2021.1.27

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「欧州鉄道年2021」でグリーンな輸送を推進

「欧州鉄道年2021」でグリーンな輸送を推進

輸送量当たりのCO₂排出量が自動車に比べてはるかに低く、エネルギー効率も高い鉄道は、近年、持続可能な輸送手段として注目されている。EUは2050年までにEU域内の気候中立を実現するという「欧州グリーンディール」の達成に寄与するべく、2021年を「欧州鉄道年」に指定し、鉄道の活用を促進する。記事では世界遺産に登録されたEUの鉄道の魅力も紹介する。

「欧州鉄道年」を通して鉄道輸送の重要性をアピール

欧州連合(EU)では1983年以降、「欧州年」という取り組みを実施している。域内における社会課題について人々の認識を高めて議論を促し、課題解決につなげることを目的に、年ごとにテーマを設定し、全加盟国を挙げて関連イベントを活発に展開するというものだ。2021年のテーマは「鉄道」に決定した。(「欧州鉄道年2021」の特設サイト〈英語〉はこちら

EUでは、二酸化炭素(CO₂)をはじめとする温室効果ガスの、域内全排出量の約25%を占める輸送部門の環境負荷低減が、喫緊の課題となっている。特に内陸貨物の75%を占める道路輸送は、自動車の燃料にガソリンや軽油を使用するため、環境への影響が大きい。欧州グリーンディールで掲げた2050年までに気候中立を実現するという目標を達成するには、道路輸送から、温室効果ガス排出量が少ない鉄道輸送への転換(モーダルシフト)を図る必要がある。

EU域内の温室効果ガス排出量全体の約25%は輸送部門が占めるが、その約7割は道路輸送によるもの。輸送部門全体の温室効果ガス排出量のうち、鉄道からの排出量はわずか0.4%にとどまる(2018年)。 画像はクリックで拡大

気候変動対策への効果が見込まれるだけではない。鉄道がクロスボーダーであること、そして隣接する国々とのつながりやEUの結束、経済、産業、社会全体に貢献できることも鉄道の魅力といえる。「欧州鉄道年2021」では、地域開発、産業競争力、持続可能なツーリズム、雇用、イノベーション、教育、若者、文化などの側面を取り入れ、さらに障害者や高齢者など移動に困難を伴う人たちの利用を円滑にし、「旅客の権利」を向上することにも焦点を当てていく。

鉄道が持続可能かつ安全な乗り物であることを、幅広い人々、特に若者にアピールするため、「欧州鉄道年」では討論会や展示会、プロモーションキャンペーンなどが企画されている。具体的な活動にあたっては、各加盟国が国内コーディネーターを置き、EUは統括グループを設置する。予算については、「欧州鉄道年」全体で800万ユーロを見込んでいる。

「欧州鉄道年2021」を紹介するビデオ

インフラ整備と市場自由化を中心に行われてきたEUの鉄道改革

経済の発展に伴い、EU域内の鉄道輸送量は増加しているにもかかわらず、割合で見ると貨物輸送は1990年代以降減少傾向にあり、旅客輸送も停滞している。自動車の利便性、航空機のスピード、船舶の物量などに押されて、鉄道輸送の競争力が低下したのだ。その要因の一つは、欧州の鉄道は加盟各国が国有鉄道などとして運営していたため、鉄道システムが統一されていなかったことにある。国ごとに電力供給や運行に関するシステムが違うことで国際列車にトラブルが多発、遅延も常態化していた。また、鉄道市場が開放されていなかったため、競争原理が働かず、サービスの費用対効果や品質を向上させる取り組みがあまり行われてこなかったことも要因であった。

EUにおける鉄道改革の基盤になったのが、1991年の「EU理事会指令91/440号」で示された「上下分離」と「オープンアクセス」の考え方だ。鉄道の運行(上部)を行う会社とインフラの整備・管理(下部)を行う会社を分けた上で、それぞれ民間企業が参入できるようにすることで、EUは鉄道改革を推進してきた。

1993年発効のマーストリヒト条約(欧州連合条約)は、欧州内の運輸・通信・エネルギーそれぞれのネットワークの整備と拡充を規定。鉄道部門は「欧州横断運輸ネットワーク」(TEN-T)構想に基づき、域内における統一したサービスの提供と鉄道市場の開放を目指して改革が進められてきた。1996年には欧州共通の鉄道インフラとして列車制御システム「European Rail Traffic Management System」(ERTMS)の導入も決まり、信号や保安システムなどについても国境を越えた統一規格での運用を目指すこととなった。

ユーロスター、ICE、タリス、TGVなど各国からさまざまな高速鉄道車両が乗り入れるベルギー・ブリュッセルのターミナル駅 © European Union, 2020 – Source : EP / Eric VIDAL

 

2001年からは鉄道改革パッケージ(第1次は2001年~、第2次は2004年~、第3次は2007年、第4次は2016年~)を実施し、国際貨物から国内貨物輸送、国際旅客から国内旅客輸送へと段階的に民間企業の参入を可能とした。国によって進捗に差はあるものの、さまざまな事業者が競争することで効率化・活性化が生まれ、より魅力的な鉄道サービスを提供する環境が整いつつある。

廉価な価格設定と良質のサービスで人気を博すチェコの長距離列車「レギオジェット(RegioJet)」。バスの運行事業を手掛ける民間企業のスチューデント・エージェンシー社(Student Agency)が列車市場に参入し、2010年からオペレーションを開始

オーストリアのウエストバーン鉄道会社(WESTbahn)も、2010年に施行されたEU圏内の旅客鉄道自由化により列車運行市場に参入したオープン・アクセス・オペレーターの一つ。ウィーンとザルツブルク間で旅客列車の運行を行う

独自技術で評価の高い日本メーカーもEUの鉄道事業に注力。特に車両については省エネルギー性能や運行効率が評価され、いくつかのEU加盟国で採用されている。写真は日立レールイタリア社がイタリアの鉄道運営会社トレニタリア社に納品し、2022年よりスペインで運行予定の「フレッチャロッサ1000」(イメージ) © 株式会社日立製作所

2020年10月31日、ついに第4次鉄道改革パッケージが完全施行された。その前日、欧州委員会のアディナ・ヴァレアン運輸担当委員は完全施行がもたらすEUの鉄道の未来像を次のように語っている。「EU全域で第4次鉄道パッケージを完全に実施することは、鉄道輸送を後押しするための鍵となります。手続きは大幅に簡素化され、欧州全土で運行される鉄道事業のコストが削減されることでしょう。我々は鉄道をより効率的、安全、手頃な価格にすることで、他の輸送モードに対する競争力を高めていきます」

特に期待されるのが、EU鉄道機関(European Union Agency for Railways = ERA)共通システムの導入による効率化と、事業者負担の軽減だ。それまで複数の加盟国をまたいで鉄道を運行したり、車両を販売したりする場合、関係する全ての加盟国で車両認可と安全証明書を申請する必要があったが、完全施行によりERAへの1回の申請で済むことになった。鉄道サービス提供のコストが軽減することで、船舶、自動車といった他の輸送手段に対する競争力が高まり、モーダルシフトの促進が期待されている。また、申請手続きの一本化は最新技術の市場投入にかかるリード時間短縮にもつながるため、CO₂排出量が少なくエネルギー効率の良い最新車両をいち早く域内に投入することが可能になる。

鉄道輸送強化に向けて高い目標を設定

2020年12月9日には「持続可能なスマートモビリティ戦略」が新たに発表され、2030年までに高速鉄道の交通量を欧州全体で現行の2倍、鉄道貨物輸送を1.5倍、内陸水路輸送と近海輸送を25%増とし、2050年までに鉄道貨物輸送を2倍、内陸水路輸送と近海輸送も1.5倍に増やし、欧州横断運輸ネットワーク(TEN-T)を完全に機能させるなど、さらに高い目標が設定された。この目標についてヴァレアン委員は「より良い法制度と適切な資金調達により、十分に達成可能」とし、現在内陸輸送の75%を占めている道路輸送からのモーダルシフトを訴えた。

モーダルシフトの必要性を訴えたヴァレアン運輸担当委員 © European Union, 2020 – Source : EC – Audiovisual Service / Dati Bendo

新型コロナウイルス感染症の影響で人々の活動が大きく制限される中、鉄道は生活必需品の移動を支えるなどの重要な役割を果たしている。それはコロナ後の経済回復においても変わらないだろう。渋滞の解消や大気汚染の改善、さらには気候変動対応のため、鉄道がそのポテンシャルを発揮するには、より多くの人々が鉄道の重要性を理解する必要がある。鉄道をより魅力的なものとし、さらなる好循環を生むためにも「欧州鉄道年2021」が社会変革の契機となることが期待される。

コラム:いつかは乗りたい!魅力いっぱいの欧州鉄道(第2弾)

2021年は、パリとブリュッセルを結ぶ鉄道が1846年に全線開通してから175周年。さらに欧州を代表する高速鉄道であるフランスのTGVは開業40周年、ドイツ高速鉄道ICEも同30周年など、欧州の鉄道にとっては節目にあたる。

EU域内ではオーストリアの「ナイトジェット」の成功を機に、夜行列車の人気が再燃、また18歳以上の若者に域内旅行を促すための鉄道パスを付与するEUのプログラム「#DiscoverEU」も大好評になるなど、鉄道の旅への関心が高まっている。「欧州鉄道年2021」では、かつて欧州の繁栄を生み、現在は最新技術の開発を促進する鉄道の役割に注目し、鉄道の歴史や文化遺産としての側面を通して、総合的に鉄道の持つ力を高めていくキャンペーンも企画している。ここでは、世界遺産に登録された2つの鉄道を紹介する。

初の鉄道世界遺産:センメリング鉄道

© Lower Austria Tourism / Michael Liebert

オーストリアのグログニッツからセンメリング峠を越え、ミュルツツーシュラークまでの41キロメートルを結ぶセンメリング鉄道は、アルプス越えを初めて実現した鉄道として知られている。ダイナマイトの発明前の時代に、険しい山岳地帯で複数のトンネル工事を含む困難な工事を行い、1854年に完成。現在の国際標準軌(日本では新幹線などで国際標準軌である1,435ミリメートルが採用されており、山手線などのJR在来線では国際標準軌より狭い1,067ミリメートルを採用)を山岳鉄道として欧州で初めて採用し、2021年の今も列車が走っている。1998年に鉄道として初めて世界遺産に登録された。

国境を越えてアルプスの絶景を楽しめる:レーティッシュ鉄道

イタリアのロンバルディア州ティラーノとスイスのサン・モリッツを結ぶレーティッシュ鉄道ベルニナ線およびアルブラ線は、アルプスの名峰や氷河など絶景を楽しめる歴史と伝統ある人気路線。全長67キロメートルのアルブラ線は1904年、全長61キロメートルのベルニナ線は1910年に開通。スイスとイタリアの両国の国境をまたぐ部分の景観は、2008年に世界遺産として登録され、196の橋と55のトンネルが含まれる。通常の軌道を使った路線としては最高地点を走っており、多くの山岳鉄道の見本となった。日本の箱根登山鉄道のモデルでもある。

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