2016.4.28
Q & A
日本ではあまり馴染みのない言葉ですが、「旅客の権利(Passenger Rights)」とは、市民が交通手段の利用において搭乗拒否、欠航、大幅な遅延などのトラブルに遭遇した際、運賃の払い戻しや食事、金銭的補償などを受ける権利のことを指します。
EUでは、加盟国間での人や物の移動(モビリティ)を高めるために、1980年代後半から「航空市場の自由化」を推し進めてきました。その結果1997年に「EU単一航空市場(オープンスカイ)」が実現し、路線数や乗客数が著しく増加しました。国内路線に外国の航空会社や格安航空会社が多数参入し、同じ路線でいくつもの航空会社が運航を開始すると、航空会社や空港当局によってサービスが異なり、加盟国ごとに守られる権利にも差があることがわかりました。EU内の乗客の利便性や権利が一定基準以上に守られるよう、EUとして法制化が求められたのです。
こうして2004年に欧州議会およびEU理事会規則 (EC) No.261/2004 によって「航空旅客の権利」が法制化され、2005年2月から施行されました。2010年のアイスランド火山の噴火は、欧州空域ほぼ全体の閉鎖につながり、10万便以上が欠航となり、約1,000万人もの旅行者が影響を受けました。
この時、「旅客の権利」が法律で守られていることの意義が強く認識され、列車、客船、バスなどの交通手段へと広がっていったのです。今日、航空機、鉄道、客船、バス(路線バスおよび観光バス)の利用者と、移動に困難を伴う人のため「旅客の権利」を法律で保護しているのは、EUのみとなっています。
「旅客の権利」については細かい規定も多いのですが、ここでは「航空機」の利用に関する主な権利について紹介します。
航空券の価格が購入者の国籍や購入場所に左右されることは禁じられています。オンラインの場合には、航空券の価格本体以外に、税金、空港使用料、燃料や保安チャージなどすべての費用を明記した合計金額を、最初の画面で表示し、他社や他の航空券販売サイトと容易に比較できるようにすることが定められています。その他の費用が派生するサービスについては、オプトイン方式を用い明示する必要があります。
欠航やオーバーブッキングにより搭乗できない場合には、①航空券の払い戻し、または無償で出発地まで帰してもらう(この場合の払い戻しは、7日以内に行われることが定められている)、②できるだけ早い時点での、目的地までの代替輸送の提供、③旅客が希望する日時で、席の確保が可能な便による代替輸送の提供――のいずれかの権利があります。また、5時間以上の遅延の場合にも、払い戻しを受けたり、出発地までへの代替便の提供を受けたりすることができます。
また、食事や軽食などの提供を受けたり、電話やメールなどで連絡を取らせてもらう権利、飛行距離や遅延時間によって移動が翌日になる場合には宿泊や宿泊地までの交通手段などの提供を受ける権利、さらに金銭による補償も規定されています。搭乗拒否、欠航、目的地到着が航空券に記載されている時間より3時間以上遅れた場合には、特別な場合を除き、飛行距離に応じて250~600ユーロの金銭的補償を受けることができます。ほぼ同様条件の代替便が提供された場合には、補償額は半分まで減額されることがあります。
2016年3月のブリュッセル空港爆破テロでは、膨大な数の航空便の欠航・遅延が出ましたが、EUの「旅客の権利」では、たとえテロや天変地異のような特別な事態であっても、金銭的補償以外の全ての旅客の権利が守られなければならないと定めています。
荷物の紛失や破損についても、以下のような権利が保証されています。
チェックインした荷物の紛失や破損については、航空会社に1,220ユーロまでの補償を求めることができます。荷物の受け取り後、7日以内(荷物の遅配の場合には、21日以内)に請求する必要があります。チェックインする荷物に高価なものが入っている場合には、事前に申告すれば航空会社によって、有償でこれ以上の補償を受けることができる場合もあります。
いずれにせよ、重要なことは、この法律が、航空会社に対し、トラブルの理由を説明し、旅客にどのような権利があるかをきちんと知らせることを義務付けている点です。そもそも情報がなければ、旅客は権利を行使することができないからです。
まず、「旅客の権利」の行使方法ですが、同権利に基づいて払い戻しや補償の必要が生じた場合は、まずEUのウェブサイトの「旅客の権利」のページ から航空会社への請求用書式 をダウンロードして記入し、利用した航空会社に提出してください。その際、必ず自分用にコピーをとって保管してください。6週間以内に回答がない場合、または満足できる対応が得られなかった場合には、EU加盟各国の施行監督当局の一覧 から、当該国の当局を探して報告してください。荷物の紛失・破損、その他の件についても、まずは利用航空会社に連絡してください。返答がない場合や満足できない場合は、最寄の欧州消費者センターに報告してください。
トラブルに巻き込まれ、どんな権利があるのか知りたいという局面に遭遇するのは、往々にして旅先でのこと。そこで、旅先で、いつでも「旅客の権利」を手軽に確認できるスマホ用アプリが準備されています。iPhone用、アンドロイド用などOS別にアプリケーションがあり、25言語での利用が可能です。すでに多くの方々に利用されています。欧州に出かける際はダウンロードしておくと役立つかもしれません。
EUで定める「航空旅客の権利」は、EU域内の空港から離陸する全ての航空便の乗客に適用されます。一方、第三国からEU域内に着陸する場合には、EU加盟国およびアイスランド、ノルウェー、スイスの航空会社を利用する旅客にのみに適用されます。残念ながら、日本の航空会社を利用して、日本からEU域内に着陸する航空機の旅客には適用されません。
2005年、EUで「航空旅客の権利」が施行されて以来、米国やカナダでも、滑走路上で待機中の航空機内での旅客留め置き時間の制限や、搭乗拒否や欠航の際の食事や宿泊、金銭的補償についての法令ができたり、国際航空運送協会(IATA)のような業界団体や航空会社各社による運送約款の整備などが進められたりしてきました。日本は、大事故の際の乗客や遺族への賠償金などを定めた国際民間航空機関(ICAO)の国際条約(通称「モントリオール条約」 )を2000年に批准していますが、EUの「航空旅客の権利」規則にあたる航空法令や消費者保護法令はありません。どこまでを最低限の消費者の権利と考えて法律で保護すべきなのか、どこまでを航空サービスの質の問題として自由競争に委ねるべきなのかは議論の分かれるところで、世界の地域や国々によってさまざまです。
EUでは、移動に困難を伴う人のために、別の 規則 (EC) No 1107/2006を定めて、航空便を含めた全ての交通手段において、乗降などに必要な支援を無償で受け、他の市民と同等の「旅客の権利」を享受できるよう保護しています。
例えば、車いすや松葉づえなどの歩行補助器具を持ち込む権利、そのための充電設備の提供などが保証されています。しかし、摂食や服薬の補助までは義務化されておらず、介助者の同行が促される場合があります(バスや客船では、同行する介助者は無料)。支援を求めるのに、移動困難を証明する書類の提示は必要ありませんが、原則として48時間前まで(バスは36時間前まで)に運営会社やツアー会社などに、どのような支援が必要かを伝えることが推奨されています。
また、列車・バスなどの場合には、乗降場所の状態や支援設備についての情報を提供することが、運営会社・ツアー会社などに義務付けられています。しかし、列車・バス・客船に関するEUの「旅客の権利規則」には、乗降場所のインフラの都合や安全上の理由から、やむを得ずその一部が守られない場合もあること、また、国内線または、EU域外から域内に乗り入れる列車では、EUの「鉄道旅客の権利」が守られない場合もありうることが明記されています。
交通手段の運営会社から必要な支援が得られない、または、納得が行かない場合には、EU加盟各国の施行監督当局の一覧 から、当該国の当局を探して報告することができます。
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