2019.2.4

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熊本で日本刀の伝統技法を守り抜くスウェーデンの刀拵職人

熊本で日本刀の伝統技法を守り抜くスウェーデンの刀拵職人

日本古来の武器でありながら、その形の美しさで国内外のコレクターを魅了する日本刀。「拵(こしらえ)」とは、柄と鞘、鐔(つば)を総称した刀の外装のことで、漆や鮫皮などのさまざまな天然素材や高度な工芸技術を用いながら、機能性を極めるだけでなく、緻密な装飾が施される。中でも肥後拵は、江戸時代から続く日本刀の重要な伝統技法の一つ。この肥後拵に魅せられて刀拵職人となったスウェーデン出身の古賀さんは、2016年4月に起きた熊本地震の後も県内にとどまることを決意し、日本刀の技を守り続けている。

伝統が息づく古民家で開いた理想的な工房

古代日本の古墳が多く残っていることで知られる熊本県玉名郡和水町(なごみまち)に、豊かな自然に囲まれた「肥後民家村」がある。ここは、日本各地から移築復元した古民家を一カ所に集め、伝統工芸の職人やアート作家が工房を開いて、文化的な創造活動をする拠点となっている。一般の人々にとってもオープンな施設で、週末には古民家での宿泊・創作体験をするために訪れる観光客の姿が引きも切らない。

この肥後民家村にある旧布施家の2階に、スウェーデン・ストックホルム出身の古賀範介(こが・はんすけ)さんが「刀拵工房 古賀美術」を構え、拵の製作・修復を行っている。古賀さんは工房を見渡しながら、感慨深げに内装について語ってくれた。1700年頃に築造されたといわれるこの建物は、もともと新潟県にあった民家を和水町の肥後民家村へ移築したもの。塵だらけだったこの場所を、自らの手で掃除して、とても静かで心地よい空間へと変えた。「この伝統家屋から得られるインスピレーションは、この仕事をする上で何にも代え難い。江戸時代に生きた職人が、今ここで私が見ている壁や自然と同じものを見て、同じにおいを嗅ぎ、同じ水を飲み、同じことを感じたり考えていたりしたかもしれないのです。おそらくこの古民家は、私にとって探し得るかぎり理想的な工房でしょう」。

日本刀の柄の部分を糸で補強して持ちやすくし、装飾する「柄巻(つかまき)」の作業に専念する古賀さん
© Noriko Tanaka

工房内の雰囲気は、日本伝統家屋の「和」の世界そのもの。「ここはインスピレーションの源。だからこそ私はここに腰を据えることにしたのです」
© Noriko Tanaka

日本刀との巡り合い、そして技術習得への道

古賀さんが日本刀に出合ったのは、生まれ故郷のストックホルムでカンフー(中国拳法)を習っていた8歳の頃にさかのぼる。ちょうど同じ道場で居合道の教室も開かれていたことから、ある男の子が古賀さんに居合刀を見せてくれたのだ。「その時からですね、日本刀の美しさにすっかりほれ込んだのは」。大人になってからは、海外でも日本刀の技法を伝えて保存と保護に努める「公益財団法人日本美術刀剣保存協会」の欧州支部の会員にもなった。ストックホルム郊外の海辺で育ち、海への愛着が高じてヨット製作の会社に入った古賀さんが船大工として働き始めてからも、長い間、日本刀に対する興味を持ち続けた。

船大工の仕事中、手に大けがを負ってしまったが、7カ月間のリハビリ中に、いつしか日本刀のことが頭から離れなくなっていたという。どうしても日本刀について学びたくなり、2011年に念願の来日を果たした。まず、柄巻の技法を教えてくれる先生に連絡を取り、千葉県柏市に住みながら東京・亀有にある工房で修業を始めた。2015年からは熊本県在住の拵師、米田晴芳(せいほう)先生に師事。当時、米田先生はすでに45年にわたる現役生活から退いていたが、古賀さんの熱意に打たれて快く技の伝授を引き受けてくれたという。今や熊本県内だけでなく日本屈指の刀拵職人となった古賀さんは、「竹峰(ちくほう)」の号を使って仕事をすることもある。

「職人の世界には終わりがなく、一生を懸けるもの」と、さらなる技術習得のための勉強に余念がない
© Noriko Tanaka

高いレベルの技術を誇る日本の伝統工芸

日本刀は、使いやすさを追求した機能性と、装飾の美しさを併せ持つ。特に江戸時代には「お国拵」と呼ばれた地域性のある様式が生まれ、代表的なものに薩摩拵、肥後拵、庄内拵、尾張拵などが知られている。肥後拵とは、和歌や茶の湯などの教養文化に通じ、三斎(さんさい)という号を名乗った戦国~江戸時代初期の武将、細川忠興が確立した様式だ。

古賀さんは、この肥後拵に魅了され、こよなく愛している理由について目を輝かせながら熱心に語ってくれた。「見てください、この力強い姿を。シンプルでダイナミックな強さを持っていながら、絶妙なバランスが取れています。そして装飾が極めて美しい」

写真上:完成した柄前(つかまえ)。鮫皮をはじめ、日本刀で使われる素材は全て天然のものだけが用いられる / 写真下:完成した鞘の部分。「日本刀には、一つ一つの部位に目的や意味が込められています。肥後拵の魅力は、その簡潔さと力強さにあります」
© 古賀範介

「船大工と刀拵職人に通じるのは、基本的に木工技術を用いることです。技術そのものを習得するのに、私にとってさほど長い時間はかかりません。ある物を見て、それをそっくりそのまま再現できる。大事なのは、どのような道具が必要か、そして物の背景にある知識を持っているかどうかということ」

古賀さんによれば、職人にとって最も重要なのは道具。ホームセンターで売られている出来合いの道具に頼るばかりでは不十分で、本当に秀でた職人は、必要な道具は自分で作るのだそうだ。二つ目は素材。近年では、木工ボンドのような現代的な接着剤を使用する人もいるが、それでは日本刀の材質を損ねてしまい、修復不可能になってしまう場合がある。だからこそ、良心的な職人は天然の素材にこだわるのだという。そして三つ目は技能だ。特に、1ミリ単位で正しい位置にあるかどうかが求められる、肥後拵の形は極めて難度が高い。

古賀さんによる手製の道具「柄巻バイス」。海外からも道具製作の受注が舞い込むという
© 古賀範介

拵を製作・修復するための道具が所狭しと並べられた、古賀さんの作業場。整然としていて、古賀さんの几帳面な人柄がよく表れている
© Noriko Tanaka

日本の伝統文化が直面する深刻な後継者問題

古賀さんが年間に依頼を受けられる数は、拵がおよそ8件、柄巻が20~30件、修復が20件ほど。当初はインターネットを通じて引き受けていたが、次第に口コミやテレビで評判が広がり、今では依頼が殺到していて、すでに年内の予約はいっぱいだそうだ。

日本の伝統技法を受け継ぐ後継者について尋ねると、古賀さんは少し顔を曇らせた。「これは本当に深刻な問題。生活が成り立たないという理由から、職人の数が年々減っていることは確かです。日本刀のコレクションを持っている人々も高齢化しているし、今の時代、このような仕事で安定した基盤を持つには、名声が確立されていないと難しい。日本はもっと本腰を入れて伝統工芸の職人を育てていく必要があると思います」。古賀さんがこの地で製作活動を続ける理由の一つもそこにある。技法を伝えていく人材が他におらず、守り抜いていく責任を感じているからだ。そこで工房の一角に、訪れた人たちが自由に学べるスタディルームを設けたり、Facebookなどを使って、世界に日本刀の魅力を発信したりする工夫もしている。

日本の人々には、ぜひ伝統の技を守っていってもらいたい。古来、日本人が受け継いできた簡潔さと正確性、そして忍耐強さこそが、日本文化の美しさを表現してきたからだ、と古賀さんは切実に語る。

「日本が持つ伝統文化は素晴らしい。だからこそ、それを受け継ぐ人々が育ってほしいと思います」
© Noriko Tanaka

何にも左右されずに作り続ける固い決意

2016年4月に断続的に起きた熊本地震によって、以前熊本市にあった自宅と作業場が全壊した。取材に訪れた2019年1月にも、和水町では最大震度6弱を観測したばかり。それにもかかわらず、古賀さんが熊本県内にとどまるのはなぜだろうか。その決意について尋ねてみた。「理由は簡単ですよ。技術は全部、頭と手が覚えている。道具もそろっている。あとは場所を確保できるかどうかです。生きているかぎり、たとえこれから10回地震が来たとしても、私は作り続けます」。

そんな揺るぎない決意を抱きながら、日々切磋琢磨している古賀さん。最後に、彼が持っている日本へのイメージや思いを聞いてみた。

「日本はとても模範的な国だと思います。人々は礼儀正しくて忍耐強く、他の人たちのことを尊重して気にかけてくれる。また熊本に住み続けているのは、肥後拵の勉強もさることながら、自然が豊かなところが好きだからですね。この古民家の周りでは、サルやイノシシに出くわすこともあるんですよ。何よりも私は、長い間――来日するずっと以前から――『肥後』という土地への興味と愛着を抱いてきたのです」

古民家の周りで実際に見た動物たちから着想を得て、柄巻の装飾に生かした古賀さんの作品例
© 古賀範介

プロフィール

古賀範介 Hansuke Koga
1972年、スウェーデン・ストックホルム生まれ。ヤコブスベリ工業高校で住宅建築学を学んだ後、ヨット製作会社に入社。2011年に来日、柄巻の修業を始める。2015年に熊本へ移住し、拵師の米田晴芳氏に師事。現在は拵製作・修復に従事しながら、博物館などで講演活動を行うほか、一般人向けに工房での製作体験を指導するなど、日本刀の技術の伝授に努めている。「古賀範介」という日本語名は、スウェーデン語の本名「Hans Koga」にちなんで付けられた。

 

 

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