2016.2.19
FEATURE
全ての関係者を利する貿易を目指し新たな貿易・投資戦略「Trade for All (万人のための貿易)– Towards a more responsible trade and investment policy」を打ち出した欧州委員会。PART1では、欧州連合(EU)にとっての貿易の重要性と貿易政策の歩みを俯瞰した上で、新戦略策定の背景などを紹介する。
世界最大の貿易圏であるEU。その貿易政策の歴史は1950年代、まさにEUの前身の欧州経済共同体の時代にさかのぼる。域内関税の撤廃に始まり、単一市場の構築、さまざまな二者間自由貿易協定(FTA)の締結、関税貿易一般協定(GATT)やその後の世界貿易機関(WTO)での多角的枠組みづくりなど、EUは時代の変化に応じながらも、一貫して公正かつ開かれた貿易制度や域外市場の開放を追求してきた。
EUの貿易政策を、時代に即して導いてきたのが「貿易戦略」だ。近くは2006年10月に発表された「グローバル・ヨーロッパ:国際競争への対応」。WTOドーハ開発アジェンダによる多国間交渉を進める一方で、アジアを中心にFTA締結に向けた交渉推進を明確に打ち出した。さらに関税だけでなく、公共調達、投資、知的財産権、競争政策など伝統的にFTAの対象外だった分野も重視する姿勢を示した。
続いて2010年11月に発表されたのが「EUの2020戦略の中核要素としての貿易政策」。2010年3月に採択されたEUの10カ年経済成長戦略「欧州2020」の一環として掲げたもので、日本を含む戦略的パートナーとの関係について、FTAも視野に入れた関係強化をうたった。
今回の「Trade for All」を取りまとめた背景には、いくつかの理由がある。一つは、環大西洋貿易投資パートナーシップ協定(TTIP、EU・米国間の協定)に代表されるような大型貿易協定の締結交渉を重ねる過程で、これらが企業の利益を優先しているのではないかとの声が挙がり、一般市民から「誰のための貿易政策なのか」という懸念が出されたことに対応する必要があったこと。欧州の人々の幅広い利益と価値に役立つ戦略が求められた。
もう一つは、いわゆるグローバル・バリュー・チェーン(世界的価値連鎖)――財やサービスの供給・調達が複数国にまたがること――への対応として、貿易を単に完成品の輸出入として見るだけではなく、もっと広大な観点から捉える必要に迫られたのだ。この一例として、サプライチェーンの責任ある管理が求められた。
さらには、WTOのような多角的協定、二者間FTAおよび投資協定などにおけるEUの取り組みを最新のものにしていく必要があるためだ。例えば、再生可能エネルギーや環境技術など高度に革新的な分野を対象に市場開放を進めていくことは重要であるし、WTOで環境物品・サービス協定が締結できれば、急速に成長するこの分野にさらなる弾みがつくであろう。
そして、締結済みの貿易協定から得るものを最大限化することも求められている。例えば2011年7月に発効したEUと韓国との間のFTAは既に双方に多大な恩恵をもたらしているが、企業、特に中小企業にはまだ同協定を十分効果的に利用する余地が残っているのだ。
ここに、新戦略策定に大きな影響を与えたエピソードがある。2012年7月、欧州議会が、日米欧などが署名した「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)」の批准を、個人の表現の自由を侵害するとして否決した。リスボン条約(改正EU基本条約)で同議会の権限が強化され、国際条約の批准に議会の承認が必要となって以来、初めての権限行使であった。裏には、条約の一連の交渉プロセスが密室で行われているという批判が市民社会から提起されたことがあった。
TTIP交渉においても、米国との合意が大企業の利益のみに資するのではないかという疑念が市民社会から出され、例えば、企業など投資家が投資先の政府を訴えることを認める投資家保護条項について批判的に報道されている。まさに透明性を高めるということも、新しい戦略の最重要課題の一つなのだ。
欧州委員会のセシリア・マルムストローム通商担当委員は、新貿易戦略について「貿易が雇用と成長をもたらし、消費者、労働者、小規模な企業への投資を呼びこむことを欧州市民は理解している」とした上で、「このような成果を積み重ねていく必要がある一方で、世界の人権や持続的発展、自国の高レベルな規制や公共サービスの内容についてはなるべく妥協したくない。そのためEU市民は、彼らの代表として私たちが行う交渉について詳細な情報を開示するように求めている。つまり、これからの貿易政策は、より有効で、より透明性が高く、より私たちの価値に沿ったものでなければならない。より責任のある貿易政策が必要なのである」と説明する。
欧州委員会は新戦略を準備するにあたり、市民社会を代表する数百もの団体やEUの諮問機関である経済社会評議会などから広く意見を求めた。欧州議会と(加盟国閣僚からなる)EU理事会の意見も集約し、いよいよ戦略は欧州委員会による実施に移る。
責任当局である欧州委員会通商総局は、新戦略とそれが支える貿易・投資政策は、これまで以上に責任を持って実施されなければならない、とその意気込みを示している。以下がその主眼点である。
【効果的】
新しく生まれる経済的機会の中で、貿易が実益を保証すること。デジタル経済や知的財産保護に関する国際的規制における協力、グローバル・バリュー・チェーンがらみの専門家・企業経営幹部・サービス提供者などの交流、貿易・投資協定の実施向上のためのEU加盟国・欧州議会・利害関係者間の連携強化――などを含む。また、EUが将来締結する貿易協定に、欧州企業の9割を占める中小企業に効果をもたらす条項を設けることを義務付ける。
【透明性】
EUの貿易交渉は欧州委員会が行うが、全ての貿易・投資協定交渉における主要な交渉文書を公開する取り組みなどにより、交渉が市民の目に触れる機会を増やす。これは米国とのTTIP交渉ですでに実施されており、欧州委員会は各種文書をウェブサイトで公開している。また欧州委員会は、欧州議会、EU理事会、EU加盟国および市民社会と、貿易交渉に関する対話などを強化する。
【EUの価値】
欧州の規制モデルを守り推進する。貿易協定や特恵制度を通じて、持続的開発、人権、公正で倫理的な貿易、汚職撲滅を支援する。EUが締結する貿易協定に腐敗防止のルールを盛り込み、貿易相手国が労働者の団結権や児童労働の廃止などの基本的な労働者の権利に関する条項を設けることや、サプライチェーンの責任ある管理を徹底する。
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