2025.10.10

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EUはなぜ死刑に反対するのか―基本姿勢と国際的役割

EUはなぜ死刑に反対するのか―基本姿勢と国際的役割

欧州連合(EU)は、人間の尊厳と生命に対する権利を保障し、残虐で非人道的または品位を傷つける刑罰を禁じる欧州の基本的価値と法原則に基づき、死刑がこれらと両立しないとの立場から、いかなる場合にも、いかなる状況においても死刑に反対している。死刑に犯罪抑止効果があるという確固たる証拠はなく、また死刑は不可逆的であるため、誤判による処刑は取り返しのつかない結果をもたらす。死刑廃止はEUの加盟条件となっているが、EU域外でも世界的な流れは確実に死刑廃止へと向かっている。本稿では、EUの死刑に対する基本的な姿勢、政策的アプローチ、そして欧州における死刑廃止の歩みを紹介する。

死刑に対するEUの基本姿勢

EUは、死刑は人間の尊厳および、誰もが生まれながらにして持つ生命権と両立しないと考えている。EU基本権憲章は第 2 条第2項において「何びとも死刑を宣告され、または執行されてはならない」と規定。また、同第3条第1項 において、全ての人が身体的および精神的完全性の尊重を受ける権利を有するとし、同第4条では拷問および非人道的もしくは品位を傷つける取り扱いまたは刑罰を禁じている。さらに同第 19 条第2 項は「何びとも、死刑執行の可能性の高い国、および拷問やその他非人道的あるいは品位を傷つける扱いや刑罰を受ける可能性のある国へ、退去、追放、あるいは引き渡しをされない」と謳っており、これらの条項は全EU加盟国にとって法的拘束力を持つ。

EUは、国際法で定められた最低基準に反して死刑が適用されていることに対し、深い懸念を抱いている。死刑はしばしば差別的に運用され、人種的・民族的・言語的・宗教的な少数者およびLGBTIQ+の人々に対して不均衡に影響を及ぼしている。一部の国では、依然として未成年者の犯罪に対する死刑の適用が認められており、子どもたちが死刑判決を受け、処刑されている。公正な裁判を経ず、拷問やその他の虐待の後に執行され、故意の殺人でない犯罪に対しても適用される場合も少なくない。権威主義的な政府のもとでは、死刑が恐怖を植え付け、反対勢力を抑圧し、基本的自由の行使を封じるための政治的手段として利用されることもある。

©European Union, 2019

EUは、えん罪の可能性や犯罪抑止効果が証明されていないことなどを理由に、死刑の非人道性と非合理性を強調している。いかに優れた司法制度であっても間違いを犯す可能性はあり、ひとたび死刑が執行されれば取り返しがつかない。研究によれば、政策立案者が焦点を当てるべきは刑の重さではなく「罪は必ず罰せられる」という点であり、必罰こそが最も強力な抑止力となることが明らかになっている。仮釈放のない終身刑のような刑罰は、強い抑止効果を有する上、無実の人の命を奪う危険がない。加えて、現代の刑法では犯罪者の更生に重点が置かれているが、死刑を適用した場合にはそれも不可能になる。

EUは、死刑は正義の行いではなく、国家による人命の剥奪であると考え、普遍的な廃止を一貫して提唱している。

欧州における死刑廃止の歩み

20世紀初頭まで多くの欧州諸国では死刑が存続していた。しかし、第二次世界大戦後、生命の価値や人間の尊厳、誤判の危険性、死刑執行が拷問に等しいものであるという認識の高まりを背景に、死刑廃止への動きが一気に加速した。

大きな転機となったのが、1983年に欧州評議会が採択した「人権および基本的自由の保護のための条約」(通称、欧州人権条約)第6議定書である。これは平時における死刑を廃止する初めての法的拘束力を持つ国際文書だった。さらに1989年には、国連で「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の第2選択議定書が採択され、死刑の世界的廃止を目指す初の国際文書となった。

※EUとは別組織で、1949年フランスのストラスブールに設立され、人権・民主主義・法の支配の促進を目的とする汎欧州的な国際機関

欧州人権条約はEU法の一般原則の一部を構成しており、欧州における死刑の完全廃止において、欧州人権裁判所(ECHR)の判例は重要な役割を果たした。ECHRは死刑について、「残虐で非人道的かつ品位を傷つける刑罰であり、誰も侵すことのできない生命権と両立し得ない」と述べ、その姿勢を明確にしている。

現在、EU加盟全27カ国が死刑を廃止しており、刑の執行は1996年のラトビアが最後となった。死刑廃止後の欧州の犯罪率はおおむね低下傾向にあり、EU加盟国は、アイスランド、ニュージーランド、ノルウェー、スイス(いずれも死刑廃止国) などと並んで、世界でも比較的安全な国々とされている。

世界的死刑廃止へ向けたEUの政策

EUは、死刑廃止は国家が人権に関する義務を果たす上での核心的な課題と位置付けている。人権は普遍的なものであり、平和、発展、人間の尊厳の前提条件である。EUは、自らの外交的・政治的影響力や開発協力を通じて、死刑の世界的な廃止を推進している。

その取り組みの中核となっているのが、1998年に採択された「死刑に関するEUガイドライン」(2001・2008・2013年改訂)である。EUはこのガイドラインに従って、死刑存置国に対し、死刑廃止への最初の一歩として執行停止(モラトリアム)を導入するよう呼びかけている。また、死刑の適用を「最も重大な犯罪」に限定すること、執行にあたっては人間の尊厳を守るために最低限必要とみなされる一定基準を順守することを求めている。

EUが求める死刑執行の最低基準

適用範囲死刑は国際法上例外的な刑罰であり、故意による殺人を含む「極めて重大で計画的な犯罪」に対してのみ、また最も例外的な場合に限り、最も厳格な制限の下で適用されなければならない。差別的に適用してはならない。
遡及適用の禁止犯行時点で死刑が規定されていた犯罪にのみ適用し、その後より軽い刑罰が定められた場合はそれを適用しなければならない。
特定の者への適用禁止犯行時点で18歳未満の青少年、妊婦、出産後間もない母親、心理社会的障害者に対して死刑を執行してはならない。
証拠と公正な裁判判決は明白かつ説得力ある証拠に基づくものでなければならない。被告人は法的弁護、公正な裁判、該当する場合には領事サービスを受ける権利を有する。軍事法廷はいかなる状況下でも民間人に死刑判決を下してはならない。
上訴と減刑請求の権利死刑判決を受けた者は、上級審への上訴や、減刑・恩赦を求める権利を有する。該当する場合には、国際的または地域的な手続きにより個別の申し立てを行う権利を有する。
執行方法可能な限り苦痛を最小化する方法で執行されなければならない。

また、「EU人権・民主主義行動計画2020–2027」も、普遍的な死刑廃止をEUの人権政策の重要な課題の一つとして位置づけている。

EUは貿易政策にもこの立場を反映し、拷問や処刑に使用される物品(致死注射薬剤を含む)の取引を禁止している。さらにEUは、国際的な人権条約を順守している国に対して、通常の一般特恵関税制度(GSP)よりさらに手厚い優遇措置であるGSPプラスを提供している。

死刑廃止運動を支持するための国際的記念日「シティズ・フォー・ライフの日」に合わせて緑色にライトアップされた欧州議会の建物(ブリュッセル、2021年11月29日)©European Union, 2021

国際社会との連携

死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議案を国連総会に提出するうえで、EUは主導的な役割を果たしている。2007年以降おおよそ隔年で決議が採択されており、2024年12月に採択された決議では、過去最多となる130カ国が賛成票を投じ、死刑廃止に向けた世界的な機運の高まりを示す重要な節目となった。この決議はあくまで政治的なものであり、法的拘束力は持たない。しかし、特に国連加盟国の3分の2が賛成していることから、モラトリアムと最終的な廃止を国際社会に呼びかける強いメッセージとなった。

EUはまた、市民社会による死刑廃止に向けた取り組みに対して、世界最大規模の資金提供を行っている。2024年7月には、資金援助を通じて国際ネットワーク「Global Consortium for Death Penalty Abolition(死刑廃止に向けたグローバルコンソーシアム)」の設立を後押しした 。同コンソーシアムは、世界死刑廃止連盟の主導の下、地域ネットワークや草の根団体、国際NGOなど25団体が結集し、死刑廃止運動の声と国際的な影響力を強化することを目的としている。

世界では現在、3分の2を超える国が法律上または事実上死刑を廃止しているとされ、死刑廃止は国際的潮流となっている。EUは今後も国際社会と連携し、人間の尊厳と生きる権利を守る司法制度を促進していく。

第5回「死刑に関する地域会合」、東京で11月に開催

フランス・パリに拠点を置く市民団体、ECPM(Together against the Death Penalty)が、2025年11月7日~9日東京・立正大学(品川キャンパス) で、第5回「死刑に関する地域会合」を開催します。

本会合は、2026年にパリで開催予定の第9回「死刑廃止世界会議」に先立つ地域会合として行われ、東アジアおよび東南アジアの国・地域から多くの参加者が見込まれます。参加者は、死刑制度の現状と課題、そして廃止に向けた道筋について議論を深めます。参加費無料。

詳細・登録こちらをご覧ください。

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