2013.8.29
Q & A
日本では国会が立法府で、法案は政府または国会議員によって提出され、国会(衆議院と参議院)の議決によって法律が制定されます。このため、欧州議会という呼称から、欧州連合(EU)の立法府は欧州議会ではないかと思われがちです。
しかし、EUの立法プロセスは極めて特殊で、基本的に、欧州委員会が提出した法案を、EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会が共同で採択しています。
元々、法案の修正・否決・最終的な採択という立法権限を手にしていたのは、EU理事会だけで、欧州議会の役割はあくまでも諮問的なものでした。しかし、1979年から欧州議会議員が市民の直接選挙で選ばれるようになり、直接に選挙されたという正統性を得て、欧州議会は呼称に相応しい権限を求め続け、リスボン条約に至る一連の基本条約の改正過程で、欧州議会は理事会との共同立法権を大部分の政策領域で獲得してきました。
現在では、議会と理事会が立法権を共同で行使しています。このため、EUの立法府はEU理事会と欧州議会であると言えます。
まず、法案提出権は、特別の場合を除いて、欧州委員会が独占しています。欧州議会もEU理事会も、欧州委員会に法案提出を要請することはできますが、提出するか否かは欧州委員会の裁量です。もちろん、欧州委員会は、加盟国、地方自治体、関係業界、NGOなど多様なアクターと公式・非公式のルートを使って事前に意見を聴き、協議して、法案を作成し、立法がスムーズに行われるよう配慮しています。
EUの立法手続きには、欧州議会の共同決定を必要とする「通常立法手続き」とそうではない「特別立法手続き(諮問手続きと同意手続き)」との2種類があり、ほとんどの場合は「通常立法手続き」が用いられています。特別立法手続きのうち、諮問手続きは最初から欧州議会に付与されていたもので、欧州委員会の提案後、欧州議会の諮問を経て、EU理事会が法案を採択します。欧州議会の賛否表明や修正案には法的拘束力がありません。同意手続きは、1987年発効の「単一欧州議定書」(Single European Act=SEA)によって初めて導入されたもので、EU理事会が採択しようとする決定には欧州議会の同意が必要になります。ただし、欧州議会は賛否の表明はできますが、理事会の立場に修正を求めることはできません。
通常立法手続きにおける欧州議会での審議は、三読会制が採られています。まず、第一読会で法案が審議され、EU理事会に修正案が提出されます。EU理事会は賛否を決定し、法案が修正された場合は第二読会が開かれます。第二読会でも欧州議会と理事会が合意できない時には調停委員会が開催されます。ただ、実際には第一読会で、理事会・欧州議会・欧州委員会の各代表が非公式に「三者対話」を行い、なるべく第一読会での合意を目指す努力がなされており、第一読会での立法成立件数の割合は最近では約80%に上っています。
EU理事会での決定は、全会一致を必要とする少数の案件を除いて、多くが各加盟国に割り振られた加重票(票数はおおまかに各加盟国の人口を反映)を用いた特定多数決で行われ、議案の採択には国別352票中260票以上、加盟国数の過半数(15カ国以上)、EU人口の62%以上(参加構成員から要請があった場合などに適用)の三重の要件を満たす必要があります。将来的には加盟国数の55%(15カ国)以上とEU人口の65%以上の二重多数決制に移行することが予定されています。※その後、2014年11月1日より、二重多数決制に移行しました。
EUの最高意思決定機関として、一般的な政治方針や優先順位を決定する欧州理事会は、元々非公式会合であり、基本条約の枠外で開催されていました。1974年12月のパリ首脳会議で常設化が決定され、1975年3月のダブリン会議を第1回に、年3〜4回のペースで開催されてきました。1987年、SEAによって初めて明文化され、2009年発効のリスボン条約で初めてEUの主要機関として制度化されました。
欧州理事会は、EUの最高意思決定機関として、対外政策を含めて一般的な政治的方針を定めますが、立法的な機能は行使しません。しかし、閣僚レベルの理事会で合意できないセンシティブな立法問題に関して協議を行い、会議場の内外で妥協を探り、問題解決の場としても機能してきました。なお、欧州理事会での政治的合意は、後にEU理事会によって正式に決定されます。
EU法令には「規則」(Regulation)、「指令」(Directive)、「決定」(Decision)の3種類があり、「指令」であれば、国内法化を必要とし、それにあたり国内議会が立法を行います。しかし、各加盟国の国内法に優先する「規則」や対象者に直接拘束力を持つ「決定」については、国内議会はバイパスされます。つまり、EU立法において、加盟国議会が果たす役割は限定されているのです。
しかし、リスボン条約は、国内議会に対して新たに「補完性監視」権限を付与しました。各加盟国の議会は、欧州委員会から立法提案の送付を受け、それが補完性原則(「EUと加盟国は権限をどう分担していますか?」で説明しています)に適合していないと判断する場合には、送付から8週間以内に異議申し立てを行えるようになりました。加盟28カ国の国内議会には、それぞれ持ち票(一院制2票、二院制各院1票)があり、異議申立票が総票数(56票)の3分の1(19票)を超えた場合、欧州委員会に対して立法提案の見直しを求めることができます(警察・刑事司法協力、自由・安全・司法領域での行政協力については4分の1以上)。欧州委員会は、再検討を行い、理由を付して提案を維持・修正・撤回を行います。国内議会が、過半数(29票)以上で見直しを提案した場合には、欧州議会およびEU理事会も関与し、立法提案が補完性原則に適合しているかどうかを審査します。
一方、EU加盟国の市民は、「EU市民権」の一部として、欧州議会議員選挙に投票したり、欧州議会へ請願したりする権利を持っていましたが、リスボン条約では「欧州市民イニシアティブ」が初めて認められました。つまりEU市民が欧州委員会に対して法案提出を要請する手続きが定められたのです。発議の条件としては①少なくとも7つの異なる加盟国に居住する7人以上が発議を取りまとめる市民委員会を組織している ②発議には少なくとも100万人の有資格署名者の支持がある(少なくとも全加盟国の4分の1からの出身者の支持、および4分の1の加盟国でそれぞれの最低人数の支持が必要になる)。
市民の発議について欧州委員会は必ず立案する義務はありませんが、案を検討しそれについてどのような行動を取るかを決定しなければなりません。正当な理由なしに無視することは政治的なリスクを伴い非常に困難な選択となります。こうした権利の獲得は、より市民に近いEUを構築するために行われた一連の基本条約の改正の結果だと言えるでしょう。
参考文献:庄司克宏『新EU法 基礎編』岩波書店、2013年
執筆=田中俊郎(慶應義塾大学名誉教授、ジャン・モネ・チェア)
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