2024.12.24
FEATURE
欧州連合(EU)史上初の女性欧州委員会委員長として約5年間の任期を務め、2024年7月に再選されたウルズラ・フォン・デア・ライエン氏が率いる新たな欧州委員会が同年12月1日に発足した。2029年10月31日までの約5年間、EU 運営の重責を担う新欧州委員会の編成経緯と今後取り組む課題などを慶應義塾大学の田中俊郎名誉教授に解説してもらった。
日付 | 出来事 |
---|---|
2024年6月6~9日 | EU全加盟国(27カ国)で欧州議会選挙実施。 |
6月27日 | 欧州理事会、フォン・デア・ライエン委員長の続投支持を決定。欧州理事会常任議長としてアントニオ・コスタ前ポルトガル首相を選出、外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長候補としてエストニアのカヤ・カラス首相を指名。 |
7月18日 | 欧州議会本会議の採決でフォン・デア・ライエン氏の欧州委員会委員長再選(任期5年)が決定。 |
7月25日~8月30日 | フォン・デア・ライエン氏、ドイツとエストニアを除く25加盟国の首脳に8月30日までに欧州委員候補を推薦するよう依頼。 |
9月17日 | フォン・デア・ライエン氏が欧州議会議長会議で新しい欧州委員会の編成案(人選と担当職務)を提示・説明。同案について記者会見で発表し、欧州委員会の公式ウェブサイトでも公表。 |
9月19日 | EU理事会、選出された委員長との共通合意に基づき、2029年10月31日まで委員会委員として任命する候補者リストを採択、欧州議会へ正式通知。 |
10月3~10日 | 欧州議会法務委員会、欧州委員候補者について資格審査を実施。 |
10月10日 | 欧州議会議長会議、委員候補者の確認聴聞の日時決定、書面による質問と回答の提出期限設定。 |
11月4~12日 | 欧州議会常設委員会、委員候補者への口頭による確認聴聞。 |
11月27日 | 欧州議会議長会議、委員候補者に対する聴聞手続きの終了を宣言し、同日の議会本会議での投票実施を決定。欧州議会本会議、賛成370票、反対282票、棄権36票で新欧州委員会を一体として承認。 |
11月28日 | 欧州理事会、特定多数決で新欧州委員会を正式に任命。 |
12月1日 | 第2次フォン・デア・ライエン委員会が正式発足。コスタ欧州理事会常任議長が職務開始。 |
フォン・デア・ライエン委員長は、2024年7月18日に発表した「欧州の選択:次期欧州委員会(2024年~2029年)の政治的指針(Political Guidelines)」に基づき、次期欧州委員会の編成案を決定し、同年9月17日、記者会見で発表した。欧州委員会の公式ウェブサイトには、委員候補一覧、各委員候補の履歴書、委員長から各委員候補に対して送られた「職務についての書簡(Mission Letter)」が掲載された。
フォン・デア・ライエン委員長は、記者会見冒頭の説明でも、「職務についての書簡」でも、新しい委員会の編成における中核的な優先課題として「繁栄、安全、民主主義」を掲げた。その背景には、第1次フォン・デア・ライエン委員会で推進してきたグリーンとデジタルという2つの移行における「競争力」があることを強調し、これらは相互に深く関連し合い、横断的な取り組みであると指摘した。
委員会全員が「競争力」の強化に取り組むことを約束し、このテーマは第2次委員会の主要なキーワードとなった。この方針は、2024年9月9日に公表された欧州競争力に関する元イタリア首相・前欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギが執筆した『ドラギ報告書』の勧告を反映したもので、同報告書では、欧州の経済成長が米国や中国と比較して遅れを取っている現状を指摘し、以下の6つの優先行動を提示した:
これらの優先事項は、6人の執行副委員長の役職名にも反映されており、第2次委員会の施策を支える柱となっている。
さらに、フォン・デア・ライエン委員長は、もう一つの原則として、EU基本条約が定めるように、委員会の全ての委員が平等であり、優先課題の遂行において等しく責任を負い、協力して取り組む必要があるとした。
2019年に発足した第1次フォン・デア・ライエン欧州委員会は、委員長の下に3人の執行副委員長(Executive Vice President)、5人の副委員長(Vice President)、18人の委員(Commissioner)で構成されていた。しかし、今回の第2次委員会では、副委員長の層を廃止し、委員長の下に6人の執行副委員長と20人の委員を配置。委員長は全ての職務を統括するが、予算・不正防止・総務、機関間関係・透明性、実行・簡素化を担当する委員が委員長に直属する形となっている。
第1次フォン・デア・ライエン欧州委員会では、メンバー間の対立が報じられたほか、委員長と不仲とされた域内市場担当委員のティエリー・ブルトン氏(フランス)が任期満了前に突然辞任するなどの問題があった。こうした背景を踏まえ、第2次委員会では、6人の執行副委員長がそれぞれの職務を担当するとともに、執行副委員長同士の協力や、さらにそれぞれが4人の委員と連携して職務を果たす体制が導入された。この新体制により、委員会全体の連帯責任と協働が強調されている。
第2次フォン・デア・ライエン欧州委員会では、従来の職務に加え、新たに以下の分野が担当職務として加えられた。
委員候補一覧は、これまで同様、ジェンダー、地理、人口などのバランスを考慮して作成された。特にジェンダーバランスについては、各加盟国に現職の継続を除き男女1人ずつの推薦を求めていたが、最初の候補者リストでは女性が約22%にとどまり、フォン・デア・ライエン委員長にとって受け入れ難い状況だった。加盟各国との数週間にわたる交渉の結果、公表された候補一覧では委員長を加えて11人が女性で、女性40%、男性60%のバランスになった。また、6人の執行副委員長候補のうち4人は女性を起用した。
6人の執行副委員長候補のうち、3人は1989年のベルリンの壁崩壊以前からの加盟国で人口も多いフランス、イタリア、スペインから選ばれ、残る3人は統一後に加盟した国々、エストニア(バルト)、フィンランド(北欧)、ルーマニア(東欧)から選出された。首相、閣僚、加盟国議会議員、欧州議会議員など、多様な経歴を持つ人材が含まれている。
委員長を含めた委員候補一覧の党派構成では、2024年6月の欧州議会選挙で最大勢力となった中道右派の「欧州人民党(EPP)」が14人と過半数を占め、第2勢力の中道左派「欧州社会民主進歩同盟(S&D)」が4人、第5勢力の中道リベラル「欧州刷新(RE)」が5人、第4勢力の右派「欧州保守改革グループ(ECR)」が1人、無所属3人となっている。「緑の党・欧州自由連盟(Greens/EFA)」および「欧州統一左派連合・北方緑の左派(The Left)」からは委員候補が選ばれなかった。また、第3勢力の急進右派「欧州の愛国者(PfE)」と第8勢力の急進右派「主権国家の欧州(ESN)」については、EUの価値観に反するとみなされ、「防疫線」が張られ、委員候補から排除された。
フォン・デア・ライエン委員長は、イタリアのジョルジャ・メローニ首相との関係改善を図るため、同国の右派政党「イタリアの同胞」所属で、ECRのメンバーを初めて欧州委員に起用し、さらに執行副委員長のポストを与えた。この決定に対して、EU全体の右傾化を懸念するS&Dなどから反対の声が上がった。
また、EUに懐疑的な立場を取る政党が政府を構成しているハンガリーとスロヴァキアの候補者、そして政党に属していないキプロスの候補については、無所属となっている。
委員長を除く26人の委員候補は、まず欧州議会法務委員会において、独立性に疑いがないか、担当する職務の適性や利益相反のリスクについて審査を受ける。この審査で問題がなければ、次の段階として、職務に関連する常設委員会による口頭での確認聴聞(confirmation hearing)に進み、この段階もクリアすれば、欧州議会総会で委員長を含む欧州委員会全体が一体として(as a body)承認される。その後、欧州理事会が特定多数決で正式に任命する。
欧州議会には、個々の委員や委員候補を罷免する権限はないが、委員会全体を承認する権限を持つため、候補者に問題がある場合、欧州委員長はその候補を差し替えるか、担当職務を変更する必要に迫られる。
欧州議会は基本条約の改正を経て権限を強化してきており、過去にも委員候補の審査を通じて、候補者の差し替えや担当職務の変更を実現してきた。例えば、2004年には、ジョゼ・マヌエル・バローゾ委員長がイタリアとラトビアの委員候補を差し替え、ハンガリーの候補者の職務を変更することで、最終的に委員会全体の承認を得ることができた。2009年には、同じくバローゾ委員長がブルガリアの候補を差し替える必要に迫られた。
2014年には、ジャン=クロード・ユンカー委員長がスロヴェニアの候補を断念したほか、ハンガリーの候補者の担当職務を変更。さらに、前回2019年には、フォン・デア・ライエン委員長が提出した委員候補一覧をめぐり、ハンガリーとルーマニアの候補が法務委員会で支持を得られなかった上、フランスの候補も職務関連の常設委員会で承認を得られず、3人の候補を差し替えることになった。この影響で、委員会発足は予定より1カ月遅れた。
欧州議会は委員候補に対し、審査材料として「利益についての宣言(Declaration of Interests)」の提出を要求。この宣言では以下の情報が対象となる:(1) 過去10年間の職業活動、(2) 現在従事している活動、(3) 金融資産(利益相反のリスクを伴う可能性がある資産、株式、債券、負債、借入金など)、(4) 配偶者やパートナー、未成年の子どもの金融資産、(5) 協会、政党、労働組合、NGO、公的機能に影響を与える可能性のある団体への所属、(6) 不動産、(7) 配偶者やパートナーの職業活動。
欧州議会法務委員会は、提出された宣言を基に2024年10月3日から非公開で審査を開始した。そして10月10日、法務委員会委員長は、26人の委員候補について利益相反のリスクに関する審査を終了し、次の段階として、それぞれの職務に関連する常設委員会による口頭での確認聴聞に進むことを発表した。
同日、欧州議会議長会議(the Conference of Presidents、欧州議会議長と各政党グループの議長で構成)は、委員候補に対する書面による質問(議長会議および関連する常設委員会・準関連常設委員会からの質問)と、その回答期限を10月22日とすることを決定。また、委員候補に対する口頭による確認聴聞(各候補3時間)のスケジュールを、11月4日~12日にかけて実施することを確定した。
聴聞は担当職務の関係から、単一の常設委員会が主催する場合もあれば、複数の常設委員会が共催する場合もある。職務の重複が多くなった今回は、全26の聴聞のうち半数の13件は、複数(2~4)の常設委員会が共催し、さらに準関連常設委員会も招かれた。委員候補の履歴書、利益についての宣言、書面による質問と回答は、聴聞開始前に欧州議会の公式ウェブサイトで公開された。
なお、2019年12月に発足したフォン・デア・ライエン委員会の任期は2024年10月31日までだったため、同年11月1日以降、新委員会が発足し始動するまでの間、「暫定委員会」として職務を継続した。
各委員候補に対する確認聴聞は映像で公開され、議事録も欧州議会の公式ウェブサイトに掲載された。聴聞終了後、調整者である各常設委員会の政党代表と関連常設委員会の議長が審査結果を議論し、調整者はそれぞれの委員候補について「承認」か「不承認」の結論を文書で常設委員会議長会議(the Conference of Committee Chairs)に提出。常設委員会議長会議は、全委員候補の聴聞結果を評価し、その結論を勧告として欧州議会議長会議に提出する。議長会議は11月21日までに意見を交換し、聴聞手続きを終了。その上で、欧州委員会全体の承認を本会議で投票にかけるかどうかを決定する。
26人全ての委員候補に問題がなければ、11月25日~28日の本会議で欧州委員会が一体として承認され、欧州理事会の特定多数決で最終決定され、新しい欧州委員会が12月1日に発足することになっていた。しかし、聴聞後に再度書面による質問や2回目の確認聴聞(1時間半)が求められたり、委員候補に異論が出たりした場合には、候補を差し替える必要が生じ、発足時期がさらに遅れる可能性も危惧されていた。
2024年11月5日に行われたオリヴェール・ヴァールヘイ(ハンガリー)保健・動物福祉担当委員候補の確認聴聞では、追加の書面による質問と回答が求められた。また、11月12日に実施された6人の執行副委員長の確認聴聞についても、聴聞直後には審査結果が発表されなかった。
翌13日、19人の委員候補については承認されたものの、6人の執行副委員長とヴァールヘイ委員候補の計7人については審査結果が保留された。この背景には、多数派であるEPPが、S&Dが推すテレサ・リベラ(スペイン)の執行副委員長候補に難色を示したことがある。S&Dは、ECRが推すラファエレ・フィット(イタリア)の執行副委員長候補に反対していた。
この対立の根底には、欧州委員長を選出した7月の段階で中核となったEPP、S&D、REの中道3会派(過半数361議席に対して計401議席)が引き続き協議を重視するのか、それともEPPがECRや急進右派勢力(「防疫線」で排除された2グループを含め計377議席)と連携し、右傾化するのではないかという懸念があった。
最終的に、中道リベラルのREが仲介役を務め、中道3会派はフォン・デア・ライエン委員長が掲げた政治的指針を支持する9項目からなる「連立協定」に調印合意。その結果、保留されていた7人の候補全員の任命に青信号が灯った。各候補の適格性が確認され、承認に関する書簡が提出されたが、この承認は事実上「パッケージ・ディール」として決着をみたのである。
欧州議会のロベルタ・メツォラ議長(マルタ、EPP)は、本会議が予定されていた翌週への延期を回避すべく、2024年11月20日に欧州議会議長会議を招集。そこでの議論を経て、各常設委員会は同日夜までに候補者の評価を完了し、11月27日の欧州議会本会議で同意投票を行うことが議事日程に掲載された。しかし、問題は完全には解決しておらず、常設委員会議長会議が全ての委員候補に対する聴聞結果の評価書簡を議長会議に提出したのは11月26日だった。翌27日朝、議長会議は聴聞手続きが正式に終了したことを宣言し、同日昼の本会議で新欧州委員会を一体として採決を行うことを決定。同時に、全委員候補に対する評価書簡も公開された。
結果として、再度の確認聴聞は行われず、2004年以来初めて委員候補の差し替えも行われなかった。唯一の変更は、常設委員会からの意見に従い、フォン・デア・ライエン委員長がヴァールヘイ保健・動物福祉担当委員候補の職務の一部(性的および生殖に関する健康と緊急医療準備)をハジャ・ラビブアジャ・ラビブ(ベルギー)準備・危機管理担当委員に移管したことだけだった。
11月27日の欧州議会本会議では、フォン・デア・ライエン委員長が新欧州委員会の候補一覧と政策方針について説明し、その後質疑が行われた。投票の結果、賛成370票、反対282票、棄権36票で、新欧州委員会が一体として承認された。
翌日欧州理事会は、書面手続きによる特定多数決により新欧州委員会を正式に任命。そして、12月1日、第2次フォン・デア・ライエン欧州委員会が正式に発足し、アントニオ・コスタ欧州理事会常任議長も任期(2年半、再任1回可能)を開始した。
第2次フォン・デア・ライエン欧州委員会は、委員長が2024年7月18日に発表した「欧州の選択:次期欧州委員会(2024年~2029年)の政治的指針(Political Guidelines)」を行動の基盤としている。フォン・デア・ライエン委員長は、第1次委員会と同様に、「新委員会発足から100日以内に注力する政策」を掲げている。以下がその主な施策だ。
全体として、競争力を強化するためにはスピードが重要視されており、新たな立法よりも執行や実践に重点が置かれている。第1次フォン・デア・ライエン欧州委員会の後半では、厳格な規則、特に環境規制に対して激しい反対や異論が巻き起こり、産業、農業、林業などの分野で規制の適用が延期される事態も見られた。さらに、市民の間で広がるエリート主義や官僚主義への不満が、欧州議会選挙や加盟国内で実施された総選挙や地方選挙において急進勢力の台頭を後押ししたとの見方もある。こうした背景を踏まえ、官僚主義を排除し、手続きを簡素化し、市民や企業により近い迅速な意思決定が求められている。
しかし、最も重要な課題は予算の確保だ。すでに2021年~2027年の多年次財政枠組み(MFF: multiannual financial framework)は決定されており、新しいプロジェクトには追加の資金が必要となる。コロナ対応と救済政策においては債券発行が認められたが、今後どのように資金調達を行うかは大きな課題として残されている。また、次期多年次予算の編成準備も進めなければならない。
EUと加盟国の予算には限りがあるため、鍵は民間からの投資をどれだけ引き出せるかにかかっている。さまざまなプロジェクトで、民間からの「ターボジェット」のように急上昇する大規模な投資を受け入れ、大企業だけでなく、中小企業や起業活動を促進するための規制緩和も図る必要がある。
さらに、長期化するロシアのウクライナ侵略や、イスラエルとパレスチナを中心とした中東での報復の連鎖、中国製EVへの追加関税の上乗せ、そして米国でのトランプ政権の再来など、複雑な国際情勢の中で、第2次欧州委員会も第1次委員会と同様に「地政学的委員会」として、外交・安全保障政策、防衛政策、貿易と経済安全保障、拡大・近隣政策、庇護・移民政策などを遂行していかなければならない。
各新欧州委員が自身にとって欧州とは何かを語った動画(2024年11月29日)© European Union 2024
執筆:田中俊郎(慶應義塾大学名誉教授、ジャン・モネ・チェア・アド・ペルソナム)
※本稿は執筆者による解説であり、必ずしもEUや加盟国の見解を代表するものではありません。
【関連記事】フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長再選―欧州議会選挙後のEU新体制始動へ(2024年8月)
2024.12.24
FEATURE
2024.12.16
Q & A
2024.12.11
EU-JAPAN
2024.12.10
Q & A
2024.12.5
FEATURE
2024.11.6
EU-JAPAN
2024.11.7
EU-JAPAN
2024.12.10
Q & A
2024.11.30
EU-JAPAN
2024.12.5
FEATURE