2024.11.30
EU-JAPAN
「エラスムス・プラス(Erasmus+)」とは、2014年に始まった、欧州連合(EU)の教育・職業訓練・青少年・スポーツを対象とする統合的な資金助成プログラムで、現在は2021年~2027年の第2期助成期間に入っている。エラスムス・プラスを通じた日欧の教育研究交流への支援としては、主に、欧州の大学への短期留学などを支援する「国際単位移動制度(International Credit Mobility: ICM)」、既に学士を取得している人を対象に欧州の少なくとも2カ国で学ぶ機会を提供する「エラスムス・ムンドゥス修士課程ジョイントディグリー (Erasmus Mundus Joint Masters: EMJM)」、EUに関する教育・学習・研究を支援する「ジャン・モネ・アクションズ(Jean Monnet Actions)」という3つのプログラムがある。これらのプログラムについて、現在参加している大学に、プロジェクトの魅力や意義、新しく参画を考えている大学へのメッセージを聞いた。
「国際単位移動制度(International Credit Mobility)」を通じて、日本の大学と欧州の大学は、学生および教職員の派遣・受け入れに関する協定を締結することが可能だ。協定を結んでいる場合、学生は、どの学術分野や課程(短期高等教育資格、学士、修士、博士)であっても、原則として2〜12カ月の間、相手の大学で学ぶことができ、留学先で取得した単位を在籍校で認定してもらうことができる。また、大学の教員や職員も、5日〜2カ月の間、パートナー大学で教鞭を取ったり研修に参加したりすることができる。
慶應義塾大学ではICMに参画するメリットをどう捉えているのか、理工学部国際交流委員長を務める三木則尚教授に話を聞いた。
Q. ICMは協定校同士の単位認定制度ですが、協定を結ぶ際に気をつけていることは何ですか?
A. 全く知らない大学と新たに協定を結ぶのは難しいと思います。私たちの場合、すでに研究者同士の交流があったり、職員や教員が顔見知りだったりするケースが多いですね。というのも、トラブルが発生した場合に、担当者同士が信頼関係を築いていることが非常に重要だからです。新型コロナウイルスが蔓延した際も、授業の対応について協議しましたが、そうしたイレギュラーな状況でもお互いをよく知っていれば、最善の策を迅速に練ることが可能です。その点、エラスムスというプログラムには長い歴史があり、そこに参画している欧州の大学にはどんなトラブルにも対応できる体制が構築されているため、安心感があります。
Q. 大学間の連携の意義についてどうお考えですか?
A. 以前、ICMの制度を使って、EUの大学のスタッフが慶應に来られたことがあります。慶應には留学をサポートする国際担当部署があり、そのオフィスで過ごしていました。慶應の職員から、「全く違う機関で働き、国の環境も異なるので、遠隔でやり取りしている間はかなり距離を感じてた。しかし、いざ話をしてみると、同じような仕事に従事しているので、視点が同じだったり共感できる話が聞けたりして、とても親近感が湧いた」という感想を聞いたことがあります。
互いを知ればより連携がしやすくなるのは自明の理です。ICMには学生だけでなく、教員やスタッフエクスチェンジの制度が含まれているので、非常によくできたシステムだと感じます。
Q. 学生は短期間の留学を経験することで何を得られると考えていますか?
A. 日本の学生は国内にいるとマジョリティとして「多様性」を感じられる機会があまりありません。これは私見ですが、日本がこの30年間停滞した理由は、多様性の欠如にあると思っています。1980年代の日本の成功は、企業が高品質な製品を効率良く大量生産したことに起因していますが、現在は最先端の技術が収益を生む時代です。日本人が好む「効率」からは、イノベーションは生まれにくい。そこで重要になるのが、さまざまなアイデアをもたらす「多様性」です。留学を通じて、異なる環境に身を置き、自分がマイノリティーであるという経験を得ることは非常に大切です。これにより、新たな気づきが生まれるでしょう。留学を経験することで、多様性を理解することは、学生にとって大きな意味を持つと思います。
Q. 参加を検討する大学関係者へのメッセージをお願いします。
A. 欧米は多様性を重視し、異なる文化を受け入れる姿勢が強いです。さらに、欧州の大学は研究開発力を高めるために、優秀な学生を世界中から求めています。大学は人材を世界に派遣するだけでなく、自分の大学を世界の学生から選んでもらう必要があります。エラスムス・プラスはその実現を支援する人材交流プログラムの一つです。ただし、その協定締結には煩雑な手続きがあるのも事実で、十数人の留学生のために大学全体のルールを変更せざるを得ない場合もあります。多様性は効率の敵であるため、この点を敬遠したがる日本の大学関係者は多いかもしれません。しかし、高等教育機関は人材を育成するという使命を持った、日本の重要なインフラです。日本の社会を支えるという気概と長期的視野を持ち、積極的に国際化に取り組む仲間になってほしいと思います。
EUおよびEU域外の国の高等教育機関とのコンソーシアムによって運営されるのが「エラスムス・ムンドゥス修士課程ジョイントディグリー(EMJM)」だ。EMJMでは、それぞれのコンソーシアムが質の高い統合コースや、ジョイントまたはマルティプルディプロマを提供しており、学生は欧州の2カ国以上の高等教育機関で学んだり研究したりすることができる。
京都大学ではEMJMの正規学位プログラムを提供しており、医学研究科、文学研究科に続いて、3例目となるジョイントディグリーが設置されたのが経済学研究科の「京都大学国際連携グローバル経済・地域創造専攻」だ。同専攻は2021年に開設され、そのカリキュラムは、世界7カ国・7大学によるコンソーシアムが提供する「Global Markets, Local Creativities(GLOCAL)」プログラムの一つのコースを構成している。専攻開設に尽力した同研究科の黒澤隆文教授にEMJM参加の意義について話を聞いた。
Q. EMJMに参加したきっかけについて教えてください。
A. 文部科学省では、日本の高等教育の国際競争力の向上やグローバル人材の育成を目的とした「スーパーグローバル大学創成支援事業」を実施していますが、2014年に京都大学が応募し、採択されたのがそもそもの始まりです。一方で、グラスゴー大学(スコットランド)、バルセロナ大学(スペイン)、エラスムス・ロッテルダム大学(オランダ)、ゲッティンゲン大学(ドイツ)の4大学は、2016年にコンソーシアムを設立し、EUが実施するEMJM事業に応募、採択されました。その際、京都大学経済学研究科もアソシエイト・メンバーとして参加しました。その後2019年に正式参加が決まり、2021年に「京都大学国際連携グローバル経済・地域創造専攻」を開設する流れとなりました。
Q. 開設までの苦労はありましたか?
A. 最初は、(複数の大学が共同で単一の学位を授与する)ジョイントディグリーと、(連携する複数の大学がそれぞれ学位を授与する)ダブルディグリーの違いすら理解できなくて、まさに走りながら考えていくような状態でした。
まず、欧州の大学を20ほどリストアップしたうえで提携大学を絞り込んでいきました。日本の修士課程は研究者の養成が中心ですが、欧州では修士課程も学士課程と同じ規模で運営されていることが多く、サイズ感が大きく異なります。EMJM事業に関しても、京都大学では10人程度の学生を想定していても、相手の大学は50人ほどを想定しているなど条件が合わないことが多々あり、基本合意書を作成する段階まで進みながら、取りやめになった経験もあります。
カリキュラムに関しても、多数の教員に参加してもらえるようにコーディネートする必要があり、非常に難しかったです。しかし、経済学研究科には元々英語でのプログラムがあり、国際的なネットワークもすでに構築されていたため、なんとかうまく進められたように思います。
Q. EMJMに参加するメリットは何だと思いますか?
A. EMJMは残念ながら日本ではあまり知られていませんが、国際的には非常に良く知られた制度です。学生にとっては、一つの大学では得られない高度で付加価値の高い研究機会を得られること、さらに非常に魅力的な額の奨学金を受けられるのは大きなメリットでしょう。
京都大学としても、EMJMの参加によって得たものは大きいと考えています。EMJMに参加することで世界中から優秀な学生を誘致できるというのは大きなメリットで、高等教育機関としての国際的な評価を高めることができます。何よりも多様な学生を相手に講義をするのは圧倒的に面白く、彼らの議論は私たちにとっても大きな刺激になっています。
ただし、EMJMに参加するということは、学位を他の大学と共同で授与することを意味します。そのため、文部科学省に提出しなければならない資料の量が膨大になり、提携する大学のどこに障害者用トイレが設置されているかなど、非常に煩雑な項目も含まれています。最初は、わずか10人弱の学生のためにここまで手間をかけるのかと思いましたが、実際にプログラムを開始してみると、事前に準備しておいてよかったことが多かったと感じています。
Q. 京都大学が参加するEMJMではどのようなカリキュラムを提供していますか?
A. 私たちは、7つの大学で7つのスタディトラックを提供しています。まず、第1学期は全員がグラスゴー大学で6カ月間学び、第2学期はバルセロナ大学またはウプサラ大学(スウェーデン)で6カ月間学びます。2年目となる第3学期と第4学期は、エラスムス・ロッテルダム大学、ゲッティンゲン大学、ロスアンデス大学(コロンビア)+グラスゴー大学、京都大学の4つのコースから選択することができます。経済学やビジネスを学んできた学生もいれば、国際関係やジャーナリズムを専攻してきた学生もいて、多様なバックグラウンドを持つ学生が集まっています。そのため、カリキュラムは特定の分野でスキルを深めることに重点を置くというよりは、国際的かつ学際的なアプローチを重視しています。
Q. 世界的な知名度が高くない大学はEMJMにチャレンジするのは難しいでしょうか?
A. 相手に実質的なメリットを提供できれば、知名度は低くとも連携先に選ばれる可能性が高まると思います。その点で、日本という国は学生からの人気が高く、「日本で学べる」というのは非常に大きなポイントです。さらにEMJMのプログラムリストを見れば、幅の広いテーマがあり、多様な大学の組み合わせが可能だということが分かります。大学全体の国際的な知名度はあまり高くなくても、「このテーマや分野であれば非常に有益な教育を提供できる」と言える研究科は日本に多く存在するでしょう。むしろ、大規模な大学よりも、小回りの利く大学の方が連携しやすい面もあると思います。非常に細分化されたテーマの中で、世界に誇れるものが持っている大学であれば、十分に勝負できると私は思います。
「ジャン・モネ・アクションズ(Jean Monnet Actions)」は、欧州統合に関する研究・教育の普及を目指した助成プログラムで、EUに関する教育・学習・研究・討論を実施する学校や職業教育・訓練機関を支援している。このプログラムには、短期プログラムや授業を対象にした「ジャン・モネ・モジュール(Jean Monnet Modules)」、教授を対象にした「ジャン・モネ・チェア(Jean Monnet Chairs)」、大学の教育・研究機関を対象にした「ジャン・モネ・センター・オブ・エクセレンス(Jean Monnet Centres of Excellence)」(通称:ジャン・モネ CoE)がある。九州大学は2016年からジャン・モネCoEに参画しており、2020年からは2期目として、EUに関する教育、研究、アウトリーチ、学術交流などを実施。2024年12月からは新たに採択された3期目の活動を開始する。ジャン・モネ CoEに応募した目的や内容について同大学でEUセンター長を務める蓮見二郎教授に話を聞いた。
Q. ジャン・モネ CoEに取り組んだきっかけについて教えてください。
A. 日本におけるEU研究・教育、EUの普及活動、EUとの交流の促進を目的に、(東京に3カ所、関西に1カ所の)4つの学術拠点(EU Institute in Japan: EUIJ)が設立されていましたが、九州大学も2011年、西南学院大学、福岡女子大学と共に「EUIJ九州」を設立しました。しかしEUIJが一旦終了したため、これまでの取り組みを引き継ぎつつさらなる拡充を目指して、九州大学が単独でジャン・モネ CoEに参画することになりました。1期目は、教育、研究、アウトリーチ、学術交流など、EUに関わるさまざまな活動を実施しましたが、2期目ではそれを整理して体系化することで、テーマを明確化してリソースを集中させました。
Q. 現在はどのようなテーマに取り組んでいるのですか?
A. 主に3つのテーマがあります。1つ目は、英国のEU脱退後の単一市場やユーロ制度改革など、EU統合の内在的課題。2つ目は、日・EU経済連携協定(EPA)や英国のEU脱退後の両者の通商関係など、EUの対外的課題。3つ目は、持続可能な開発目標(SDGs)、資源・エネルギー問題、COVID-19への対応など、EUが直面する地球規模の課題です。この3つの体系化されたテーマに基づき、研究と教育を行うだけでなく、市民講座を設けて情報発信にも力を注いでいます。
新たに採択された第3期のジャン・モネCoEでは、特に本学の強みである「環境」と「市民社会(democratic citizenship)」の2つの領域について、これらEUの内在的課題・対外的課題・地球規模の課題の3つのレベルで研究・教育などを進めていく計画です。
Q. 教育および研究面での主な取り組みを教えてください。
A. 1期から現在まで、教育面で最も大きな取り組みは、学部と大学院の修士課程の両方に設置している「EU研究ディプロマプログラム」です。このプログラムでは、EUとヨーロッパに関連するさまざまな科目やコースを開設しており、その授業を履修し所定の要件を満たした学生には、ディプロマ修了証を発行しています。毎年約100人の学生がこのプログラムを履修し、その約5分の1が修了証を取得しています。また学部生と大学院生を対象にEU研修旅行も実施しています。
研究面では、研究者を集めたシンポジウムやセミナーを開催し、国内外の研究者とのネットワークを構築する支援を行っています。また、ヨーロッパで開催される国際学会で研究発表をする若手研究者に対して、渡航費や参加費の支援を積極的に行っています。すべての申し込みに対して行っているわけではありません。優れたプロポーザルを選抜することで、優秀な学生や研究者を派遣することに役立っています。
Q. EU研究を通じて日本は何を学ぶことができるか、ジャン・モネ CoEはどのように役立っていますか?
A. EUは非常に高い規範創造力を持ち、国際的なスタンダードを形成する意識が強いことが強みとなっています。日本もグローバルアクターとしてのEUを深く理解することで、日本社会に還元できることがあると考えています。
ジャン・モネ CoEは世界的に名の知れた助成プログラムです。このプログラムに参画しているだけで、国内外の研究者と連携しやすくなり、ネットワークを海外に拡げるために大いに役立っています。大学は「知の拠点」として、その研究や教育の成果を、市民講座などを通じて一般の人々に少しでも理解してもらうべきだと個人的には考えています。このようなパブリック・ディプロマシー(公共外交)とネットワークの広がりが、日本の立ち位置を世界で変えていくきっかけになるのではないかと思います。
Q. ジャン・モネへの取り組みを考える他大学へのメッセージをお願いします。
A. ジャン・モネCoEの手続きはかなりハードルが高いです。一つ目の課題は、大学とのマッチングファンドの問題です。大学も資金を供出する必要があるため、大学からの理解と支援を得ることが重要です。もう一つの課題は、申請が複雑である点です。EUには、ジャン・モネ CoEに関する優先事項があり、大学が提案する内容をそれに合わせる必要があります。ただし、優先事項とマッチさえすれば、自由に計画を立案できるのがジャン・モネCoEの魅力でもあります。
申請書の作成において、計画を具体的に記述しなければならないなど、申請書のすべての項目を埋めるだけでも大変です。初めて取り組む大学にとっては高いハードルとなるでしょう。さらに、申請した計画はすべて実施しなければならないという点も重要です。
九州大学が初めて応募した際には、先に経験があった神戸大学から多くのことを教えてもらいました。本気でジャン・モネCoEに取り組みたいと考える大学には、私たちがサポートを受けたのと同様に、お手伝いしたいと思っています。EUに対する情熱を持った人材を育成するためにも、ジャン・モネCoEに前向きに取り組んでいただき、国内での連携を深めていけたらと思います。
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