2019.9.25
FEATURE
2019年10月1日に、日本の消費税は8%から10%に引き上げられる。しかし、EU加盟国と比べると、新しい10%という税率はまだ著しく低いように見える。本稿では、日本の消費税引き上げに際し、EUでは増税をどのように行ってきたのかについてその経験を振り返り、紹介する。
今日、日本や欧州では、消費税(欧州では付加価値税〔英語ではValue-Added Tax、略してVAT〕と呼ばれる)は健全な財政ひいては福祉制度が機能するための要となっている。日本では、比較的低い税率であるにもかかわらず、政府の歳入全体に占める消費税の割合はそれでも20%を若干上回っている。一方、欧州では、消費税の割合は2017年の平均で約33%、一部の加盟国では現在40%を超えている。欧州連合(EU)加盟国では、1950年代~1960年代にこの新しい形の税制を先駆けて導入して以来、現行の17%~27%という税率まで大幅に消費税率を引き上げてきた。
経済の専門家は、次の2つの理由から消費税は政府に収入をもたらす最良の手段であると主張している。第一に、消費に課税することは、所得への課税のように人々の労働意欲を削ぐことがなく、またキャピタルゲインへの課税のように投資を抑制することがない。第二に、消費に課税することで、政府は社会にとってより好ましい方向に消費のパターンを誘導することができる。例えば、国民の健康を増進するためにアルコールやたばこに高税率を課したり、持続可能性を推進するために環境に有害な商品に高税率を適用したりするといったやり方である。
消費税に対して批判的な人々は、累進所得税と比べて、貧しい世帯に与える負担が不釣り合いに大きくなることがあると指摘する。食品、衣服、電気、水、医薬品といった生活必需品は誰にとっても必要であるため、低所得者の場合、こうした必需品の消費が所得に占める割合が相当に高くなる。それ故に消費税率の引き上げは、高所得者よりも低所得者により大きな打撃を与える。このような消費税に対する実にもっともな批判に対し、欧州はどのように取り組んできたのかについて、この後で解説したい。
消費に課税する場合のもう一つの難しさは、「需要の前倒し」や「駆け込み需要」によって、増税後に需要が急激に落ち込むリスクがあることである。人々が増税前の安い値段で購入しようと「駆け込む」場合だ。需要が前倒しになることで需要の急激な落ち込みにつながり、GDPの成長にマイナスの影響を与えかねない。しかし、政府は増税後の需要を支えるために、大型耐久消費財の車や家などの購入に対して税控除を適用することで、弊害を相殺する施策を講じることができる。
消費税の最も良く知られた形式である付加価値税(VAT)は、フランスの財務総局の高官であったモーリス・ロレによって初めて考案され、1954年同国の税制に採用された。その後の数十年で、全てのEU加盟国がこれに倣い、VATつまり消費税は欧州各国で広く普及した不可欠な財源となった。実際に今日では、世界の大半の国で消費税が採用されている。
1950年代~1970年代に欧州で消費税率が引き上げられた主な理由は、消費税が欧州型福祉国家の構築に必須の要素であると見なされたからである。第二次世界大戦後の欧州で、国家が社会保障や年金、医療、教育を保障するという考え方が強まり始めると、新たな財源を見つけることが欧州各国政府にとって優先課題となった。
増税が人々に歓迎されることはめったにないが、これまで欧州における消費税の増税は、市民からの強い抵抗を受けることはほとんどなかった。それは主に、国家が市民とりわけ社会で最も弱い立場の人々が必要とするものを提供するためには、消費税の増税が必要であるという認識が有権者の間で広く共有されていたからである。増税の恩恵がはっきりと分かれば、人々もそれをはるかに受け入れやすくなる。もう一つの重要な要因は、一般的に消費税が増税されても、マクロ経済が大きく不安定化しなかったことだ。
最後に、2006年のEU指令により、全加盟国は最低標準VAT税率を15%とするように定められたことも、重要な点として挙げられる。この15%という最低値を超えて、具体的に税率を何%とするかは、それぞれの加盟国政府が決める。2019年現在、下の表で示されているように、EU加盟国の消費税率は、ルクセンブルクの17%から日本の消費税率の3倍近いハンガリーの27%まで幅がある。
しかし、欧州諸国が消費税をどのように今日の水準にまでうまく引き上げてきたかを説明するには、「なぜ」引き上げられたかだけでなく、「どのように」引き上げられたか、また特に重要なのは、さまざまな品目に異なる税率が適用されているという点を検討する必要がある。
「消費税が低所得世帯に不公平な負担を強いる逆進的な形の税である」という批判は、消費税の欧州モデルにとって、今や象徴となっている特徴を生むきっかけとなった。それが、品目別の税率の差別化である。税率の差別化において、生活必需品に課せられる消費税を減らすことで、中所得および特に低所得世帯への影響を軽減することができる。道義的に正当化しやすく、また大半の有権者にとって受け入れやすいこの制度は、ほぼ全てのEU加盟国で採用されるようになっており、消費税の段階的な増税を可能にする政治・経済的条件を整備する上で、重要な役割を果たしてきた。
現在、大半のEU加盟国は、日常的な食品や水道、特定の医薬品、新聞に対し、大幅な軽減税率を設けている。また、税率の差別化は、環境、文化、社会、医療上の理由から、特定の物品の消費を奨励したり抑制したりするという、別の機能も果たしている。
加盟国で適用されているVAT税率一覧[単位:%]
(2019年1月1日付。適用税率が複数あるものは「 / 」で表示)
加盟国* | 標準税率 | 軽減税率 | 超軽減税率 | 食品** | 医薬品** | 書籍** |
オーストリア Austria |
20 | 10 / 13 | - | 10 | 10 | 10 |
ベルギー Belgium |
21 | 6 / 12 | - | 6 / 12 / 21 | 6 / 21 | [ex] / 6 / 21 |
ブルガリア Bulgaria |
20 | 9 | - | 20 | 20 | 20 |
クロアチア Croatia |
25 | 5 / 13 | - | 5 / 13 / 25 | 5 / 25 | 5 / 25 |
キプロス Cyprus |
19 | 5 / 9 | - | 5 / 19 | 5 | 5 |
チェコ Czech Republic |
21 | 10 / 15 | - | 10 / 15 | 10 / 15 | 10 / 15 / 21 |
デンマーク Denmark |
25 | - | - | 25 | 25 | 25 |
エストニア Estonia |
20 | 9 | - | 20 | 9 / 20 | 9 |
フィンランド Finland |
24 | 10 / 14 | - | 14 | 10 / 24 | 10 |
フランス France |
20 | 5.5 / 10 | 2.1 | 2.1 / 5.5 / 10 / 20 | 2.1 / 5.5 / 10 / 20 | 5.5 / 20 |
ドイツ Germany |
19 | 7 | - | 7 / 19 | 19 | 7 / 19 |
ギリシャ Greece |
24 | 6 / 13 | - | 13 / 24 | 6 / 13 / 24 | 6 / 24 |
ハンガリー Hungary |
27 | 5 / 18 | - | 5 / 18 / 27 | 5 / 27 | 5 |
アイルランド Ireland |
23 | 9 / 13.5 | 4.8 | 0 / 4.8 / 13.5 / 23 | 0 / 13.5 / 23 | 0 / 9 / 13.5 |
イタリア Italy |
22 | 5 / 10 | 4 | 4 / 5 / 10 | 10 / 22 | 4 / 22 |
ラトビア Latvia |
21 | 12 | - | 5 / 12 / 21 | 12 | 12 |
リトアニア Lithuania |
21 | 5 / 9 | - | 21 | 5 / 21 | 9 |
ルクセンブルク Luxembourg |
17 | 8 | 3 | 3 | 3 / 17 | 3 / 17 |
マルタ Malta |
18 | 5 / 7 | - | 0 | 0 | 5 |
オランダ Netherlands |
21 | 9 | - | 9 / 21 | 9 / 21 | 9 |
ポーランド Poland |
23 | 5 / 8 | - | 5 / 8 / 23 | 8 | 5 / 8 / 23 |
ポルトガル Portugal |
23 | 6 / 13 | - | 6 / 13 / 23 | 6 / 23 | 6 / 23 |
ルーマニア Romania |
19 | 5 / 19 | - | 9 | 9 | 5 |
スロヴァキア Slovakia |
20 | 10 | - | 10 / 20 | 10 / 20 | 10 |
スロヴェニア Slovenia |
22 | 9.5 | - | 9.5 | 9.5 | 9.5 |
スペイン Spain |
21 | 10 | 4 | 4 / 10 | 4 / 10 / 21 | 4 / 21 |
スウェーデン Sweden |
25 | 6 / 12 | - | 12 / 25 | 0 / 25 | 6 |
英国 United Kingdom |
20 | 5 | - | 0 / 20 | 0 / 20 | 0 |
2019年10月1日の消費税増税の発効を機に、日本の税制にも初めてこの特徴が備わることになる。新しいルールでは、食品、非アルコール飲料、新聞などの必需品に対して軽減税率8%が適用される。その差はわずか2%と小さいが、差別化方式は、日本で将来の消費税増税に対する国民の支持を得る上で有益であることが分かるかもしれない。
EUにおいて、消費税の現行レベルまでの引き上げがどのようにして可能になったのかを説明する要因は幾つかある。そうした要因とは、(1)消費税は適切に機能する福祉国家を維持するために必要だという市民の理解、(2)税率の差別化、(3)増税後にマクロ経済の深刻な不安定化がなかったことなどだ。日本が直面する人口問題を踏まえて、EU諸国が消費税を公共サービスの源泉として活用してきた手法をより詳しく分析することで、新たな知見が得られるだろう。
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