2017.4.28

FEATURE

欧州の将来を見据えた白書とローマ宣言

欧州の将来を見据えた白書とローマ宣言
PART 2

白書が提示する欧州の将来の5つのシナリオ

2017年3月1日、欧州委員会はローマでの欧州連合(EU)首脳会合(3月25日)に先立って『欧州の将来に関する白書』を発表した。PART 2では、EUの将来像を議論していくためのたたき台として提示された、白書の中の「5つのシナリオ」を解説する。

2019年の欧州議会選挙を視野に入れた「白書プロセス」

欧州議会で白書を発表するユンカー委員長(2016年3月1日、ブリュッセル) © European Union, 2017

『欧州の将来に関する白書』は、欧州委員会のジャン=クロード・ユンカー委員長が2016年の一般教書演説で表明したとおり、3月25日のローマでの27カ国首脳とEU主要3機関の長による首脳会合への貢献として、提出された。ローマ条約調印によるEUの生誕から60周年を迎える中、EUは大きな転換期を迎えており、課題や困難に翻弄されるのではなく、今こそ望ましい方向転換への好機と捉えて、主体的に舵を取るべき、との視野に立ってまとめられた白書。その中核は、EU27カ国が共に作り上げる将来像として、2025年にどのようなEUになり得るかを提示した以下の5つのシナリオから成っている。

1) Carrying On(これまでどおり進める)
2) Nothing but the Single Market(単一市場のみ進める)
3) Those Who Want More Do More(希望する加盟国はさらに進める)
4) Doing Less More Efficiently(領域を絞り効率よく進める)
5) Doing Much More Together(さらに多くを共に進める)

欧州委員会は、今後議論を促すために、順次テーマごと(社会的側面・グローバル化の活用・経済通貨同盟・防衛・財政)の考察文書(reflection paper)を発表する。同時に、「欧州の将来のための公開討論会」を欧州議会と加盟国と共に各地で開催するほか、市民一人ひとりの声を聴くためオンラインの公開協議も行う。

本年9月にはユンカー委員長の一般教書演説で布石を打ちながら、12月の欧州理事会で最初の結論が出され、2019年の欧州議会選挙までにEUの行動指針を固める、というのが白書を巡るプロセスである。

20196月の欧州議会選挙までの主な予定

* White Paper on the Future of Europe, European Commissionを基に作成

五者択一ではない5つのシナリオ

5つのシナリオは、主要な政策領域やその他の観点でどのような違いがあるかをイメージしやすいように描かれており、単一市場や貿易、経済と通貨、移民・難民と安全保障、外交と防衛、予算、意思決定の透明性や期待と成果のギャップなどについて記述されている。シナリオは、この中からどれを選ぶかという“五者択一”の選択肢として提示されたものではない。具体的なイメージを描きやすいように用意されたもので、内容が重複する部分もあり、また5つ以外のシナリオもあり得るという前提に立っている。これまでの議論が「統合を進めるか否か」という短絡的な二者択一論に陥りがちであったとの反省に立ち、政策領域や優先順位、加盟国全体で進めるのか、あるいは一部の加盟国で進めるのかなどのバリエーションを持たせて書かれたものになっている。

以下は、5つのシナリオが描く2025年までのEUの将来的な状態を示し、それぞれのメリットとデメリットを一覧にまとめたものである。

シナリオ1:Carrying On(これまでどおり進める)
~積極的な改革目標で成果が上がるように~

これまでどおり政策の優先順位を定めて、新立法で対応しながら全加盟国で改革を進める。EU27カ国とEU諸機関が合意する行動課題どおりに進めるため、意思決定過程や成果が結実するまでに時間がかかる。

2025年はどんなEUに?

単一市場をさらに推進し、デジタルや運輸、エネルギーなどのインフラに投資し続けることで雇用を創出して経済成長を促す。単一通貨の機能を向上させ、金融部門の監督を強化する。国家補助施策の90%は加盟各国の裁量に任せる。テロ対策では、希望する加盟国間で機密情報を共有し、防衛面では、研究や産業、共同調達といった点で協力を深める。

外交面ではEUはこれまで以上に一つにまとまって行動する。日本やオーストラリアなどとの貿易協定を順次締結するが、加盟国の政府や地域政府の批准手続きが必要なため時間がかかる。EUの対外国境管理は、基本的に国境に接するそれぞれの国々の責任だが、「欧州国境沿岸警備機関」などを通じてそれ以外の加盟国も協力する。気候変動、金融安定、持続可能な開発などの国際的な課題に対して、EU27カ国はこれまでどおりリーダーシップを発揮する。

メリット

● 目的意識の共有をベースに、積極的な行動課題が、具体的な成果をもたらし続ける。

● EU27カ国の結束が保たれる。

デメリット

● 大きな論争が生じるたびに、EU27カ国の結束が試される。

● 約束に見合う結果が達成できるのは、良い成果を生むために結束する覚悟がある場合のみである。

シナリオ2:Nothing but the Single Market(単一市場のみ進める)
~単一市場に関連する重要な側面以外の政策領域は、各加盟国の裁量に~

多くの政策領域で前進に合意できず、徐々に単一市場の重要な側面のみに終始するようになるというシナリオ。移民・難民や安全保障、防衛などの領域では、共に解決を探ることはない。

2025年はどんなEUに?

© European Union, 1995-2017

EUは単一市場(自由貿易圏)を意味することになり、関係する領域に限った政策協調や標準化だけが行われる。資本と物の自由な移動は続くが、消費者保護や労働基準、環境基準、税制、公的助成金政策などでのEU加盟各国の差異は大きくなり、過剰な緩和競争に陥る可能性もある。結果、労働者やサービスの自由な移動は十分には保証されなくなる。大気や河川の汚染などの、国境をまたぐ問題には対応が難しくなる。

EUとして他国と新しい貿易協定を締結するのが困難になり、EU域内の国境審査がより規則的に実施される。移民・難民政策や外交政策の課題は、二者間で扱われるようになる。人道・開発援助は、加盟各国で対応。気候変動、租税回避、グローバル化、国際貿易の促進などの国際的課題においては、EU全体として議論に参加することがなくなる。

メリット

● 意思決定がより分かりやすくなる。

デメリット

● EUとして集団で行動する能力が制限されるため、課題解決への期待と成果のギャップが大きくなる。

● EU法の下で保障されてきたEU市民の権利が徐々に制限される。

シナリオ3:Those Who Want More Do More(希望する加盟国はさらに進める)
~特定の領域でより統合を進めたい加盟国はそれも可能に~

EU27カ国による単一市場が継続される一方で、防衛、域内の治安、税制、社会問題などの政策領域では協力を進めたいEU加盟各国はそうする、というシナリオである。現在のユーロ圏やシェンゲン圏をイメージすると分かりやすい。領域ごとに幾つかのグループができて、立法や予算面で個別に協議することになり、手続きが複雑になる。

2025年はどんなEUに?

© European Union, 1995-2017

あるグループは防衛領域でより密接に協力して、共同で調査や開発、調達を行い、合同作戦を展開する。他のグループは、安全保障や司法の領域で先に進み、警察組織や情報機関を共有し、テロ対策・組織犯罪の取り締まりを共に進め、犯罪組織の資金調達、麻薬や武器の密輸などで共同捜索や摘発を実施する。別のグループでは、税制や社会問題などにおける協力を強め、税法や税率を調和させることによって、コンプライアンスコストや租税回避を減らす。合意された社会基準により、ビジネスに確実性が生まれ、労働条件が改善する。

メリット

● EU27カ国の結束が続く一方で、さらなる統合を望む加盟国が先に進むことも可能になる。

● さらなる統合を希望する加盟国では、期待に見合った成果が上がる。

デメリット

● 意思決定における各レベルでの透明性や説明責任に対する疑問が生じる。

● EU域内のどの加盟国にいるかによって、EU法で保障されてきたEU市民の権利に差異が生じるようになる。

シナリオ4:Doing Less More Efficiently(領域を絞り効率よく進める)
~選んだ領域でより速く効率的に結果を出し、他の領域の取り組みは減らす~

EUレベルで政策領域を限定し、そこに集中する。競争政策や銀行監督のように、全体で決めたことに関してEUが直接的に実施・執行できるより強力な手段が与えられ、迅速かつ断固とした取り組みが可能になる。

2025年はどんなEUに?

EUは、イノベーション、貿易、安全保障、移民・難民、国境管理および防衛などの領域で取り組みを強化する。例えば、共通の欧州テロ対策機関(commonEuropeanCounter-terrorismAgency)や単一の欧州庇護機関(single European Asylum Agency)といった専門機関が設立される。脱炭素化やデジタル技術の汎EUプロジェクトへ投資が集中し、貿易協定のための交渉や締結が迅速になる。

その一方で、地域開発、公衆衛生、一部の雇用・社会政策などの、付加価値が限定的もしくは、約束に応えることが不可能と見られる領域では、EU27カ国として協調行動を取らない、もしくは削減する。消費者保護、環境、職場の健康・安全基準などの領域においては、新しい基準は最小限となる。

メリット

● 欧州市民にとって、EU・国・地域でどのように権限を分担しているかが明確になる。

● 選ばれた多くの領域において、資源を集中投入し、注力することによって、素早い行動が可能になる。

デメリット

● まずどの領域を選ぶかについて合意に達することが困難である。

シナリオ5:Doing Much More Together(さらに多くを共に進める)
~全ての政策領域において、全加盟国が一丸となって進むことを決断~

全てのEU加盟国が、全政策領域で権限、資源、意思決定を共有すると決定。徹底してEUとしての統合を推進する。ユーロ圏も強化される。EUレベルでの意思決定や実施を、素早く達成できるようになる。

2025年はどんなEUに?

国際社会において、EUは「一つの結束した声」として、より明確に機能する。貿易協定の批准は、EU加盟国や地域の議会に代わって、欧州議会が行う。防衛と安全保障が優先される領域となり、北大西洋条約機構(NATO)を補完する欧州防衛同盟(European Defence Union)が創設される。移民・難民政策での共同の取り組みを強化する。気候変動問題で世界を牽引し、開発援助・人道援助の最大提供者としての役割がさらに高まる。エネルギー、デジタル、サービス部門で単一市場の完成へ尽力する。イノベーションや研究への共同投資によって、欧州内に幾つもの「シリコンバレー」が生まれる。

メリット

● EUレベルでの意思決定が、より重要かつ迅速になる。

● EU法で保障されるEU市民の権利が、さらに拡大する。

デメリット

● EUの正統性に疑問を持ち、国の権限が奪い取られていると感じる一部の社会では、疎外感を味わう危険がある。

白書は、「最終的な結果は、シナリオに示された道筋とは明らかに違ったものになる」ことを想定している。PART 1で紹介した「ローマ・アジェンダ」と併せて、欧州の将来像についての議論がさらに深化していくことが期待されている。

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