2014.6.27
FEATURE
留学の目的のひとつは、外国に行き、異なる文化や風土の中でさまざまな文化や価値観に接しつつ学び、自国にいるだけでは得られない幅広い視野や考え方を得ることにある。留学の意義を重視する欧州連合(EU)は、将来の人材を育て、EUの目指す知識基盤型経済を強化するため、EU全体として高等教育レベルでの留学と教育機関の国際連携を促進してきた。
本年始動した7カ年計画「エラスムス・プラス」は、その前身であるEU域内留学支援の「エラスムス(Erasmus)」や、域外との人的交流支援の「エラスムス・ムンドゥス(Erasmus Mundus)」の成功を受けて誕生した、教育・訓練・青少年・スポーツを対象とする統合的な資金助成プログラムだ。エラスムス・プラスの一部は日本を含む特定の域外国の人々も利用できる。同プログラムでの域外からの留学は、修士課程が対象。特徴は一度の留学で1カ国だけではなく、EU域内の複数の国で学ぶことができ、一度に複数の大学での学位取得が可能であることだ。また奨学金をはじめとするサポート面も充実していて、奨学金予算総額のうち75%が域外の学生に割り当てられている。欧州に留学を希望する学生にとって、多種多様な体験、幅広い価値観を育むための支援が提供されているのだ。域外からの優秀な学生を受け入れることは、EUの学生にとっての刺激となり、全体の学問的水準を引き上げることにもつながるため、双方が便益を得ることになる。
これまでEUは、各国・各教育機関が持つ個別の大学留学制度と別に、EUとしての留学支援制度を推進してきた。1987年に開始した「エラスムス」は、欧州内の学生を対象に交換留学を促進し、学位や単位の相互認定制度やテーマ別共同コースを確立した。これまで延べ200万人がエラスムスを通して自国以外で学び、これはまた、学生の間に欧州市民という共通のアイデンティティを形成することにもつながった。ちなみにこのプログラムの名前は、15世紀から16世紀に活躍したオランダの学者で、世界的人文主義者のErasmusに由来する。このエラスムスをEU域外に広げたのが2004年に始まった「エラスムス・ムンドゥス」で、これによりEU域外の学生も欧州の複数のEU加盟国間を移動して修士および博士課程で学位を取得するプログラムへの参加が可能となった。また、エラスムス・ムンドゥスでは奨学金をはじめとしたサポート面はEU域外の学生を優遇し、域外の留学生への手厚いサポートを行ってきた。
これらのプログラムを発展させ、2014年1月に始動したのが、2014年~2020年までの助成プログラム、「エラスムス・プラス」である。エラスムス・プラスは、EUがそれまで対象年齢で分けて運営してきたコメニウス(就学前教育・初等教育・中等教育)、エラスムス(高等教育)、レオナルド・ダヴィンチ(職業訓練)、グルンドヴィ(生涯教育)に加え、エラスムス・ムンドゥスや青少年の海外ボランティア支援、およびスポーツ分野の支援を統合している。また、プログラムのカテゴリーを移動性・協力・政策改革の3つのキーアクションに大別して、支援する(図参照)。エラスムス・ムンドゥスで支援されてきた修士課程の欧州留学支援は、エラスムス・プラスの「移動性」に統合された。また、エラスムス・ムンドゥスに含まれていた博士課程の学位取得についてはEUの研究イノベーション資金助成枠組み計画「ホライズン2020(HORIZON 2020)」の中の「マリー・スクウォドフスカ=キュリー・アクションズ(Marie Sklodowska Curie Actions)」というプログラムで扱われることになった。
エラスムス・ムンドゥスでは、3つに分かれたアクションのうち、日本人学生および高等教育機関が参加できたのは、修士・博士課程の学位取得のための「アクション1」とEU域外の高等教育機関との留学・交流のための「アクション2」。エラスムス・プラスでは全く同じというわけではないが、同様の制度として「修士課程のジョイントディグリー(Joint Master Degrees)」と「国際単位移動制度(International Credit Mobility)」が開かれている。なお、「修士課程のジョイントディグリー」は、交換留学制度ではないため、留学を希望する学生は在学する大学を通さず、個人で申請し、学位取得を目指すことになる。参考までに、エラスムス・ムンドゥスでの修士課程コースの一覧はこちら。エラスムス・プラスでのコースはこれから決まってくる。
・エラスムス・ムンドゥスの「アクション1」に相似
・EU加盟国の2つ以上の高等教育機関で学ぶため、卒業時にジョイントディグリー(複数の教育機関が共同でひとつの学位を付与)、また国やコースによってダブルディグリーやマルティプルディグリーの取得も可能
・在学する大学経由ではなく、個人でコースを選択し、個人で申請する
・奨学金は最大2万5,000ユーロ/年
・奨学金の75%がEU域外の留学生に割り当てられる
→(エラスムス・プラスで導入された新制度)
・エラスムス・ムンドゥスの「アクション2」に相似
・コンソーシアムとしてEU域内・域外国でパートナーシップを結び、相互に交換留学を実施
・あらゆる水準の高等教育(短期、学士、修士、博士)が対象
・3~12カ月の留学期間
2004年~2013年の約10年間で、エラスムス・ムンドゥスを利用して欧州に留学した日本人は計41人。他の域外国である中国(1,339人)、インド(1,519人)の留学者に比べると、人口の違いを考えに入れても、人数はかなり少ないものの、日本人の欧州留学の資格取得合格率は高い。表を見ても分かる通り、申請者数に対する合格率を見ると、日本は21.7%であり、中国(5.18%)、インド(3.34%)を大幅に引き離し、アジア圏でトップである。このためEU内では、「日本の留学希望者は優秀であり、それが高い合格率となって現れている」との評価が定着している。
合格者数(人) | 申請者数(人) | 合格率(%) | |
---|---|---|---|
中国 | 101 | 1,950 | 5.18 |
インド | 69 | 2,064 | 3.34 |
米国 | 58 | 385 | 15.06 |
台湾 | 7 | 139 | 5.03 |
韓国 | 3 | 58 | 5.17 |
日本 | 5 | 23 | 21.7 |
世界 | 1,033 | 26,822 | 3.85 |
日本からエラスムス・ムンドゥスで留学した体験者に聞く
エラスムス・プラスの前身であるエラスムス・ムンドゥスを利用して留学した野村朋絵さんにお話を伺った。野村さんは現在、広島大学大学院教育学研究科、博士課程後期、教育人間科学専攻(高等教育学分野)に在籍中だ。野村さんは、世界中で活躍するエラスムス・ムンドゥス卒業生からなるエラスムス・ムンドゥス同窓会のメンバーでもある。
地域言語を大切にする欧州の姿勢に直接触れることができた
私の専攻は人文科学ですが、言語政策に興味があったので、地域言語の保護に力を入れている国を留学先に選び、スコットランドのセント・アンドリュース大学、フランスのペルピニャン大学、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の3つの大学で学びました。例えばスペインには4つの公用語があり、地域によって使われる言語が違います。大学のあったガリシア地方では、ある先生が「私は(スペイン語ではなく)ガリシア語でしか授業をしません」と公言していたくらい地域言語が大切にされていて、とても興味深かったです。
半年スコットランドに住み、その後スペインに移動して、半年後にスコットランドに戻り、また半年フランス……というように、移動が多い生活は大変でしたが、その都度住む場所を探し、新しい環境に自分を慣らしつつ次の留学の準備をする、ということを繰り返したので、マルチタスクの能力と、どんな環境にも適応できる柔軟さを得ることができました。
複数の国の大学で学ぶことで、私の専攻の人文科学、関心のある言語や文化の多様さに直接触れることができたのは大きな収穫でした。これは専攻分野にかかわらず、有意義なことだと思います。同じことを学ぶのも、場所を変えて学べばまた違う見方ができるのではないでしょうか。
語学に関して言えば、エラスムス・ムンドゥスのコースのうち85%が英語で授業が行われています。ただ、私は英語だけではない留学を希望していたので、それぞれの国の言語で授業を行うコースを選びました。英語で授業を行うコースを選んだ場合でも、留学先の大学でその国の語学の授業が提供されているので、英語で学びながら、日常会話程度は学ぶことができます。
欧州の大学には世界中から留学生が来ています。彼らとの交流からも学ぶことは多いですね。多様性のある地域で多様な人たちと学ぶということは大きな魅力だと思います。その時のつながりは、留学を終えたあとも続きます。私にとっては大きな財産になっていると思います。
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