2019.8.29

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過去5年間の実績を振り返り、欧州の将来像を探る

過去5年間の実績を振り返り、欧州の将来像を探る

欧州委員会はこのたび、2014年~2019年の間にEUが成し遂げた実績として、日本やカナダとの貿易協定締結や、気候変動対策のパリ協定合意などを挙げつつ、やり残した課題を明確化し、将来を見据えるための報告書をまとめた。同書に含まれた上位20の実績のうち10項目を解説し、本年秋から新体制がスタートするEUの今後を展望する。

5年前に公約した政策課題の実施状況を検証

5月9日は、欧州連合(EU)の創設につながった「シューマン宣言」を記念するヨーロッパ・デー。この日、EUと英国を除く27加盟国の首脳たちは、EUの次期5年間の戦略的課題を討議するため、輪番議長国ルーマニアの都市シビウに集まった。

この会合の開催にあたり、欧州委員会は『2019年5月時点の欧州(Europe in May 2019)』と題して、過去5年間の歩みを振り返り、現状分析やEUの実績の検証結果や残存する10の課題を明文化した報告書を発表した。同報告書は、2017年9月に開始した「欧州の将来」を多面的に捉えるプロセスの一環であり、「不確実さが増す世界における、より統合された、強力で、民主的な連合の準備」との副題のとおり、かかる議論のために作られた。

本年のヨーロッパ・デーに開催された会合で、次期5年間の戦略的課題を討議するEUおよび英国を除く27加盟国の首脳(2019年5月9日、ルーマニア・シビウ)
© European Union, 2019

日本や国際社会にも大きな意義のあるEUの実績

本稿では、同報告書で総括された20の実績(下の図表を参照)の中から、EU域内だけでなく国際社会、また日本にとっても重要と考えられる10項目を選んで解説する。

EUが成し遂げた上位20の実績リスト(2014年~2019年)

1. 欧州戦略投資基金(EFSI)
2. 安定・成長協定(Stability and Growth Pact=SGP)の柔軟運用
3. ギリシャのユーロ圏脱落回避
4. パリ気候協定
5. 使い捨てプラスチックの禁止
6. 日本およびカナダとの貿易協定
7. EU・米共同声明(2018年7月25日)
8. EU・トルコ声明
9. 難民再定住策とEU地域信託基金
10. EU対外国境警備
11. アフリカのためのEU緊急信託基金と欧州対外投資計画
12. 新しいEUの市民保護メカニズム「rescEU」(大災害時の市民保護強化計画)
13. 一般データ保護規則(GDPR)
14. ローミング料金撤廃
15. 域内他国への労働者派遣指令(1996年)の改革と欧州労働庁
16. 欧州検察庁
17. ガス指令の改革
18. 常設軍事枠組み協力(PESCO)と欧州防衛基金
19. 北マケドニア協定
20. 欧州市民イニシアチブの改革

欧州戦略投資基金(EFSI)

2014年10月に就任したジャン=クロード・ユンカー委員長は、長らく低迷していた財政・経済状況から脱し、新たな雇用と健全な成長を創出するための「欧州投資計画(別称:ユンカー・プラン)」を発表。その中核に位置付けられたのが「欧州戦略投資基金(European Fund for Strategic Investments=EFSI)」だ。その目的は、障壁を取り除いて投資を増加させ、投資プロジェクトに技術的援助を与え、公的保証を介して民間投資を動員し、限られた公的資金をより有効に活用することだった。

この政策が功を奏し、欧州経済は6年連続で成長。EFSIはインフラ整備、基礎研究、再生可能エネルギー、環境、デジタル技術、社会改善などの分野で、総額3,926億ユーロに上る中小企業向け投資を実現させた。2020年の目標は5,000憶ユーロで、EU全体で140万もの新規雇用をもたらす見込み。この成功を土台にEUの次期多年次財政枠組み(2021年~2027年)では「The InvestEU Programme」が計画される予定だ。

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ギリシャのユーロ圏脱落回避

ギリシャの債務危機脱出への支援として2014年~2020年の予算期のあらゆる資金プログラムを駆使して、350億ユーロを投入。ギリシャの雇用醸成、経済成長および投資喚起を断固として推進した。同時に、欧州金融安定化メカニズム(European Financial Stabilisation Mechanism=EFSM)から70億ユーロの短期融資を行い、同国のユーロ圏からの脱落を防いだ。2015年に欧州委員会はギリシャ社会に必要な行政支援のための新たな組織、「構造改革支援サービス」を開設。2018年8月にギリシャは、3年間にわたる総融資額619億ユーロの安定支援プログラムから卒業した。現在、ギリシャ経済は過去10年で最高の約2%で成長しており、失業率は最高時に比べれば著しく減少している。EUの支援が最大限に生かされ、改善が確実に続行されるよう監視が強化されている。

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パリ気候協定

2015年12月の気候変動に関するパリ協定を合意に導くために、EUは強いリーダーシップを発揮した。その内容は極めて野心的で、「次世代に、より健全で、繁栄した、近代的で、公正な社会を残そう」を目的に、世界の195カ国が賛同した歴史的な合意となった。EUは、パリ協定で約束された内容に到達するための措置を既に完全に法制化した唯一の大経済圏であり、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で40%を削減し、温暖化ガス排出をゼロにする「気候中立」な経済を目指す。これは欧州の繁栄と、持続可能な循環経済に備えるための投資である。

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© Pixabay

使い捨てプラスチックの禁止

年間2,500万トンと推定されるプラスチックごみを削減し、現在約30%にすぎないプラスチックのリサイクル率を向上させようと、EUは世界で初めて、包括的なプラスチック戦略を採択。その一環として2019年5月、海岸のごみとして最もよく見られる10のプラスチック製品および放棄漁具を厳しく取り締まる施策を導入した。具体的には、代替品が存在する使い捨てプラスチック製品(綿棒、カトラリーや食器、ストローやマドラー、風船の柄など)の禁止など。これにより、二酸化炭素換算で340万トンの排出を抑制し、海洋プラスチックごみを削減し、真の循環経済に近づくとしている。

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日本およびカナダとの間で締結された貿易協定

日本との間で交わされた経済連携協定(Economic Partnership Agreement=EPA)は、それまでEUが締結した貿易協定の中で最大であり、また初めてパリ協定へのコミットメントを盛り込んだものとして意義深い。2019年2月1日に発効したこの協定により、人口6億人以上を擁し世界のGDPの3分の1近くを占める大きな自由貿易圏が構築された。日本との間ではその後、データ保護制度に関する相互の「十分性認定」も完了し、これにより最高レベルの保護を担保する世界最大の自由データ移転領域も実現した。

また、EUはカナダとの間でも現代的な貿易協定を締結し、同国の製品やサービス市場、また公共調達市場が欧州企業に開放される一方で、欧州の労働者の権利や環境基準は引き続き順守されることになった。

この2つの貿易協定は、欧州の企業に最大15億9,000万ユーロの関税節約効果をもたらすと見込まれている。

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難民再定住策とEU地域信託基金

2015年以来、EUの再定住プログラムは世界で最も困難な状況に置かれている5万人以上の人々をEU域内で保護してきた。EU加盟国はヨルダン、レバノン、トルコなどに滞在するシリア難民やリビアからの難民などを優先対象とすることにした。EUはまた、イラク、ヨルダン、レバノン、トルコなどに滞在する200万人以上のシリア難民に対し、教育、保護、健康、社会経済的な支援を提供する46のプロジェクトに対し、地域信託基金から15億ユーロを拠出している。

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EU対外国境警備

EUは2004年に欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)を設立し、不法移民の取り締まりや国境の監視などを通じて加盟各国の国境管理を支援してきたが、「アラブの春」やシリア内戦の長期化を受け、対外国境警備を強化する必要性が高まった。ユンカー委員長率いる欧州委員会は、FRONTEXの活動範囲と権限を拡大し、2016年に欧州国境沿岸警備機関(European Border and Coast Guard Agency)を発足させ、1,600人以上の警備隊員をブルガリア、ギリシャ、イタリア、スペインで対外国境警備に充当した。2021年までに、自前の装備を持つ警備隊員を5,000人体制に、また遅くとも2027年までには1万人体制に増強するとともに、難民の帰還を促すための任務を強化することになっている。

一般旅行者にとって便利で安全なEU国境の実現を目指す改革にも着手した。「出入域システム」によって正規の旅行者の手続きは迅速化される一方、疑わしい人物は特定されやすくなる。また、欧州渡航情報認証制度(European Travel Information and Authorisation System=ETIAS)を導入し、日本人を含む査証(ビザ)が免除された短期渡航者が、効率よく事前入国審査の申請を行えるようにする。出入域システムは2020年までに運用開始、ETIASは2021年の導入の予定だ。

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一般データ保護規則(GDPR)

2018年5月25日に発効した一般データ保護規則(General Data Protection Regulation=GDPR)は、欧州をデジタル時代に適応させたばかりでなく、個人情報保護に関する新たな国際標基準を作り上げた。全EU加盟国に拘束力を持つこの法律によって、データ保護に関する市民の基本的権利が守られ、煩雑でお金のかかる手続きを取らなくても、個人や企業が各加盟国でデジタル単一市場のメリットを最大に享受することが可能となった。その経済効果は毎年23億ユーロ相当と見積もられている。

EU市民は、自身のデータにアクセスする権利、それを訂正する権利、「忘れられる権利」、データポータビリティに関する権利など、より強い権利を獲得。違反者には厳しい制裁を科すことにより、EU市民の個人データが不正利用から守られることとなった。ビジネスにとっては、GDPRに準拠すべきルールの透明性と一貫性が担保され、消費者の信頼を取り戻すことができる。国際的には、EUは個人データ保護に関するルール作りの先駆者となり、日本と共に世界最大の自由で安全なデータ移転領域を構築したほか、アルゼンチン、ウルグアイ、カナダ、メキシコ、インド、イスラエル、米国カリフォルニア州、そしてニュージーランドが、EUの基準に準拠したプライバシー保護法の策定を始めている。

GDPR発効以降、2019年1月までの間に、欧州のデータ保護当局には95,180件もの苦情が寄せられた。違反した場合には高額の罰金が科せられ、例えばオーストリアでは、競馬やサッカーなどのスポーツ賭博が行える店が監視ビデオを違法に使用したことで5,280ユーロ、ドイツではSNS運営会社がユーザーの個人データを安全に管理しなかったことで2万ユーロ、フランスではGoogle社が広告への同意を求め損ねたことで5,000万ユーロの罰金を科されている。

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常設軍事協力枠組み(PESCO)と欧州防衛基金

防衛分野での加盟国間の協力が欠如していたことで、毎年250憶~1,000億ユーロもの無駄な経費が生じているとの試算がある。例えば、米国に30ある兵器システムが欧州には178もあるために、防衛支出は極めて非効率的となっている。EUが安全保障と防衛の分野にも踏み込んで欧州統合を進める必要から、EU加盟25カ国が参加する「防衛のための常設軍事協力枠組み(Permanent Structured Cooperation=PESCO)」が2017年末に立ち上げられた。第一弾の共同プロジェクトには欧州防衛基金から、暗号解読やドローン技術といった分野で、国境を越えた最新鋭の防衛技術と装備開発のための予算が投入されている。

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北マケドニア協定

2018年6月、ギリシャと北マケドニア共和国(現国名。略称:北マケドニア。旧名:マケドニア旧ユーゴスラビア共和国)は、名称などにおける見解の相違を巡り和解する二国間合意「プレスパ合意」に達し、北マケドニアはこの合意が発効したことをEUに対して2019年2月に正式に通告した。これにより、同地域で最古の紛争の一つが解決したことになる。EUの西バルカン戦略の後押しがなければ実現しなかったであろうこの歴史的合意を、EUは強く支持するとともに、欧州の明るい前途を示すものと捉えている。

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積み残された課題とEUの将来

一方、今般の報告書では、取り組み始めたものの完遂できなかった10の課題についてもまとめられている。例えば、次期多年次財政枠組み(2021年~2027年)予算の合意、移民・難民に対する共通庇護制度の改革、eプライバシー(オンライン上の個人情報保護)の強化、シェンゲン圏(国境検査を廃止した欧州の26カ国からなる区域)のルールを今日の状況やニーズに適合させることなどが含まれる。

報告書はその前書きで、「欧州における共産主義の終焉とベルリンの壁崩壊から30年、そしてEUの歴史的拡大から15年、EUは欧州と国際社会の平和、安定と繁栄に貢献してきた。強権的で内向きな自国第一主義が強まる中、EUは断固として、民主主義、法の支配、基本的人権を標榜する。これこそが欧州が希求する永遠の価値であり、EUを世界に類を見ないモデルとしてきた。欧州がこのまま前進し続けるには、加盟国が団結して臨むしかない。一丸となってのみ、世界全体に影響を及ぼすことができるだろう」(要約)と強調している。

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