2025.11.6
FEATURE
2025年10月31日、「女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security=WPS)」アジェンダが25周年を迎えた。2000年に初めて採択されたWPSに関する国連安全保障理事会決議1325号およびその後の9つの決議は、女性を保護されるべき被害者としてだけでなく、紛争予防や長期的な平和構築に積極的に関与する主体として位置づけた点で、画期的なものであった。欧州連合(EU)は、過去四半世紀にわたり、WPSアジェンダを自身の共通外交・安全保障政策(Common Foreign and Security Policy=CFSP)の中核に据えるべく取り組んできた。
2000年10月31日、国連安全保障理事会で決議1325号が採択され、女性・平和・安全保障(WPS)アジェンダの基盤を築く歴史的な節目となった。同決議は、国際社会として初めて、女性を紛争の受難者ではなく、紛争予防や持続的な平和構築に能動的に動く重要な担い手として位置づけたものである。
WPSアジェンダは、国連安保理決議1325号およびその後に採択された9つの決議(1820号、1888号、1889号、1960号、2106号、2122号、2242号、2467号、2493号)で構成されており、「参加」「予防」「保護」「救援と復興」という4つの相互に関連する柱で成り立っている。

このWPSの理念の推進において、EUは常に最前線に立ってきた。EUはWPSを、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを扱う包括的枠組み「ジェンダー行動計画III (GAP III)」(2021〜2027年)や、EUの安全保障・防衛政策の強化を目指す「戦略的コンパス」(2022年)に組み込むとともに、WPSに特化した強固かつ野心的な政策枠組みを策定してきた。
こうした取り組みは、数十年にわたる研究成果に裏付けられている。研究によれば、女性が男性とともに平和と安全保障のプロセスに関与することで、より良い結果が得られる。
EU理事会は2018年の結論文書において、加盟国に対し、WPSアジェンダの実施に向けた国別行動計画(National Action Plans=NAP)を策定または更新するよう促した。これは、EUおよびEU加盟国によるWPSアジェンダへの継続的な関与と取り組みを改めて確認するものであり、同時に、「平和と安全保障に関わる全ての分野および活動において、ジェンダーの視点を体系的に統合する必要性」を強調したものであった。また、同結論文書は、紛争関連の性的暴力の防止および加害者の説明責任の確保を、EUの優先課題として明確に位置づけた。

4年後の2022年に採択されたEU理事会の結論文書は、WPSアジェンダの適用範囲をさらに拡大し、「武力紛争に加え、気候変動、食料不安、天然資源の不足、そして新型コロナウイルス感染症(COVID-19)といった新しくかつ複雑な安全保障上の課題が、女性や女子に不均衡な影響を及ぼしている」と指摘。WPSを多次元的な安全保障課題に対応するための包括的な枠組みとして再定義した。
WPSに関するEUの戦略的アプローチを提示した2018年のEU理事会結論文書と、それを補完する形で2019年に採択された「WPSに関するEU行動計画」 は、EUの外交、安全保障、開発政策全体においてジェンダー平等を主流化するための包括的な枠組みを提供している。
この行動計画は、「紛争予防から紛争後の復興に至る全ての段階においてジェンダーの視点を統合すること」を求めている。また、性的暴力の被害者の尊厳とエンパワーメントをEUの行動の中心に据える「サバイバー中心のアプローチ」を導入し、さらに国際刑事裁判所(ICC)との協力強化を通じて、加害者の責任追及を確実にすることを目指している。
EUの共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy=CSDP)の枠組みの下で展開されているミッションでは、ジェンダーアドバイザーや人権専門官の配置が制度化され、現場における実施能力の強化につながっている。
マリやソマリアなどに派遣されたミッションでは、EUは女性兵士や女性警察官の訓練および登用の促進を行い、治安部門におけるジェンダーバランスの向上に貢献している。
ウクライナでは、EUは紛争関連の性的暴力(Conflict-Related Sexual Violence=CRSV)に関する国連の協力枠組みの実施を資金支援するとともに、EU諮問ミッション(European Union Advisory Mission=EUAM)を通じて、ウクライナ国家警察および国境警備隊を支援している。EUAMには、WPSおよび紛争関連の性的暴力に特化した専門能力が備わっている。
コソボにおいても、EUは長年にわたりジェンダーに基づく暴力に関する法制度整備を支援してきた。また、2022年に制定された「性的暴力犯罪の取り扱いに関する議定書」の実施に向けて、警察官、検察官、裁判官、法医学医師、被害者支援担当官を対象に専門的な訓練を実施してきた。
過去25年間でWPSアジェンダは目覚ましい進展を遂げてきた。しかし、特に、紛争や軍事化の激化、ジェンダー平等や女性の権利に対する反発が広がる現在の地政学的な状況の下、依然として多くの課題が残されている。
EUは、「平和と安全保障プロセスのあらゆる段階で、女性の声が反映され、そのニーズが考慮されることを確保すべき」と強調する2022年のEU理事会結論を指針として、国際的および地域的なパートナーとの協力関係を一層強化し続けている。

EUと民主主義、人権、多国間主義という価値を共有する日本は、WPS分野で積極的な取り組みを行っていることから、この分野におけるEUの自然なパートナーである。両者は、多国間の場での連携(2025年日本がノルウェーと共に共同議長を務めている「WPSフォーカルポイント・ネットワーク」を含む)や、相互の活動に関する情報共有を通じて協力を進めている。
ロシアによるウクライナ侵略は、「女性・平和・安全保障(WPS)」アジェンダが理念ではなく、実際の安全保障政策に直結する課題であることを浮き彫りにした。EUは、「女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンスの防止に関する欧州評議会条約(イスタンブール条約)」の加入をはじめ、性的暴力防止や被害者保護のための法的枠組みを整え、ウクライナ支援を通じてWPSの原則を実践している。本稿では、一橋大学大学院法学研究科の中西優美子教授がその具体的取り組みと法的基盤を解説する。

国連安保理決議1325号第10項では、「武力紛争の全ての当事者に対し、ジェンダーに基づく暴力、とりわけレイプおよびその他の形態の性的虐待から、また、武力紛争の状況におけるその他のあらゆる形態の暴力から、女性と女子を保護するための特別な措置を講じることを求める」と述べられている。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻してから、まさにこの項目の順守が不可欠となっている。
ロシアの侵攻後、ドメスティック・バイオレンスが増加しているが、これに関わるのが、2011年に欧州評議会により採択された、「女性に対する暴力及びドメスティックバイオレンスの防止に関する条約(イスタンブール条約)」である。EUと大半のEU加盟国が同条約に加入している。EU自体が、同条約に加入*1することができたのは、EUの機能に関する条約第3部第5編「自由、安全及び司法の領域」が規定されているからであり、とりわけ、同条約78条2項、82条2項、84条及び336条がそのための法的根拠であるとされた。
ロシア侵略を受け、EUは、ウクライナの女性および女子を支援するためにさまざまな手段を採択してきた。例えば、「EU諮問ミッション(EUAM)ウクライナ」は、法の支配を強化するための持続可能で責任のある、かつ効率的な安全サービスを発展させる過程において同国の支援を行っている。EUAMは、イスタンブール条約の実施を支援し、ロシア軍により犯された国際犯罪の一側面としての紛争に関連する性的暴力に対処することを支援している。
ウクライナは、EU加盟申請を行ったが、このイスタンブール条約の批准が正式な加盟国承認の是非を決める要素の一つになっていた。ウクライナは、同条約を批准、加入し、加盟候補国として承認された。これにより、ウクライナの女性や女子が暴力から守られる法的な基礎が整えられたことになる。これは、国連決議をEUの価値外交における具体的な法的措置に落とし込むことができた意義のある例となった。
またここで注目すべきは、ウクライナが紛争関連の性的暴力(CRSV)に関して「報告された被害者のうち男性の割合が女性よりも高い」*2という、これまでにない特徴を持つ初めての紛争である点である。
さらにEUは、ウクライナ国内におけるCRSV対策およびジェンダー平等促進のため、以下の具体的支援を実施している。
また、今後締結されるEUの契約は、主要なジェンダー平等イニシアチブ*3の推進を視野に入れている。
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*1:EUは2023年6月1日に正式加盟(Council Decision (EU) 2023/1075)
*2:国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報告によれば、2022年2月から2024年8月末までに確認された紛争関連性暴力(CRSV)376件のうち、男性が262件、女性が102件、女子が10件、少年が2件とされている。Global Survivors Fund の調査でも、拘束下での被害者約340人のうち、男性が190〜230人、女性が120〜140人と推計されており、この傾向を裏づけている。
*3:具体的には下記。
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