2017.9.16

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市民に開かれた学びの場「欧州歴史館」が開館

市民に開かれた学びの場「欧州歴史館」が開館

欧州議会が、2017年5月6日に開館した「欧州歴史館」。欧州市民が共有した歴史という壮大なテーマを実感しながら、幅広い層の人々が欧州の歴史について深く学べる場となっている。欧州内外から集められた貴重な収蔵品をはじめ、迫力満点の巨大な映像展示が見所だ。

欧州の近代史を次世代に伝える、美しい歴史館が誕生

欧州歴史館(House of European History)は、欧州連合(EU)の諸機関が立ち並ぶブリュッセルの「ヨーロッパ地区」にある、レオポルド公園の一角に立つ。アール・デコ様式の歴史的建造物であるイーストマン・ビルを改修し、ガラス張りの上層階を増築した、独特の美しい外観を持つ。欧州議会は、1985年からイーストマン・ビルを賃借していたが、ここに歴史館を設立することを2007年に提案。10年の長い準備期間を経て、本年5月に晴れて開館を迎えた。

開館にあたって、アール・デコ様式の歴史的建造物の改修とともに、ガラス張りの上層階が増築された © Michiko KURITA

館内の展示は、古代から欧州大陸を形作ってきた文化・知識・技術などの交流の歴史の紹介に始まり、18世紀末のフランス革命以後から現代までの欧州近代史が中心となっている。過去の事実を次世代に伝え、欧州が共有する価値を市民に考えてもらう――。そのために、さまざまな工夫を凝らしている。

まず、政治・経済・社会・文化などの多角的なテーマに沿って、史実を年代順に紹介。「欧州」を地理的に広く東西南北ごとに捉えることで、偏りなく歴史を見られるように配慮されている。順路も自由で、来館者が自分の興味や時間に合わせて見学できるようになっている。目安は90分とのことだが、無料で貸し出されるタブレットを片手に、説明を聞きながら気軽に館内を歩くだけでも十分面白いし、展示物の説明を一つひとつじっくりと読みながら、深く掘り下げて理解しようとすると、数時間かかることもあるそうだ。

来館者が思い思いのペースで見学できるように配慮された展示エリア。写真は、独裁体制に抵抗し、表現の自由を求めて20世紀初頭に活躍したピカソやシュールレアリスムの芸術家、市民たちによる作品群 © European Union 2017 – Source: EP

欧州歴史館で実感できる壮大な時代の流れ

常設展示は6つのセクションから構成されている。最初のセクションは「欧州のプロフィール」。ヨーロッパの語源である、ギリシャ神話に登場する王女エウロペ※1の物語に始まり、古代から現代にかけて作成された地図に、欧州がどのように描かれてきたかという変遷を見ることができる。また、古代ギリシャが発祥とされる民主主義が実際に行われていた証拠を示す陶片、キリスト教にまつわる彫像、18世紀以来の合理主義に基づいて編さんされた『百科全書』など、欧州文化の精神や思想をよく象徴している品々を展示している。

第一次世界大戦中、欧州内の激戦地で実際に使われた毒ガス防護マスク。戦争に焦点を当てて展示するのは、来館者に歴史的事実を直視し、その重みを感じて自身で考えてもらうためだ © European Union 2017 – Source: EP

2番目は「列強となった欧州」で、欧州全体が大きな変貌を遂げた近代の中でも、19世紀前後に関するセクションだ。この時期、産業革命や金融・商業の近代化を背景に、欧州は世界の覇権を握り、植民地主義政策を推し進めた。その一方で、フランス革命を皮切りに、人権や市民権、民主主義といった思想が一気に広がった時代でもある。社会・国家レベルで緊張が高まり、世界各地でも競争が激化した様子を伝える。

3番目のセクション「廃墟となった欧州」では、20世紀前半に起こった2つの世界大戦に焦点を当てている。政治、経済、文化のあらゆる面で世界の先駆者であった欧州では、第一次世界大戦が勃発。戦後は、欧州列強が建設してきた帝国が崩壊し、次々と新しい近代国家が誕生した。国際連盟が創設され、欧州統合運動の源流が生まれるなど、平和を求める動きがあったものの、それも束の間のこと。第二次世界大戦では、欧州においてはナチスによるユダヤ人大量殺戮や、日本においては米国による広島・長崎への原爆投下など、兵士だけでなく多数の一般市民も犠牲となった。この展示コーナーでは、人類史上初めて化学兵器が使われたことを生々しく伝える毒ガス防護マスク、ユダヤ人迫害の際に彼らが服に付けることを強要された、ダビデの星を模したワッペンなどの品々、また撮影技術が向上して数多く残された戦時の写真が、悲惨な時代を浮き彫りにしている。

4番目のセクションは、第二次世界大戦後の「分断された欧州の再構築」。石炭と鉄鋼を共同で管理し、争いを避け、平和を築こうとする欧州統合のアイデアが、「欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)」として1952年に実現した。しかし、米国とソ連の二大勢力がしのぎを削る「冷戦」によって、世界は大きく分割されていった。資本主義を掲げる米国と手を結んだ西欧の国々は、安定した経済成長を遂げ、市民の生活は豊かになっていった。一方、中・東欧の国々は、ソ連の強い圧力の下、国家計画により工業化が進んだものの、長期にわたり共産主義政治が続いた。

5番目のセクションは、20世紀後半の欧州が揺れ動くさまを展示した、「崩れる確信」。1970年代の石油ショックと世界的な不況により、欧州全体の発展は滞った。1980年代には、ギリシャ、ポルトガル、スペインなど独裁政治から脱却したばかりの国々が、「欧州経済共同体(EEC)」に加盟。1989年にベルリンの壁が崩壊すると、ソ連の影響を脱した中・東欧諸国が、2004年以降次々とEUに加盟した。これによってEUは急速に拡大した。

最後の「賞賛と批判」は、1から5までのセクションで歴史を振り返った来館者に、「欧州とは何か?」「欧州の文化遺産とは?」「世界の人々は欧州にどのようなイメージを持っているか?」を問いかけ考えてもらうという、この歴史館の中核を成すセクションとなっている。

このセクションでは、欧州全体だけではなくEUに対する賞賛と批判も、同時に展示している。EUが2012年に受賞したノーベル平和賞のメダルのレプリカとともに、授賞式の際のノルウェーでのデモ行進の際に使われた「EU 2012:危機、カオス、失業」と染め抜かれた垂れ幕が置かれている。これは、ポジティブな評価だけでなく、ネガティブなイメージも含めて、多角的に見た欧州やEUのあり方を展示することで、客観的に、そしてグローバルにその実像を浮かび上がらせるためだ。

常設展示全体を通して、その内容の濃さから、一見、大人向けのように感じられるが、子どもを連れて家族で訪れる人々の姿も多い。例えば、フランス人の親子連れのお母さんは、「学校が休みに入ったばかりなので、ちょうど歴史を学校で習っている子どもたちを連れてきた」と言い、中学生の娘、まだ小学生の息子も「面白かった。また来たい!」と笑顔で答えていた。タブレットのガイドには、教師向けのガイダンスと親向けのガイダンスがあり、「ここではこんな質問をしよう」といったアドバイスも満載。そのほか、子ども向けに「人権とは?」「難民とは?」などについて考えるコーナーも設けられているなど、各人の年齢に適した見学もできるようになっている。

学校の課外授業で見学に来た生徒たち。次世代を担う子どもたちに学びの場を提供するのも、歴史館の重要な役割の一つ © European Union 2017 – Source: EP

欧州市民全体が共有してきた歴史とは?

では、「欧州市民全体が共有してきた歴史」という視点は、どのような経緯で生まれ、館内の展示物に反映されているのだろうか? 学芸員のクリスティンヌ・デュポン氏が説明してくれた。

「歴史館のスタッフは、EU 加盟18カ国からの歴史学者、博物館学者、学芸員らで構成されています。みんな『欧州市民が共有する歴史を表現しよう』という一貫した強い意思があったことが大きいですね」。そのため、展示物についても、欧州から生まれ、欧州全体に広がり、現在の欧州にも関連するものが選ばれた。

デュポン氏は「一番難しかったのは、第二次世界大戦とナチス主義・スターリン主義の部分でした。今でも、西欧と東欧では受け止め方が違うし、解釈もさまざまだからです。でも、今日の欧州を理解するためには避けることのできない、とても重要なセクションなので、議論に議論を重ねました」と振り返る。「ナチス主義・スターリン主義は、イデオロギーの違いはあっても、その政治的手段が暴虐なものだったという点では同じ」という視点で並列に配置された展示は、この歴史館の中で最も見応えがあるものの一つだ。

ドイツのナチス主義とソ連のスターリン主義を対比させた巨大な映像展示は圧巻。これらの対照的な全体主義のイデオロギーに基づいて、独裁政治がほぼ同時に進行した © Hironao OGUMA

市民が自由に議論し、活用できる文化施設として

最新の歴史研究と博物館学に基づいた知識や技術を結集して、欧州歴史館がつくられた目的とは――。単に欧州各国の歴史を寄せ集めるのでもなく、あるいは「欧州のアイデンティティーは何か」という問いに対し、用意された答えを示すのでもない。この歴史館がユニークで画期的なのは、歴史に対するそれぞれの違った記憶や相反する解釈を描き出し、あえて並列させて展示することで、それらの相互関係を浮かび上がらせていること。それによって、「国境を超えた欧州の歴史」が多様性に富み、さまざまな解釈が可能で、異なった捉え方があることを、来館する人々に体感してもらうためだ。

来館者は、受け身で情報を得るのではなく、批判的な視点をもって過去の史実と対峙し、欧州のあり方を評価する姿勢が求められる。市民が自分で考え、お互いに意見を交換し、議論するための場。そして、この分野に興味を持つ市民や研究機関、ネットワークをつなげる文化施設として、欧州歴史館は大きな意義と役割を果たしていくだろう。

約5,540万ユーロの費用をかけて実現した欧州歴史館。延べ床面積約4,000平方メートルの常設展示スペースには、欧州内外の約300の博物館から集められた収蔵品が展示されている。入場は無料で、毎日午後6時まで開いている(開館時刻は曜日によって変わる)。収蔵品を保護する理由から、展示エリアの室温は20℃に設定されているため、夏場は服装に注意する必要がある。常設展示はEUの公用語24カ国語に対応し、欧州各国から訪れる来館者のための配慮も十分なされている。

※1^ ギリシャ神話では、フェニキア(現在のシリア・レバノン辺り)の美しい王女エウロペを白い雄牛に姿を変えた最高神ゼウスが誘惑し、欧州大陸を駆け巡ってからクレタ島へ連れ去ったことから、王女の名にちなんでその地域が「ヨーロッパ」と呼ばれるようになったといわれている。

関連情報

欧州歴史館(公式ウェブサイト:英語)
House of European History

欧州議会(訪問関連のページ:英語)
European Parliament: Visiting

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