2025.11.18

FEATURE

欧州の情報空間を外国干渉から守るーEUのFIMI対策

欧州の情報空間を外国干渉から守るーEUのFIMI対策

ウクライナへの本格的侵攻と侵略を後押しした、ロシアによる情報操作・干渉、新型コロナ禍での偽情報の拡散、人工知能(AI)によるディープフェイクの台頭などを受け、欧州連合(EU)は欧州および世界の情報空間の健全性を守り、外国勢力による干渉を阻止するための取り組みを強化している。

その取り組みは単なる偽情報対策にとどまらない。近年、EUは情報の「内容」だけでなく「行動」を重視する方向にシフトしている。つまり、「どんな情報か」だけでなく、「誰が」「どのように」発信しているのかにも注目しているのだ。こうしたアプローチによって、外国勢力がEUの安全保障や外交政策の目標を脅かそうとする行為を未然に防ぎ、早期に察知し、抑止することを目指している。

FIMIとは何か―進化する脅威

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や動画共有プラットフォームの普及によって、情報は一瞬で世界中に広がるようになった。一方で、虚偽または意図的に操作された情報の量も急増している。例えば、ロシアによるウクライナ侵略を正当化するキャンペーン、新型コロナウイルスのワクチンや治療法に関する偽情報、移民問題やエネルギー政策をめぐる極端な主張などが、SNSで大量に拡散された。こうした情報は、人々の不安や不信感をあおり、EU市民の間に社会的・政治的な分断を深めることを狙って作り出されたものである。

EUの外交と安全保障政策を担当する欧州対外行動庁(European External Action Service=EEAS)は、こうした問題に対処するため、「外国による情報操作と干渉(Foreign Information Manipulation and Interference=FIMI)」という概念を提唱している。FIMIとは、国家または非国家の主体によって、意図的かつ組織的に情報空間を操作しようとする行為を指す。その目的は、多くの場合、民主主義制度や選挙の公正性、市民の信頼を低下させ、社会の分断を深めることで、標的とする国や組織の国際社会での立場および政策遂行能力を損ねることにある。

EUはFIMIを「安全保障および外交政策上の脅威」と明確に位置付け、法的措置、能力構築、国際社会との連携といった多角的なアプローチを推進している。

FIMIの典型的な手法には以下が挙げられる。

  • 特定の主張を拡散するために、偽アカウントやボット(特定の作業を自動で行うプログラム)を使う
  • 信頼できる報道機関を装ったウェブサイトを作り、虚偽情報を発信する
  • AIで生成した偽画像やディープフェイク動画を拡散する
  • 同一の内容を複数の言語やプラットフォームで同時に発信し、拡散力と影響力を最大化する

こうした手法は、一般の人々が見抜くのが難しく、国家の直接的な関与が見えにくい。そのため、FIMIへの対処には高度な分析能力に加え、社会全体のレジリエンス(強靭性)を高め、攻撃者側のコストを引き上げるための強力な対抗手段が求められる。

EEASが発行する「FIMIの脅威に関する年次報告書(Annual Reports on FIMI Threats)」では、こうした脅威の実態をより詳しく分析。2025年3月に公表された最新の報告書では、外国勢力がEUおよびそのパートナー諸国の情報空間を操作・干渉するために利用しているデジタル基盤の全体像を明らかにしている。モルドバやアフリカにおけるロシアの活動を詳細に分析するとともに、ロシアと中国を主要な脅威アクターとして指摘している。

EUのFIMIへの対応

EUは2016年に採択した「ハイブリッド脅威に対抗するための共同枠組み(Joint Framework on Countering Hybrid Threats)」の中で、FIMIをサイバー攻撃や選挙干渉と並ぶハイブリッド型の安全保障リスクとして正式に認定。2018年には「偽情報対策行動計画(Action Plan Against Disinformation)」を策定し、加盟国間で情報を共有するための緊急警報システム(Rapid Alert System)や、EEAS内に設置されたFIMI対応中核組織「東方パートナー諸国向け戦略的コミュニケーション対策室 (East Stratcom Task Force)」など、早期対応の仕組みを強化した。

同時に、大手オンラインプラットフォームに対する規制も進めてきた。2018年には、テクノロジー企業が自主的に偽情報対策に取り組むための枠組みとして「偽情報に関する行動規範(Code of Practice on Disinformation)」を導入。2022年にはこの規範を強化し、法的拘束力を持つ「デジタルサービス法(Digital Services Act:DSA)」と整合、2025年 2月DSAに正式に組み込まれた。これにより、FacebookやX(旧Twitter)といった「超大規模オンラインプラットフォーム(VLOPs)」は、FIMIを含む体系的リスクを評価し、是正する義務を負うようになった。こうしてEUの偽情報対策は、「自主的努力」から「法的義務」へと転換したのだ。

NATOサイバー防衛協力センター(CCDCOE)主催のサイバー防衛演習「ロックド・シールズ2025」には41カ国から4,000人以上が参加。偽情報対策にも取り組んだ(2025年5月6日、エストニア・タリン)©European Union, 2025

近年、EEASの「情報インテグリティ・FIMI対策部門(Information Integrity and Countering FIMI Division)」は、特にロシアや中国による活動を中心に、FIMIを検知・分析・対応設計するためのさまざまな手法を開発してきた。FIMI対策には、まず脅威を正確に理解することが不可欠である。そのためにEEASは、従来の「コンテンツ(内容)」中心の分析から一歩進め、敵対勢力が用いる操作手法や行動パターンに着目した分析モデルを構築。「誰が」「何を」「いつ」「どこで」「どのように」といった視点から追跡・分析することで、背後にいる勢力や手口、標的となった人々への影響を可視化している。

FIMIツールボックス

2022年に発表されたEUの安全保障指針「戦略的コンパス(Strategic Compass)」では、既存および新規の対策を以下の4つの柱に基づいて整理した包括的な「FIMIツールボックス」を提唱した。

状況認識(Situational Awareness) : FIMI活動の監視、検知、分析
レジリエンス強化(Resilience Building) : あらゆる分野におけるFIMIへの耐性向上
妨害と規制(Disruption and Regulation) : 技術的・制度的手段によるFIMI活動の妨害と加害者の代価引き上げ
対外行動(External Action) : 外交および国際連携を通じたFIMI主体の可視化と協調的対応

FIMIツールボックスは、さまざまな対応策を体系的にまとめた「青写真」として機能しており、新たな技術や脅威の進化に合わせて今後も発展させていく予定である。以下では、具体的な活用例を紹介する。

EUvsDisinfo:FIMIの事例を分析・検証し、誤情報を是正することを目的とした一般向けプラットフォーム。ロシアの偽情報発信に対する市民の認識と理解を高め、市民社会のレジリエンスを強化することを目指している。現在13を超える言語で運営され、2024年時点でのユーザー数は3,800万人以上。これまでに1万9,000件を超える親ロシア系偽情報の事例を収集・公開しており、世界最大規模のデータベースとなっている。

FIMI-ISAC (情報共有・分析センター):2023年2月、EEASのFIMIに関する会議において、ジョセップ・ボレルEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長(当時)が設立を発表。FIMIの根本原因、事例、脅威に関する情報を関係者間で共有し、知識・経験・分析の共有を促進することを目的としている。

緊急警報システム(Rapid Alert System):EUおよび加盟国間でFIMIに関する事例や分析結果を共有し、協調的な対応策を策定するための仕組み。

妨害措置と対外行動の両面にまたがる対応として、ロシアの悪意ある行動に対して科す新しい制裁の仕組みに、FIMIを正式に対象として加えた。これにより、ロシアとつながりを持つFIMI主体に対して、活動地域や標的にかかわらず制裁を科すことが可能になっている。

FIMI会議でスピーチをするカラスEU外務・安全保障政策上級代表(2025年3月19日、ブリュッセル)©European Union, 2025

グローバルな課題としてのFIMI

FIMIは国境を越えて広がるグローバルな脅威であり、どの国も単独では対処しきれない。そのためEUは、志を同じくする民主主義国や国際機関と緊密に連携し、脅威への共通理解を深め、協調した対応を進めている。

例えば、2018年に主要7カ国(G7)首脳会議で定められた「G7即応メカニズム(Rapid Response Mechanism=RRM)」は、民主的プロセスに対する外国の干渉を早期に察知し、G7間で迅速に情報共有する仕組みだ。G7首脳声明や外相声明において、FIMI対策に関するベストプラクティスの共有や各国間の連携強化が繰り返し強調される中、G7 RRM は2024年末、EEAS主導の下で共同対応の枠組みを策定。G7 RRMに参加する各国がFIMIに対して協調して対応するための初の指針を提示した。

カナダ・ケベック州にて開催されたG7首脳会議に参加した首脳らの集合写真(2018年6月8日、シャルルボア)©European Union, 2018

G7は2023年、偽情報だけでなく、アルゴリズムによる情報拡散やAI生成のコンテンツへの対応にも目を向けた「オンライン情報の信頼性に関する行動原則(Principles for Information Integrity Online)」を採択している。

同3年には「オンライン上の情報インテグリティに関するグローバル宣言(Global Declaration on Information Integrity Online)」も発表され、偽情報だけでなく、アルゴリズムによる情報の増幅やAI生成コンテンツといった新たな課題にも対応している。

FIMIは国際的な安全保障上の課題であるため、EUの全ての「安全保障・防衛パートナーシップ」(日本との協力を含む)においても重要な議題となっている。EUと日本は、二者間協力に加え、G7 RRMを通じても協力。2025年7月に開催された第30回日・EU定期首脳協議では、FIMIに関する脅威の評価、方法論、対応に関する情報を共有し、一層の調整と運用協力の機会を模索するため、FIMIに関する日・EU対話を開始することで合意した。

日・EU定期首脳協議後、記者会見に臨む(左から)コスタ欧州理事会議長、石破総理(当時)、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(2025年7月23日、東京)©European Union, 2025

G7以外では、EUはウクライナやモルドバといった東欧諸国における偽情報の分析・対策を支援し、西バルカン諸国では戦略的コミュニケーション能力の強化を進めている。中東・北アフリカ地域、アフリカ、インド太平洋地域においても、情報インテグリティの強化や偽情報の検出能力の向上に貢献している。加えて、国連や国連教育科学文化機関(ユネスコ)などの国際機関とも連携し、情報インテグリティに関する共通のルールや規範づくりにも参画。こうした取り組みは、FIMIを欧州だけの問題ではなく、グローバルな課題として位置づけるEUの姿勢を反映している。

情報インテグリティを守る国際基準へ

情報は今や、自由で開かれた社会を支える基盤であると同時に、安全保障にも密接につながっている。EUは、将来世代に「信頼できる情報環境」を引き継ぐため、法的枠組みの整備と国際連携の構築を進めている。EUが進めるFIMI対策のアプローチは、民主主義と市民の信頼を守るための国際的な基準になる可能性を秘めている。

生成AI時代に備える―日本が取り組む偽情報対策

FIMIに関する脅威評価や対応策の共有、協力強化を目的に、日・EUはFIMI対話の開始で合意している。こうした流れを踏まえ、日本の偽情報対策の現状について、日本大学危機管理学部・大学院危機管理学研究科の西田亮介教授に解説してもらった。

2020年頃まで、日本においては偽情報、特に海外からの情報工作も含めて、それほど深刻化していないという評価が、総務省のプラットフォームサービス研究会の報告書などでも繰り返しなされていました。その最大の理由は、日本語という言語的な壁が一定の防波堤となってきたことです。

しかしChatGPTの登場以降、生成AIが急速に普及し、多くの人が日常的に使うようになった今、この日本語の壁は以前ほど頼りになるものではなくなっています。日本は、日米関係をはじめ、北東アジア、環太平洋、インド太平洋全体における安全保障上、地政学上の戦略的な要所であり、その重要性が増していることを考えると、情報空間への働きかけや介入のリスクは今後さらに高まるとみるべきでしょう。

現状では深刻な影響はまだ目立たないかもしれません。しかし、フェイク画像やフェイク映像などの事例は既に報じられており、リスクは確実に高まっています。選挙や世論形成への影響についても同様で、ロシア系メディアによる日本語発信の増加など、注視すべき動きが出ています。英国のEU脱退(ブレグジット)や、豪州・カナダ・米国などで見られた情報操作、影響工作を踏まえれば、日本でも同様のキャンペーンが展開される可能性は否定できません。諸外国では、ネットを使ったアプローチだけではなく、物理的な接触や買収などとの組み合わせも観察されています。他山の石とすべきです。

こうしたリスクに備え、日本でも警察庁や関係省庁がネット関連の新組織を立ち上げ、防衛省や外務省も偽情報対策を政策課題に位置づけるなど、取り組みが始まっています。能動的サイバー防御の法整備やメディア・リテラシー教育も広がりつつありますが、効果が社会全体に浸透するまでには時間がかかるため、モニタリングや早期警戒の仕組みを強化していくことが今後ますます重要になるでしょう。

EUはFIMIへの包括的な対応を進め、状況認識、レジリエンス強化、規制、国際協力といった多層的な取り組みを行っています。こうした経験は、日本が将来直面しうる課題への備えにおいて有益な示唆を与えてくれるはずです。EUと日本が知見や経験を共有し、より強固で信頼できる情報環境を共に築いていくことが期待されます。

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西田亮介(にしだ・りょうすけ)

日本大学危機管理学部・大学院危機管理学研究科 教授/東京科学大学リベラルアーツ研究教育院特任教授/東京大学公共政策大学院、東京理科大学 非常勤講師

1983年、京都府生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア博士)。専門は公共政策の社会学。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員、立命館大学特別招聘准教授、東京工業大学准教授などを経て現職。著書に『メディアと自民党』(角川新書)、『ネット選挙』(東洋経済新報社)、『情報武装する政治』(KADOKAWA)など多数。新聞・雑誌、テレビなどでも積極的に発信している。

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