2013.6.24
Q & A
欧州連合(EU)は、全加盟国が締結する国際条約(基本条約)を法的基盤として成り立っていますが、基本条約はEUに、条約の目的を遂行するための全権を与えているわけではありません。日本では憲法に基づいて定められた地方自治体法によって、国と地方自治体の間の権限分担の在り方を定めているように、EUでも加盟国との間で政策領域ごとに権限(competence)の分担が定められています。しかし、そのような分担が誰の目にもわかりやすく明確になったのは最近のことです。
EUという制度は、欧州に平和・安定・繁栄をもたらすために加盟国の国家主権の一部をEUに移譲して共通の権限とするものです。加盟国間で協力する方が良い場合は、EUの憲法に当たる基本条約に特に根拠がないような場合でも、例えば環境政策をEUレベルで導入するというように、加盟国からEUへの権限移譲が頻繁に行われてきました。しかし、それはEU全体の利益に役立つ反面、「忍び寄る権限拡張」(competence creep)に批判的な加盟国もありました。そのような批判に対応するため、マーストリヒト条約(1992年調印、1993年発効)により、「個別授権原則」、「補完性原則」、「比例性原則」が導入されました。
第1に、個別授権原則(the principle of conferral)とは、そもそもEUに行動する権限が存在するかどうかを問うもので、EUが行動するためには基本条約に法的根拠が定められている必要があり、条約に明記されていない限り、EUは行動できない、という原則です。第2に、個別授権原則に従ってEUに権限が存在する場合、EUが実際にその権限を行使すべきかどうかを決定する際の基準となるのが、補完性原則(the principle of subsidiarity)です。
第3に、補完性原則に基づきEUが実際にその権限を行使すべきであると判断された後、その権限をどのように行使すべきかの基準を示すのが比例性原則(the principle of proportionality)です。達成されるべき目的とそのために取られる手段との間でEUはバランスをとらなければなりません。この原則は、EUが目的を達成するのに必要な範囲を超えて、権力を過剰に行使しないように制約する働きをします。
3つの原則の関係について、図表1をご覧ください。EUと加盟国の権限分担において、特に重要視されているのが補完性原則です。
補完性の原則とは、意思決定は可能な限り市民に近いレベルで行われるべきであり、地域レベルや加盟国の行動では目的が十分には達成できないがEUレベルではよりよく達成できる場合に限りEUとして行動をとる、としたEUの統治原則のことです。EUが排他的な権限を持つ分野(Q4 参照)については、EUと加盟国との間での権限の分担問題は生じませんが、それ以外の分野ではどこが権限を持つかは、この原則に基づいて判断されます。これにより、市民とかけ離れた政策決定がなされることを防ぎます。
リスボン条約(2007年調印、2009年発効)に基づく基本条約の改正により、加盟国の国内議会は「補完性監視手続き」を通じてEUの法案が補完性原則に違反していないかどうかを事前に監視する任務を公式に付与されています。国内議会の多数が違反を指摘するならば、EUは法案の見直しをしなければなりません。
上記の3つの原則だけでは必ずしも「忍び寄る権限拡張」は抑制されませんでした。その一因として、加盟国とEUの責任と権限の分担が整理分類されていなかったことが指摘されました。そこで、リスボン条約により、何がEUの権限で、何が加盟国の権限にとどまるのかが、新たにはっきりと基本条約に書き込まれました(図表2)。
まず、基本条約に規定のない、つまりEUに授与されていない権限は加盟国にとどまる、とされました。たとえば、国家安全保障は各加盟国の責任分野です。次に、基本条約に規定のある分野についてEUと加盟国の間の責任と権限の分担が分類され、分担関係が明確化されました。EUに授与されている権限は、排他的(専属的)権限、共有権限、補充的権限という3つに領域に分類されました。
第1の権限領域として、EUが単独で責任と権限を任されている分野が、5つだけ存在します。この5つの政策分野に関して、EUだけが立法や国際協定の締結を行うことができます。その例として共通通商政策がありますが、日本とEUが交渉中の自由貿易協定はそれに含まれるので、加盟国ではなくEU自体が交渉し、締結します。
第2の領域として、EUと加盟国が両方とも責任と権限を持つ共有権限の分野があります。この場合、EUも加盟国も共に立法を行うことができます。ただし、EUが権限を行使してEU法を制定すると、そのEU法は加盟国を拘束し、加盟国はそれと異なる立法を行うことができなくなります(EU法優位の原則)。例えば化粧品指令76/768が制定され、単一市場において化粧品に表示しなければならない情報のリストを定めているため、加盟国はこのリストを増減することはできません。
第3の領域として、加盟国の分担責任をEUが補充する権限分野が存在します。EUは加盟国が分担する責任を支援、調整、補充するための行動を行うことができますが、EU自体の分担責任とすることはできません。たとえば、EUが各国の教育カリキュラムを統一することはできませんが、エラスムス・プログラムを策定することにより、大学生や教員の交換留学を推進し、大学教育の充実に貢献しています。
前問の3つの権限領域とは別に、EUの枠内で加盟国が調整する領域として、経済・雇用政策と一部の社会政策が個別に規定されています。これらの領域では、EUは加盟国が政策の調整を行う場を提供しています。たとえば安定・成長協定(the Stability and Growth Pact=SGP)の下で、各国(特にユーロ圏諸国)は過剰財政赤字の防止と抑制に努めています。
さらに、EUが加盟国の政府間協力により、立法権を伴わずに行動する分野として、共通外交・安全保障政策(CFSP)があります。たとえば、加盟国はEUとして共通の軍事的な危機管理作戦を行うことがあります。最近の例として、南スーダンの空港の安全確保を支援するため、EU航空安全ミッション(EUAVSEC)が派遣されています。
特徴 | 分野 | |
---|---|---|
EUの単独権限 | (1) EUが単独で権限を持つ。 (2) EUだけが立法することができる。 |
(a) 関税同盟 (b) 単一市場のための競争ルール (c) ユーロ圏の金融政策 (d) 海洋生物資源の保護 (e) 共通通商政策 (f) EUの権限に対応する国際協定の締結 |
EUと加盟国の共有権限 | (1) EUも加盟国も共に権限を持つ。 (2) 両方が立法することができる。 (3) EUが権限を行使した範囲で、加盟国は権限を失う((l)(m)を除く)。 (4) EUが権限を行使するのを止めると、その範囲で加盟国の権限が復活する。 |
(a) 単一市場 (b) 一部の社会政策 (c) 経済・社会・領域上の格差是正 (d) 農漁業 (e) 環境 (f) 消費者保護 (g) 運輸 (h) 欧州横断ネットワーク (i) エネルギー (j) 自由・安全・司法領域 (k) 一部の公衆衛生上の安全問題 (l) 研究・技術開発、宇宙 (m) 開発協力、人道援助 |
加盟国の分担責任をEUが補充する権限 | (1) EUは加盟国が分担する責任を支援、調整、補充するための行動を行う。 (2) EUの分担責任とすることはできない。 |
(a) 人間の健康の保護・改善 (b) 産業 (c) 文化 (d) 観光 (e) 教育・職業訓練・青少年・スポーツ (f) 市民保護 (g) 行政協力 |
加盟国の分担責任をEUで調整する分野 | (1) 加盟国はEU内で経済・雇用政策の調整を行う。 (2) 加盟国の社会政策の調整をするための発議を行う。 |
(a) 経済政策 (b) 雇用政策 (3) 一部の社会政策 |
加盟国と並んでEUが行動する分野 | EUは共通外交・安全保障政策を策定し、実施する。 | (a) 共通外交・安全保障政策 (b) 危機管理作戦など |
*出典:庄司克宏著『新EU法 基礎編』岩波書店、2013年
執筆=庄司 克宏(慶應義塾大学教授、ジャン・モネ・チェア)
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