2024.10.21
FEATURE
2023年4月以降、250人以上の従業員を抱える欧州の企業には、男女の賃金格差の公表が義務付けられた。発想はシンプルで、病気を診断できなければ治療できないのと同様に、男女の賃金格差の実態を明らかにし、その原因を特定することで初めて、女性の活躍を妨げる雇用システムの根深い構造的問題に対処できるからだ。本稿では、社会的に不公平な男女賃金の格差に対して、透明性の向上と格差是正を目指す欧州連合(EU)の取り組みに焦点を当てる。
「ジェンダー平等はEUの基本原則ですが、まだ実現していません。ビジネス、政治、そして社会全体において、私たちが全ての人々の才能と多様性を活用してこそ、潜在能力を最大限に引き出すことができるのです」
ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長
男女賃金格差とは、男女の平均賃金の差のことである。EUにおいては、女性の平均賃金は男性の同僚と比べ12.7%低い(2022年)。これは、男性が100ユーロ稼ぐときに、女性は87.3ユーロしか稼げないことを意味する。つまり、この差を埋めるためには、女性は毎年1.5カ月余分に働く必要がある。
また、加盟国間の賃金格差にもかなりのばらつきがある。EU加盟国の中で、2022年の賃金格差が大きかったは以下の国々だ。エストニア(21.3%)、オーストリア(18.4%)、チェコ(17.9%)、ドイツ(17.7%)、スロバキア(17.7%)、ハンガリー(17.5%)、ラトビア(17.1%)。一方で男女賃金格差が低かった国々は、イタリア(4.3%)、ルーマニア(4.5%)、ベルギー(5.0%)、ポーランド(7.8%)などだ。なお、ルクセンブルクは、EU27加盟国で唯一、男女間賃金格差の是正に成功している。
参考として、OECDのデータによると、2022年の日本の男女賃金格差は21.3%だった。ただし、男女賃金格差は複雑で微妙な問題であり、データを注意深く見て、安易な結論に飛びつかないようにする必要がある。例えば、国によっては男女の賃金格差が低いからといって、必ずしも労働市場が男女平等になっているとは限らないと専門家は指摘する。女性の雇用率が低い国で、高学歴の女性が労働市場に参入し、そのほとんどが高収入の職に就いた場合などで、賃金格差が小さくなる可能性もある。
日本でも最近、EUと同様に、男女間賃金格差の公表を義務付ける制度をつくり、運用を始めたことは興味深い。賃金格差を是正するための共通手段を持つことで、この分野での成功事例に関する日・EU間の対話の扉を開くことになるだろう。
日本とEUにおける男女賃金格差開示の義務化 日本:女性活躍推進法の改正に基づき、2022年7月から、従業員301人以上の企業(約17,000社)に対し、男女間の賃金格差を開示することが義務付けられている。厚生労働省は2024年8月、101人以上の企業においても「公表を義務とすることが適当」だとする検討会報告書を公表した。 EU:欧州委員会は2021年、250人以上の労働者を抱える雇用主に対し毎年男女間の賃金格差を開示することを義務付ける指令案を発表。EU理事会と欧州議会は2022年12月に政治合意に達し、2023年6月に発効した。各加盟国は2026年6月までに国内法に移管しなければならない。 |
EUでは賃金の透明性の欠如が男女賃金格差の主な要因として認識されている。賃金の差別は隠されている場合が多く、労働者が不当な賃金格差を発見することを難しくしている。賃金の不平等により、女性の貧困のリスクはより大きくなる。こうした状況が、EUの年金給付額の格差が約30%となる一因であることは衆目の一致するところだ。
このEU指令では、雇用主は求職者に対し、募集職種の初任給や給与の範囲を知らせることが義務付けられているほか、求職者に対して過去の給与を尋ねることが禁止された。中途採用者の給与が前職のレベルに基づいて提示されることが男女賃金格差の大きな要因となっているからだ。指令の主な目標は、開示透明性を通じて企業に変革を迫ることであり、規定には賃金差別の被害者への補償と雇用主への罰則も含まれている。
また、情報開示の義務化により、賃金に関する無意識なジェンダーバイアスに対する雇用主の意識も高まる。企業は社会的なイメージを気にかけるようになっており、公表された男女間の賃金格差への反応によっては、真の変革が迫られる可能性がある。また、ESG(環境、社会、ガバナンス)報告基準を重視する国内外の投資家にとっても、男女賃金格差の開示が有益であることは明らかだ。
日本における新しい透明性確保への取り組みは順調にスタートしており、日本政府は、従業員101人以上の企業にも公表義務の範囲を広げ、対象企業を約50,700社に増やすべく、2025年の通常国会へ法案を提出する方針だ。
一方、EUの取り組みでは、賃金開示要件のタイムテーブルと行程表があり、より小規模な企業も対象になっている。各国の国内法移管後の初期段階では、従業員250人以上の雇用主は毎年、従業員150人~249人の雇用主は3年ごとの報告が求められるが、移管から5年後の2031年には、従業員数100人~149人の雇用主も3年ごとの報告が義務付けられる。報告された賃金に5%以上の男女賃金格差があり、雇用主が客観的で性別中立的な基準に基づいて理由を説明できない場合、雇用主は労働者代表と協力して賃金査定を実施しなくてはならない。
男女の賃金格差は、単に賃金における差別という概念にとどまらず、女性の雇用機会、昇進、報酬の面においてさまざまな不平等を生んでいる。
1. 母親ペナルティー :多くの女性は結婚や子育て、介護のために離職する傾向があり、賃金を決定する要素である勤続年数による昇給機会を奪われる。出産で一時的に離職した女性が、再び正規雇用に戻ることに困難を感じることが多い。社会学者はこれを「母親ペナルティー」と呼んでいる。EUの「ワークライフバランス指令 」(2022年8月適用開始)は、夫婦間でのより良い責任分担を促し、また出産後の女性の職場復帰を促進するため、男性の出産・育児休暇取得を奨励する規定を含んでいる。また、子供が生まれたり、体の弱い高齢の親を扶養したりと、ライフサイクルの中で果たすべき責任が変化することも忘れてはならない。女性も男性も同等に、プライベートと仕事を両立できる可能性を持つべきである。
2. 女性が従事する業種の偏り: 調査によると、女性が多く従事している医療・介護、教育など比較的賃金の低い業種では、約24%の男女間の賃金格差がある。女性進出が進んだ分野の仕事は、構造的に、社会で過小評価される傾向がある。しかし、変化は起き始めている。科学・技術・工学分野で働く女性は、2023年には労働人口の約52%を占め、2013年から比較すると、6,250万人から7,830万人へと25%増加。2022年、EU域内の総合大学、単科大学、技術訓練を含む高等教育を受けた女性の割合が(37.1%)が男性(31.4%)をはるかに上回っていることも注目すべき点である。
3. パートタイム労働: 平均して、女性は育児や家事などのアンペイドワーク(無償労働)の時間が長いため、ペイドワーク(有償労働)に割ける時間が少なくなる。2022年の数字によると、女性のほぼ3分の1(28%)がパートタイムで働いているのに対し、男性は8%である。アンペイドワークとペイドワークの両方を考慮すると、女性の方が週の平均労働時間が明らかに長い。
4. ガラスの天井: EU域内では2021年、管理職に占める女性の割合は、3分の1をわずかに超える35%だった。しかし、女性の管理職比率が50%を超える加盟国はなかった。最も比率が高いのはラトビア(46%)で、ポーランド、スウェーデン(ともに43%)、エストニア(41%)が続いた。一方、最も比率が低かったのはキプロス(21%)で、次いでルクセンブルク(22%)、オランダ(26%)だった。ちなみに、2021年の日本の女性の管理職比率は13.2%だった。
5. 賃金差別: 1957年に調印された欧州経済共同体設立条約(ローマ条約)で同一賃金の原則がうたわれているにもかかわらず、同一労働または同一価値の労働に対して女性の賃金が男性より低いケースがある。欧州委員会は、「EUでは、男女間の賃金格差の大部分は説明できないままであり、学歴、職業、労働時間、生産性など、労働者や職場の特徴と関連づけることができない」と指摘している。平たく言えば、欧州では賃金差別について言い訳ができない状況であり、男女間賃金格差の開示はこうした不公正に光を当てるものである。EUは、賃金の透明性を高めることで、同一労働または同一価値の労働に対する性別による不当な賃金格差を明らかにし、賃金差別の「被害者」が救済を求め、同一賃金の権利を行使するのに役立つと強く確信している。
EUにおける男女賃金格差の是正には、賃金差別に直接取り組むだけでなく、1)母親ペナルティー、2) 女性が従事する業種の偏り、3)パートタイム労働、4)いわゆる「ガラスの天井」などの課題に対して、雇用システムの構造改革が必要である。男女間賃金格差の開示は、真の変革的行動を起こすための第一歩であり、恐らく最も重要なステップでもある。
労働市場における男女不平等に関する研究で2023年にノーベル経済学賞を受賞したハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授は、男女賃金格差に取り組む最も効果的な方法は4つあると説明している。すなわち、 1)政府の介入、2)男性の家庭・家事への参画拡大、3)時間外労働の削減、4)より柔軟な勤務形態の提供、である。EU域内では、男女賃金格差の開示指令や新しいワークライフバランス指令が導入され、女性の昇進を妨げる根深い無意識の偏見の象徴となりがちな男女賃金格差に取り組む決意が固まっている。
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