2016.4.27
FEATURE
毎年開催地を移しながら欧州各地の都市で行われる大掛かりな通年文化事業である「欧州文化首都」。2016年は、東欧のポーランドのヴロツワフと南欧の国スペインのサン・セバスティアンがその大役を担う。一年間にわたって両都市で繰り広げられる祭典には日本関連のプログラムもある。それぞれの都市の魅力とともに、主なプログラムを紹介する。
欧州文化首都は、1985年にギリシャの文化大臣で国際的な女優であったメリナ・メルクーリ氏が、欧州連合(EU)の人々がお互いの文化を理解し、真に結びつくために提唱したことが発端で創設された。アテネから始まった欧州文化首都プロジェクトも31年目を迎え、本年を含め開催都市は54都市に上る。
加盟国が増え、EUという共同体が地理的に拡大を続ける中、文化の多様性はますます広がっている。お互いの文化を尊重し相互理解を深める、という欧州文化首都創設の理念の重要さは増すばかりだ。また、もう一つ大事な役割は、違いを受け入れることと同時に、欧州としての「共通性」を見つけて共感できる貴重な機会を創出することにある。
また欧州文化首都の開催は観光促進や地域開発などの経済活性化効果も高い。それまで豊かな自然のみをセールスポイントとしていた地域が、新たに文化観光の目的地として知名度を得ることもありうる。現在、2025年までの開催国が決定しており、2004年以前に加盟した国とそれ以降に加盟した国が組み合わされている。観光や経済面などの効果を期待して名乗りを挙げる数は多く、盛んな誘致合戦が繰り広げられている。2016年の開催都市であるヴロツワフ、続いてサン・セバスティアンを紹介する。
ポーランドで最も古い都市の一つであり、ポーランド第4の都市と呼ばれるヴロツワフ。千年を超える歴史をひも解くと、さまざまな民族がこの地を行き交った様子や、ドイツの一部であった時代が浮かんでくる。市内に足を踏み入れてまず強い印象を受けるのは、街の中心を横切るオドラ川の豊かな水量だ。市内には大小12の中州(島)があり、100本以上の橋で結ばれている。市内で最も古い地区オストルフ・トゥムスキも、この「島」にあり、中世建立の聖ヨハネ大聖堂が中心部で威容を誇る。その昔は貨幣鋳造所もあり、金融は今でもヴロツワフの重要な産業の一つだ。ここには国内の大手銀行のいくつかが本店を構えている。
ヴロツワフは、長い歴史を通して何度も戦いから甚大な被害を受け、そのたびに前とは少し違う都市として生まれ変わってきた。その生成と変化のプロセスをもう一度振り返り、過去、現在、未来について文化という視点から考えてみようというのが、今回の欧州文化首都のモットー「美の空間たち spaces of beauty」だ。ここでいう「空間」とは、歴史や文化芸術を祝う「晴れの場」であり、セミナーや議論を行う「思考の場」であり、終了後も社会に活力を与え続ける「公共の場」でもある。
ヴロツワフでは、音楽、文学、建築、映画、オペラ、演劇、視覚芸術、舞踏と、異なる表現ジャンルを代表するキュレーター8人が、その感性を通し、さまざまな形とスケールで空間を創出する1年間となる。会期中は、12回の週末がスペシャル・ウィークエンズとして選ばれ、特別イベントが行われる。4月26日から5月3日までは、「ジャズとギターの欧州首都」と題した音楽の祭典が開催される。世界でも最も古いジャズフェスティバルの一つ「ジャズ・オン・ザ・オドラ」(4月30日まで)や、7,000人以上のギタリストが集まり、伝説のロックギタリストと呼ばれるジミ・ヘンドリックスの曲を一斉に演奏する催しなどが行われる。
6月10日~12日 開催場所: オドラ川河川敷と周辺の公園など広いエリア
12回行われるスペシャル・ウィークエンズのハイライトは、6月の第2週の週末に、一年の折り返し地点を記念し、オドラ川周辺を舞台に展開する屋外イベント「フロウ(流れ)」。都市の複雑な歴史を交響楽、伝統歌唱、映画などを通じて表現する。
9月1日~11日 開催場所:BWAギャラリーなど
「川と道」というテーマで撮った写真を「旅」として構成する一連の展覧会。その一環として「日本に向けられたヨーロッパ人の眼・ジャパントゥデイ」(欧州文化首都とEU・ジャパンフェスト日本委員会-後述―の共催)も開催される。同写真展では、両文化首都から日本を訪れた写真家が、何気ない日常を欧州人の視線で切り取った作品を展示する。
7月23日~24日 開催場所:ヴロツワフ中央駅構内図書館
欧州では初の試みとなる国際子ども将棋トーナメントや、将棋の欧州での一層の普及を目指す将棋指導者向けセミナーなどが開催される。日本からは女流棋士2段の北尾まどかさんが参加し、子どもへの将棋普及を目指して本人が開発した「どうぶつしょうぎ」のワークショップなどを行う。
サン・セバスティアンは、スペイン北部に位置するバスク自治州ギブスコア県の県都である。正式な名称はバスク語とスペイン語の名前を並べたドノスティア/サン・セバスティアン市。白砂の海岸線が1.5キロもの美しいカーブを描くラ・コンチャ湾を抱く人口18万6,000(2014年)の小規模な都市だ。かつてスペイン王室に夏の静養地として愛され、高級リゾート地としても長く栄えてきた。また毎年、ジャズやクラシック音楽、映画の国際的なフェスティバルが開催されるほか、多数の博物館や美術館も擁する文化都市である。
市内の至る所に彫刻などの芸術作品が置かれ、市全体がまるでオープンギャラリーのようだ。また「美食の聖地」としても知られ、日本からの観光客も多い。ミシュラン・レストランガイドの星に輝くレストランが、市内とその周辺に9軒もある。ワインやリンゴ酒を飲みつつ小皿のおつまみ(タパス、ピンチョス)を食べ歩くのも人気で、気軽なバーでも驚くほど質の高い料理が出てくる。
こうした芸術と美食の都市として知られるサン・セバスティアンが、2016年欧州文化首都に掲げるテーマは「共生と共存」。多様な言語と文化が共に生きる環境自体を、一つの文化として捉えようとする試みだ。「政治的、民族的争いをいさめ、平和と共生をもたらすために『文化』」を利用する」ことが文化首都審査員に感銘を与え誘致が決まった。サン・セバスティアンでは、無作為に選んだ市民100人を企画段階から一連のイベント作りに参画させた。
ここからは注目のプログラムをいくつか紹介しよう。
2月~11月まで、開催場所 市内各地
ミシュラン・ガイドの「星」に輝くレストランのシェフ達によって行われる、食のプロジェクト。ヴロツワフを含む10の欧州都市から招聘されたシェフたちに、サン・セバスティアンの食文化に触れてもらうと同時に、それぞれの国の食文化との味の交流にも挑戦してもらう。ゲストシェフは、地元シェフの案内で名産物が並ぶマーケットなどを訪れた後、地元の食材を使った自国の名物料理を披露したり、バスク地方の料理とそれぞれの国の味を融合させた料理を共に創作したりする。
3月19日~9月18日 開催場所:バレンシアガ博物館
サン・セバスティアンで縫製の修行を始め、やがて市の中心に構えたブティックからそのキャリアをスタ―トさせた世界的なファッション・デザイナー、クリストバル・バレンシアガ。彼は、王室や上流階級が夏を過ごすリゾート地であるこの都市で、美しい高級ドレスを縫うお針子だった母の横でファッション感性を磨いたとされる。サン・セバスティアンが生んだ巨匠の博物館が、欧州文化首都イベントの一環として特別展を開催。繊細なレースと独創的な技術を合わせモダンなスタイルに焦点を当て、70点のクチュールドレス、試作生地などを紹介している。
9月16日~24日 開催場所:クルサール国際会議場・公会堂
サン・セバスティアン国際映画祭は2016年で64回目を迎えるスペイン最大の国際映画祭。欧州では、カンヌ、ベルリン、ヴェネチアとともに名の知られた映画祭の一つ。今年は欧州文化首都プロジェクトの一環として、紛争を取り上げた映画の対話的効果を検証するプログラムなどが組まれている。
同映画祭は2014年から、世界の“美味しい”映画を一堂に集めた「映画」と「食」の複合型イベント「東京ごはん映画祭」とオフィシャルパートナー提携をしており、2016年は共同で、「クリナリー・ジネマ」というタイトルを掲げた料理の映画の上映と食事会を組み合わせたイベントが行われる予定。
5月1日~12月31日 開催場所:サンテルモ美術館 コルド文化センター
美術史、文化、法律の歴史の中で、平和がどのように表現されてきたのか、展示、出版、セミナーなどを通して考える「Peace Treaty (平和条約)」展は、サン・セバスティアン2016の主要プロジェクトの一つ。日本の広島平和記念資料館より4点の時計が展示される(6月24日~10月2日)。
ヴロツワフ2016の公式サイト (英語)
サン・セバスティアン2016の公式サイト(英語)
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