2018.8.28

EU-JAPAN

ドイツで秋田犬を愛し育てるブリーダー

ドイツで秋田犬を愛し育てるブリーダー

「忠犬ハチ公」をモデルにした映画が米国でリメイクされて大ヒットしたり、平昌冬季オリンピックのフィギュアスケート女子シングルで金メダルを獲得したロシアのアリーナ・ザギトワ選手へ贈られたりするなど、世界中で愛される秋田犬。今欧州でも人気上昇中の秋田犬をこよなく慈しみ育てている3人のドッグブリーダー(血統などを考慮しながら犬の繁殖や育成を行う専門家)に、ドイツでの活動の様子を聞いた。

海外の著名人にも愛される秋田犬

短毛で巻き尾、立ち耳、そしてりりしく賢そうな風貌が特徴の日本犬。秋田犬(あきたいぬ)、甲斐犬(かいけん)、紀州犬(きしゅうけん)、土佐犬(とさけん)※1 、北海道犬(ほっかいどうけん)、柴犬(しばいぬ)などに代表され、これらの犬種は国の天然記念物に指定されている。中でも、日本犬として最大の体高を誇り、ハチ公のように忠誠心の強い秋田犬は海外の愛犬家の間でファンが多く、Akitaと呼ばれて親しまれている。

秋田犬は、秋田県大館地方で古くから飼育されていた熊猟犬にルーツを持ち、昭和6年に天然記念物に指定された
© Sibylle Rother

1937年に来日したヘレン・ケラーが連れ帰ったことでも知られ、日本から輸出されるようになった秋田犬は、米国で独自に「アメリカン・アキタ」(現在では別の犬種として扱われる)が繁殖されるほどに人気を集めてきた。ロシアのプーチン大統領は、2012年に秋田県から贈られた「夢(ゆめ)」をかわいがっている。フィギュアスケートのザギトワ選手は、贈られた秋田犬に「勝つ」という意味を込めて「マサル」と名付けた。犬を通じて日本が好きになった人も数知れず、世界中で交流が広まっている。

秋田犬を通して親日家になる海外の愛犬家も数多い
© Sibylle Rother

秋田犬の主な毛色には、赤・白・虎・胡麻・斑(ぶち)・黒がある。写真は左から白、赤、虎のそれぞれ特徴的な毛並みを持つ秋田犬
© Christiane Lorra

欧州でも広がる秋田犬愛好家のネットワーク

2000年に東京で設立された「世界秋田クラブ畜犬連盟(WUAC=World Union of Akita Clubs)」は、秋田犬の質の向上と普及に努めるのが目的で、日本をはじめベルギー、フィンランド、フランス、米国、イスラエルなど世界14カ国の秋田犬連盟が名を連ねる。創設時からWUACの副会長を務めるのが、ドイツ人のアンゲリカ・カムマーシャイド゠ラマースさんである。

カムマーシャイド゠ラマースさんは秋田犬に魅了され、1981年より飼い始めた。「武士道(ぶしどう)」「らき」「雪(ゆき)」「ちい」「神(かみ)」と続き、現在は6代目の「きみこ」をかわいがっている。

カムマーシャイド゠ラマースさんと6代目の愛犬「きみこ」
© Angelika Kammerscheid-Lammers

秋田犬を35年以上も飼い続けている理由を、カムマーシャイド゠ラマースさんが笑顔で語ってくれた。「学習能力が高くて賢いのに、それをひけらかさない。たとえボールを投げてやっても、犬にその気がないときは乗ってきません。犬自らが考えて決めているのです。とても自立していて、頑固なところもある。けれど決して気難しいわけではなく、忍耐強い素晴らしい犬です。他の犬はもう飼えません」。

ドイツで秋田犬の繁殖と保護に尽力

カムマーシャイド゠ラマースさんが会長を務めるドイツの「秋田クラブ」は、1977年に発足し、秋田犬愛好家の集まりであるとともに、秋田犬の繁殖にも重要な役割を果たしている。ドイツでは、日本と違って犬や猫の生体販売はほとんど行われておらず、ペットが欲しい人はブリーダーから直接譲り受けたり、動物保護施設から引き取ったりするのが一般的だ。

秋田クラブの会員520人のうち、約80人がドイツ犬協会(VDH)に認定されたお墨付きのブリーダーで、協会の厳しい基準にのっとって秋田犬を繁殖させている。ドイツ犬協会は、ドイツ国内にある犬に関連した175団体の上部組織となる団体で、会員60万人以上を擁する。秋田クラブのブリーダーの一人、クリスティーネ・ロッラさんは、「犬の健康と社会性に配慮し、股関節形成不全や目の病気などを持っていない犬で繁殖させています」と話す。会員は秋田犬に愛情を持っているだけでなく、犬の幸せを第一に考えて活動している。犬の権利尊重や犬の特性理解を促すなど、人々の意識向上にも力を入れているため、同クラブに秋田犬を求める人が引きも切らず、全ての要望には応じ切れない状況だ。

ロッラさんも所属する秋田クラブのブリーダーは、犬の幸せを第一に考えて愛情を注ぐ
© Christiane Lorra

ロッラさんと愛犬の「フェイ」(左から)、「希望(きぼう)」、「フルール」
© Christiane Lorra

同クラブでは、母犬を1歳半以上とし、出産の間隔は最短でも10カ月空け、8歳の誕生日を迎えたら繁殖はさせないと定めている。母犬は1度に4〜6匹の子どもを産むのが一般的で、一生のうち平均3、4回出産する。ロッラさんはこれまで3匹の母犬から30匹の子犬を授かった。生後8週間~10週間まで母犬が乳を与え、その間にロッラさんが子犬をしつけて社会性を育ててから、希望者に譲る。希望者は最低2回、子犬に会いに来なければならず、ロッラさんのお眼鏡にかなわない人には渡さない。「わが子を手放すようなものだから、相手が誰でもよいわけではありません。後日、何らかの理由で飼えなくなったときは、何歳でも引き取ることにしています。動物保護施設に入れられるなんて、たまらないから」。

秋田犬のドッグショーが世界各地で開催

2018年6月にパリで、日本国外の飼い主やブリーダーを支援し、日本犬についての知識を広めることを目的に、「ワールド・ジャパン・ドッグショー」が開かれた。コンテストと愛犬家の交流を兼ねたショーで、出場した327匹のうち秋田犬は117匹。秋田犬の部で優勝したのは、日本から輸出された親犬を持つフランスにいる雄犬だった。そのほかにも、欧州各地でも秋田犬のドッグショーが開かれ、フランスやイタリア、スカンジナビア諸国はもちろん、最近はポーランドやチェコなど東欧諸国でも開催が増えている。

ロッラさんと同じく、ドイツの秋田クラブでブリーダーの資格を持つジビレ・ローターさんは、1995年から2年間、夫が日本で働いていたのが縁で秋田犬に出会い、たちまちファンとなった。「号木山(go KiYama)」というユニークな屋号を使って活動しているローターさんは、2000年より122匹の繁殖を成功させたほか、2011年に開かれた国際畜犬連盟主催の中央ヨーロッパ・ドッグショーで、秋田犬として初めて優勝した犬を育てた実績を持ち、ブリーダー業界ではよく知られた存在だ。秋田犬ブリーダーとしての心構えを、ローターさんは次のように話す。

「秋田犬には尊厳と誇り、そして気品があります。日本犬ならではの狩猟本能や、猫のような独立心、熊のような力強さも兼ね備えていて、一緒に暮らすのはとても刺激的ですが、それらの特性を理解しないと飼うのが難しい。生後10週間で飼い主にもらわれて行く前に、ブリーダーは犬が人間社会に適応できるように訓練やしつけをしなければなりません。どの犬も生きていて、息をして考えている存在だということを忘れてはならず、細心の注意と愛情をもって接してあげることです」

ドッグショーに参加するローターさん。自ら育てた秋田犬が優勝を飾るなど、ブリーダー業界では知る人ぞ知る存在だ
© Sibylle Rother

犬も飼い主も幸せであるために

欧州では、日本のように犬が保健所で殺処分されるケースはほとんどない。ドイツでは、ペットの殺処分は原則としてゼロであり、遺棄されたペットは、民間団体が運営する動物保護施設で保護される。また、ほとんどの賃貸アパートでペットの飼育が許されており、小売店やレストランでも犬を連れた人々をよく見かける。河川敷などでは、散歩の際に犬の手綱をしなくてもよいスペースもある。飼い主はきちんと犬にしつけをし、去勢手術や予防接種を受けさせて、犬のふんを持ち帰るなどのマナーを守っている。

ここ15年来、欧州の愛犬家の間では、特に秋田犬への人気が高まっている。その反面、以前はドイツで数匹しか動物保護施設に見られなかった秋田犬が、何十匹という単位で収容されているという。海外から仕入れたり、血統書無しに販売したりする悪質なブリーダーがいるためだ。予備知識を持たずに購入した飼い主が、持て余すケースもある。犬と飼い主の両方が不幸になるケースを避けるためにも、秋田クラブのような団体の存在は大きいといえるだろう。

犬をなでて心地よい手触りを感じたり、うれしそうに駆け寄ってくる姿を見たりして、人は幸せな気持ちになる。犬は人間の大事なパートナー。秋田犬の愛らしい存在は、今後も世界中に広まっていきそうだ。

※1 なお、土佐犬は現在「四国犬(しこくけん)」と呼ばれることが多い

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