2016.5.26
FEATURE
海外旅行の人気観光スポットとして常に上位に来るのが、文化遺産を身近に感じることができる博物館や美術館。「大英博物館」(英国)や「ルーブル美術館」(フランス)など名立たる博物館や美術館が数多くある欧州には、「収集・所蔵」という伝統的な役割を超え、革新的な展示や取り組みによって社会に貢献する博物館(美術館を含む)を表彰する「欧州年間最優秀博物館賞(European Museum of the Year Award)」(以下、欧州博物館賞)がある。どのような博物館が受賞するのか、4月に発表された2016年の受賞博物館を中心に紹介しよう。また、文末では欧州における博物館の歴史や現状にも触れる。
欧州博物館賞は欧州47カ国によって構成される欧州評議会※1の支援の下、独立非営利組織「欧州博物館フォーラム(The European Museum Forum=EMF)」が1977年から運営してきた。クリエイティブな展示で訪問者を魅了し、社会に貢献した博物館が選ばれる。また、欧州だけでなく国際的な視点からみて、博物館の新たなあり方を提案しているかどうかも評価するため、博物館を対象とした表彰の中でも権威ある賞の一つになっている。
記念すべき第1回(1977年)は、英国の「アイアンブリッジ峡谷博物館」が選ばれている。ユネスコの世界文化遺産に登録されているこの地域は、鉄と石炭と蒸気機関に代表される産業革命が生まれた場所と言われており、複数の建物を博物館に利用し模型展示などを駆使してその歴史を今に伝えている。また、当地は世界初の鉄橋が建設されたことでも知られている。
4月9日にスペインのサン・セバスティアン近郊にあるトロサ国際人形劇センターで開催された2016年の授賞式には、29カ国から200人以上の関係者が集まった。欧州24カ国から49館の候補が集まった本年の欧州博物館賞は、ワルシャワのポーランド・ユダヤ人歴史博物館(Museum of the History of Polish Jews=POLIN、公式サイト )が受賞、代表者に20世紀の英国を代表する芸術家・彫刻家のヘンリー・ムーア作の「The Egg」と呼ばれるトロフィーが授与された。
かつては活気溢れるユダヤ人街で、後にワルシャワ・ゲットー※2となった一角に2013年に建てられた近代的な博物館は、この地への移住以来、1,000年に及ぶユダヤ人の歴史と、地域および欧州において果たした彼らの役割を紹介している。往時のユダヤ人街を再現したジオラマや17世紀のシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の内部の復刻など、8つの主要セクションがユニークな展示方法を取り入れている。
欧州博物館フォーラムは受賞理由を「博物館が建っている土地では、ユダヤ人とその他の民族の間で衝突と協調、そして融合を繰り返す共生の歴史が刻まれてきた。その共生関係がなぜ突然失われ、ユダヤ人とその文化を根絶やしにする寸前まで追い込んだのか? ポーランド・ユダヤ人歴史博物館はこの疑問と向き合い、考えるための貴重な場を幅広い聴衆に向けて提供している」と述べている。
授賞式では、欧州文化遺産の保存やプロモーションに貢献した博物館に与えられる「欧州評議会賞」、ボランティアを含めた地域コミュニティーにおける博物館の優れた活動に対して贈られる「シレット賞」、従来の博物館の枠組みに大胆に挑戦した博物館に贈られる「ケネス・ハドソン賞」などの各賞も発表。審査員特別奨励賞も6博物館に贈られた。
ちなみにシレット賞とは、英国・マン島に拠点を置くシレット信託がスポンサーとなっている賞で、その創設者レジナルド・エルネスト・シレットは欧州博物館フォーラムの設立当初より活動を支えた人物。ケネス・ハドソン氏は、産業考古学のパイオニアであると同時に、欧州の博物館界で活躍し、欧州博物館フォーラムと欧州博物館賞を創設した。以下では、各賞受賞館を紹介する。
欧州連帯センターは、教育や学術研究の中心として、またアーカイブ施設、マルチメディアライブラリー、NGOの会議場など、幅広い役割を担う博物館。同センターが建っている場所はポーランドの民主化運動発端の舞台となったグダンスク造船所に隣接しており、運動を率いた労働組合「連帯」※3の名が冠せられた同センターは、その記念碑的な役割を担っている。常設展では仕事場での労働者の様子や、「連帯」運動に参加した人々の紹介、「連帯」運動によるポーランド民主化の物語を豊富な情報と資料によって伝えている。
ドナウ川沿いのエルツ城に併設されたヴコヴァル市博物館は、旧ユーゴスラビア紛争(内戦)で壊滅的なほどに破壊され、展示施設を失った。しかし、博物館としての活動が終焉したわけではなく、それを指して「亡命中の博物館」と呼ばれた。紛争が終結した1997年以降、「亡命」から戻ってきた同館は、社会的・文化的な生活再建の柱となった。紛争から未だ17年しか経ってはいないが、復興を遂げたヴコヴァル市博物館は軍事的な活動や報復の精神ではなく、人々が受けた苦しみや平和維持の必要性を訴え、二度と起こしてはならない悲劇を伝える場となっている。
アムステルダムにあるマイクロピアは微生物の世界をエレガントな展示で紹介するユニークな博物館。微生物の動物園とも呼ばれており、同館が所有する微生物コレクションを一般公開するために先進的な顕微鏡技術を導入し、展示情報を効果的に伝えるための趣向が凝らされている。また展示だけでなく、科学者が実際に働く研究所の様子も公開されている。
ビブラクテ博物館(フランス)
テゲア考古学博物館(ギリシャ)
BZ ’18-’45ひとつの瞬間、ひとつの都市、ふたつの独裁政権:戦勝記念碑内での恒久展示(イタリア)
国立軍事博物館(オランダ)
科学博物館・情報化時代ギャラリー(英国)
ウィットワース美術ギャラリー(英国)
欧州博物館フォーラムのサイトでは既に2017年の公募がスタートしている。40年もの歴史ある賞のおかげで、欧州の博物館シーンにますます注目が集まりそうだ。
博物館に対する幅広い理解が醸成されている欧州
英国の大英博物館、フランスのルーブル美術館、オーストリアのウィーン自然史博物館、ヴァチカン美術館など欧州各国には百年以上の歴史のある博物館が数多く存在する。博物館の数は、英国約1,700、スペイン約1400、フランスは意外に少なく約300だが、ドイツには約6,300の博物館があり、年間訪問者数は1億1,000万人以上に上る。人口比で最も博物館が多い国はスイス。人口800万人に対して約1,100の博物館があり、欧州の中でも突出した数を誇っている。
欧州の博物館の歴史を紐解くと、その起源は15世紀頃から欧州で広まった「ウンダーカンマー」にさかのぼる。ウンダーカンマーはドイツ語で「驚異の部屋」を意味し、王侯貴族が世界各地から集めた珍品の数々を陳列する一種の個人コレクションルームだった。現在の大英博物館の前身もウンダーカンマーの一つ、医師であり博物学者でもあったハンス・スローン卿のコレクションを核にして始まったと言われている。
18世紀に入ると博物館は公共性を帯びるようになり、近代的な博物館が開館する。大英博物館(1753年設立)やルーブル美術館(1793年設立)、イタリアのブレラ美術館(1809年設立)などが開館したのもこの頃で、博物館は美術品や文化財、生体標本などのコレクションを収集するとともに、幅広く一般市民にも公開され、教育・文化の場として発展していく。当時の著名な建築家ジャン・ニコラ・ルイ・デュランは「博物館は公共の財産、人智の最も貴重な宝庫、研究の殿堂である」と定義している。
博物館を訪れる人は増え続け、観客層が広がるとともに娯楽性も加味されるようになり、人々の興味を満たすために博物館はますます多様化してきた。時代の変化とともに博物館を取り巻く環境も変化してきたが、博物館は文化遺産を記憶する場所として、いつの時代にも欧州の人々にとって身近な存在であり続けている。特に近年の文化遺産への関心の高まりとともに、博物館は欧州のみならず、世界各国の文化や伝統の多様性、知識の伝達や文化交流を表す場所として、再び注目を集めている。
参考文献
カトリーヌ・バレ、ドミニク・プーロ著/松本栄寿、小浜清子訳 『ヨーロッパの博物館』雄松堂出版、2007年
欧州博物館フォーラムの公式サイト
※1 ^ 主に人権や民主主義、法の支配の分野で国際社会の基準策定を主導する欧州の国際機関の一つ。1949年に創設された、EUや欧州理事会とは全く別の機関。現在の加盟国はEU全加盟国にトルコやロシア、旧ユーゴ諸国などを加えた47カ国。日本も1996年よりオブザーバー国として参加している。
※2 ^ 第二次大戦前のワルシャワは欧州で最も多くユダヤ人が暮らす都市だったが、ナチスドイツによって破壊された。ゲットーはナチスが設置したユダヤ人隔離地域のこと。ワルシャワ・ゲットーは数あるゲットーの中でも最大規模のものだった。
※3 ^ グダニスク造船所の独立自主管理労働組合「連帯」は。社会主義国の中で初めて結成された労働組合。連帯が労働争議を行ったことがきっかけで、ポーランド民主化運動が始まり、連帯はその後。同国民主化において主導的な役割を担った。
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