2021.8.26
FEATURE
2010年代に入り、衛星の打ち上げ回数や宇宙ミッションの数が世界的に急増。自前のロケットの打ち上げや宇宙ステーションの開発に着手する中国や、民間企業との連携で有人宇宙飛行を成功させた米国が存在感を示す中、EUは過去最大の宇宙関連予算を充当し、独自の宇宙開発を強化している。本稿ではEUの宇宙政策を紹介するとともに、専門家にその特徴を解説してもらった。
欧州連合(EU)がこれまでに開発してきた宇宙技術、宇宙データ、宇宙アプリケーションは、携帯電話やカーナビ、衛星テレビなどに活用され、欧州市民の日常生活に欠かせないものとなっている。また自然災害対策のほか、農業分野や輸送・エネルギーのインフラなどにも活用され、EUのさまざまな政策の実現をサポートしている。EUが宇宙開発を推進する目的も、気候変動をはじめとする喫緊の課題への対処に宇宙技術、宇宙データ、宇宙アプリケーションを活用し、EU市民に社会的・経済的恩恵をもたらすことにある。EUの主要な衛星システムは新型コロナウイルス感染症拡大の影響をさまざまな手法で観測しており、それを潜在的に抑制することにも利用されている。
EUの主要衛星システム
2016年10月、欧州委員会はEU初となる本格的な包括的宇宙戦略「欧州のための宇宙戦略(Space Strategy for Europe)」を発表。同戦略では、以下の4つの優先目標が明示された。
1. 宇宙が社会や欧州経済にもたらす便益の最大化
ガリレオが提供する、移動通信や自動車用のサービス、また、インターネットやコンピューターに不可欠な時刻同期を可能とするサービスの活用を促進する。また、新興企業も宇宙で取得したデータを利用しやすくすることで、できるだけ多くの欧州市民が宇宙のもたらす利益を享受できるようにする。
2. グローバルな競争力とイノベーションの強化
EUが提供する宇宙データの活用を促進し、新興企業が新たなサービスやアプリケーションを開発できるようにすることで、競争力のある革新的な宇宙産業の創出を可能にする。宇宙産業分野におけるイノベーションが新たな需要を掘り起こし、より多くの民間投資を誘発することで、宇宙分野における欧州の競争力やリーダーシップを強化する。
3. 宇宙利用における欧州の自律性の強化
安全かつ安心して、より主体的に宇宙空間にアクセスするための、費用対効果と信頼性が高く、競争力のある衛星打ち上げサービスの開発を支援し、宇宙利用における欧州の自律性を強化する。
4. 国際舞台での欧州の役割強化
世界各国の宇宙へのアクセスや宇宙利用は国際的なルールやガバナンスがあって初めて、持続可能であることが保証される。そのためにEUは、宇宙での責任ある行動に関する国際原則の推進など、宇宙分野での国際協力における役割を強化していく。またEUは日本との協力も拡大したいと考えており、パリ協定(気候変動対策の国際枠組み)の実施支援のため、地球観測データの共有や地球環境観測の連携を推進していく。
欧州の航空産業界は、「欧州のための宇宙戦略」がビジネスイノベーションを生み出す機会の創出につながると評価した。この野心的な宇宙戦略は、2021年4月に採択された「宇宙計画2021~2027」(後述)へとつながった。
2018年6月、欧州委員会は、EU宇宙戦略の優先目標を追求する7カ年の「Union Space Programme (EU宇宙計画)2021-2027」の制定規則を提案した。EUの立法機関であるEU理事会と欧州議会は提案の審議を重ね、2021年4月に総額148億ユーロを拠出するこの宇宙計画制定規則(※1) を採択、同規則は2021年1月1日にさかのぼって適用が開始された。
この規則は、EUの全ての宇宙活動――既存のコペルニクス、ガリレオ、エグノスの旗艦3システム、および政府衛星通信(GOVSATCOM)と宇宙状況認識(SSA)の2つの新たなシステム――をEUレベルの単一の宇宙計画の下にまとめている。同規則により、EUレベルでの連携を改善し、ガバナンスを簡素化・合理化し、あらゆる相乗効果と水平的活動を十分に生かしていく。
さらに、宇宙データやサービスの持つ大きなポテンシャルを活用することを重視しており、宇宙活動のダウンストリーム(宇宙インフラの活用や宇宙関連のエンドユーザー向けサービスなど)の活性化や、ユーザーや市場の取り込み、高付加価値のアプリケーションやサービスの開発を推進していく。
同規則により創設されたEUの新しい専門機関「EU宇宙計画機関(EUSPA=European Union Agency for the Space Programme)」は、既存の「欧州GNSS機関(GSA=European GNSS Agency)」を置き換えて拡充したもので、新たな宇宙計画の実施を担保するとともに既存の運用サービスの継続性を確保する。特筆すべきは、EUSPAが宇宙分野における全てのEU活動のセキュリティ認定(security accreditation)を担うという点である。EUSPAは、ガリレオやエグノスのユーザーや市場への導入を促進してきた前身機関GSAの経験を生かし、他のEU衛星システムやダウンストリーム・アプリケーションに関するユーザーの導入推進にも責任を持つ。
新宇宙計画の下、既存のガリレオやコペルニクス、エグノスからのデータやサービスは、EUの市民・ビジネス・公的機関の利益に資するよう、引き続き無料かつオープンな形で利用できる。一方、新宇宙計画の新たな取り組みであるGOVSATCOMは信頼性の高い安全な衛星通信を公的機関に提供し、SSAは危険な物体や状況を監視・追跡・回避することで、宇宙、安全保障、防衛の連携を強化する。
なお、欧州委員会の中で、本宇宙計画を先導するのは防衛産業・宇宙総局(Directorate-General for Defence Industry and Space=DG DEFIS)である。DG DEFISは、EUの宇宙計画を実施するために、EUSPA、欧州宇宙機関(ESA)(※2) 、欧州気象衛星開発機構(EUMETSAT)(※3) などのパートナーやEU加盟国と緊密に協力している。
EUの宇宙計画は、EUの研究・イノベーション助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」(対象期間:2021〜2027年)と整合性があり、相乗効果も高いものとなっている。この2つが連携しながら機能することで、競争力のある革新的な欧州の宇宙部門が育成され、安全で安心な環境での宇宙へのアクセスと利用における欧州の自律性が強化され、グローバルアクターとしての欧州の役割が強化される、と宇宙計画に規定されている。
ホライズン・ヨーロッパの7年間の予算総額は955億ユーロ。このほど2021~2022年のワークプログラム(事業計画)が発表され、公募が始まった。具体的な支援対象としては「宇宙システムの競争力の促進」「宇宙へのアクセスに対するEUの能力強化」「ガリレオ・コペルニクス・エグノスのアプリケーション開発」などが挙げられている。
宇宙研究は日本との共同研究による成果が嘱望される分野である。EUは、日本の多数の研究機関にホライズン・ヨーロッパへの参加を勧めたいと考えている(※4) 。
ホライズン・ヨーロッパの前身プログラムの「ホライズン2020」(2014〜2020年対象)は「IRENA(大気圏再突入に向けた実証機の開発)」「THOR(未来宇宙輸送の熱保護における革新的な熱管理コンセプト)」「HIKARI(未来航空輸送における高速基盤技術)」などの宇宙分野における日・EU共同研究を支援しており、多くの成果を上げてきた。
欧州委員会は、ガリレオやコペルニクスに次ぐ第3のインフラとして、宇宙をベースとした接続(コネクティビティ)システムを迅速に開発するという欧州のニーズを満たすための、新たなイニシアティブを検討している。
この宇宙ベースの接続イニシアティブは、現在および将来の重要なインフラを強化し、それらインフラ同士をつなぐ。これにより、欧州全域に高速のブロードバンドとデジタルサービスが提供され、独立した安全な方法で、不感地域(電波の届かない空白の領域)をなくし、加盟国の領土間の結束を確保することが可能になる。
宇宙開発の歴史には3つの局面があると思っています。第1は冷戦化の米ソが競い合いながら開発を進めた黎明期で、どちらが優れた政治体制なのかを示すために国家主導で行われました。しかし、1969年にアポロ11号が月に着陸したのをピークに、宇宙開発の目的が多様化する第2局面に入っていきます。スペースシャトルなどが頻繁に宇宙に行くことで宇宙産業が活性化するともに、国際的なプロジェクトとして国際宇宙ステーション協力計画(ISS計画)がスタート。放送衛星、通信衛星、気象衛星、GPSなどの実用的な衛星サービスがもたらす生活の変化が積極的に社会に浸透していきました。
現在は3つ目の局面に入っており、4つの特徴があります。1つ目が民間のベンチャー企業が宇宙開発に参入するなど、宇宙の「商業化」が始まったこと。2つ目がインドや中国をはじめ世界で宇宙開発に参入する国が増加したこと。アフリカでも20以上の国が自国の衛星を持つなど、宇宙が「民主化」しています。その一方で、さらに進んでいるのが3つ目の特徴である「軍事化」です。現代の軍事戦略では衛星による測位がますます重要になっており、宇宙空間を安全保障上の理由で利用するケースが増加しています。4つ目が、グローバルな課題として共有されている宇宙の「脆弱化」です。宇宙産業が活性化する一方で、宇宙空間でセキュリティをどのように確保していくのかが世界の関心時になっています。
そうした中で欧州の宇宙開発の特徴は、EUの主要な政策を実現することに焦点が当たっていることです。例えば米国はGPSを軍事目的で開発・運用してきましたが、欧州のガリレオは測位のほかナビゲーションや時刻参照等、民生用に広く活用できる社会インフラの整備を目的に開発されており、環境に優しい交通システムの検討などに活用されています。コペルニクスにしてもEUの防災、海洋、森林に関する政策と連動している。つまり、衛星を活用する国や事業者と連携しながら開発・運用を進めているのがEUの特徴です。一方で、投資活動が盛んな米国と違い、ベンチャー企業の参入が遅れており、「商業化」への対応が一つの課題です。
EUの「宇宙計画2021~2027」で注目すべきキーワードは「コネクティビティ」です。データが重要な役割を担っている現代社会では、通信のコネクティビティが欠かすことのできない産業基盤となっており、EUが掲げている「データ通信の確保」というテーマもそうした文脈に沿ったものになっています。EUは宇宙開発の第2局面で最も力を付けたグループの一つ。実用に即した宇宙開発に関してEUもESAも豊富な経験を有しています。この知見を生かし、地球をつなぐ質の高いインフラを提供することで、新たなサービスを育成できるようになると期待しています。
今や宇宙を活用できなければ生活が成り立たない時代になってきていますが、世界を見渡せばまだそのメリットを享受できていない地域もある。そうしたところにどのようにインフラを提供していくのかというのもグローバルな課題で、その解決に向けても欧州への期待が大きくなっています。
鈴木一人●東京大学公共政策大学院教授
1970年生まれ。2000年英・サセックス大ヨーロッパ研究所博士課程修了。専門は国際政治経済学。日本EU学会所属。2008年から北海道大学準教授、2012年4月から北海道大学大学院法学研究科教授。2015年4月から北海道大学公共政策大学院教授兼北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター共同研究員。2020年10月から東京大学公共政策大学院教授。専門は国際政治学、国際政治経済学、EU研究。
※1 規則の正式名称は「Regulation (EU) 2021/696 of the European Parliament and of the Council of 28 April 2021 establishing the Union Space Programme and the European Union Agency for the Space Programme and repealing Regulations (EU) No 912/2010, (EU) No 1285/2013 and (EU) No 377/2014 and Decision No 541/2014/EU」。全文はこちら(英語)
※2 欧州宇宙機関(ESA)は22のEU加盟国からなる国際機関。本部はパリ。EUの機関ではない。
※3 欧州気象衛星開発機構(EUMETSAT)は欧州の30カ国が加盟する国際機関。本部はドイツ・ダルムシュタット。EUの機関ではない。
※4 ホライズン・ヨーロッパの公募の詳細はこちら(英語)
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