のエコシステムの中で、利用者または再生可能エネルギー源に近い場所で行われるようにします。
  • 2030年から2050年までの第3段階では、 再生可能水素の製造技術が成熟することで、他の代替エネルギー利用が実現不可能か、あるいは代替エネルギー利用が高コストとなるような、脱炭素化が難しい全ての産業部門においても、再生可能水素の利用が大幅に拡大できると想定しています。

Q5. EU水素戦略は、水素経済への投資をどのように支援しますか? また、どのようなEUの財政手段が利用可能ですか?

水素経済への投資を支援するため、欧州委員会は、「欧州クリーン水素同盟(European Clean Hydrogen Alliance)」を新しく立ち上げることを、欧州委員会の「新産業戦略」で発表しました。この水素同盟は、産業界、国、地方自治体、市民社会が一体となって取り組むものであり、主要な成果として実現性のある投資案件の候補を明確な形で絞り込み、選定することを目指しています。

さらに、復興に向けた新政策「次世代EU(Next Generation EU)」の一環である「InvestEU」計画では、強力なレバレッジ効果により小さい資金で投資効果を上げ、さらに収益性を高めることで民間による投資を奨励し、水素の普及を支援しています。

多くのEU加盟国は新しい「復興・強靭化ファシリティ(Recovery and Resilience Facility)」に関連して、国別復興・強靭化計画を策定する際に「国家エネルギー・気候計画(National Energy and Climate Plans)」を考慮する必要があります。再生可能で低炭素の水素は、加盟各国のこうした計画においても、戦略的に重要な要素として位置づけられています。

「REFHYNEプロジェクト」もEUの資金援助プロジェクトのひとつ。ドイツ・ケルン近郊に現在建設中の施設では、世界最大級となる10メガワット(ピーク時)の水素製造装置を備え、年間約1,300トンの水素製造が可能となる予定 Ⓒ European Union, 2020

さらに、新「REACT-EU」イニシアティブから資金の補強を受ける「欧州地域開発基金」や「結束基金」は、引き続きグリーン経済への移行を支援するために利用することができます。 また、エネルギー消費量単位あたりのCO2排出量が多い地域に対しては、「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」に基づくさまざまな支援の可能性が検討される予定です。

また、EU「排出量取引制度(ETS)イノベーション基金」は、2020年から2030年にかけて低炭素技術の支援を目的として約100億ユーロの資金を共同出資しており、この基金を活用することで、水素ベースの革新的な技術の世界初の実証実験を促進することが期待されています。

註1:「次世代EU」、「復興・強靭化ファシリティ」、「REACT-EU」については「EUの新型コロナ禍からの復興を支える大規模な財政支出計画」(2020年秋号 ニュースの背景)をご覧下さい。

註2:「公正な移行メカニズム」については「脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」(2020年1・2月号 ニュースの背景)をご覧ください。

※1 EU域内で現在稼働している300基の電解装置から製造される水素は、水素製造量全体の4%にも満たない -Fuel Cells and Hydrogen Joint Undertaking, 2019, Hydrogen Roadmap Europe


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