2025.8.7

FEATURE

安全保障と競争力で連携深化―第30回日・EU定期首脳協議

安全保障と競争力で連携深化―第30回日・EU定期首脳協議

地政学的な変化が生じ、地経学的な圧力が高まる中、欧州連合(EU)と日本の間で第30回定期首脳協議が2025年7月23日に東京で開催された。民主主義や法の支配、開かれた自由で公正な貿易など基本的な価値や志を共有するパートナーであるEUと日本は、効果的でルールに基づく多国間主義や全ての人に利益をもたらす国際規範に基づく世界の実現を目指している。それを念頭に、両者は、安全保障協力の促進や競争力の強化に共に取り組むことなど、あらゆる面で日・EUパートナーシップを深化させることに合意した。本稿では、絶好のタイミングで開催された今回の首脳協議の主な内容について解説する。

不安定な国際情勢を背景に深まる日・EUの結束

ロシアによるウクライナ侵攻、インド太平洋における安定への脅威の高まり、より公正な競争環境を求める中で取引的な性格を強める国際貿易など、現在の世界の急速な変化を受けて、ルールに基づく国際秩序の擁護に取り組む主要な存在として一層戦略的な連携が必要であるとの共通認識の下、EUと日本の関係は緊密さを増している。

2025年7月23日、アントニオ・コスタ欧州理事会議長およびウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、前日に2025年大阪・関西万博を視察した後東京に移動、日本の石破茂総理大臣と第30回日・EU定期首脳協議を開催した。日・EU間には「安全保障・防衛パートナーシップ」や「経済連携協定(EPA)」、「グリーンアライアンス」、「デジタルパートナーシップ」など主要な協定に基づく戦略的連携体制が既にあるが、両首脳陣は、急速に変化する複雑な今日の世界では、両者の一層緊密な連携や既存の協定のより積極的な実施が急務であることを強く意識していた。

コスタ議長は首脳協議後の記者発表で、「日本は、インド太平洋地域における EU の最も緊密なパートナーだ。日本とのパートナーシップは、単に戦略的であるだけでなく、共通の原則やビジョンに基づいている」と強調。石破総理もこの考えに同調し、EU と日本は互いに不可欠な存在であるとして、「国際情勢が激動する中で、同志間の協力がこれまで以上に重要である」と述べた。

記者会見に臨む(左から)コスタ議長、石破総理、フォン・デア・ライエン委員長(2025年7月23日、東京)©European Union, 2025

両者は、日・EU間のパートナーシップが地域や文化の違いを越えて、平和と民主主義という共通のビジョンを効果的に推進し、ルールに基づく国際秩序と多国間主義を支える、志を同じくする国々の協力の模範であることを強調した。ますます分断が進む世界で、合計で世界GDPの5 分の1 、6 億人の市場を擁するEUと日本は、嵐の中で拠り所となるだけでなく、共通の価値に基づいて貿易や技術に関する国際ルールづくりを主導していく可能性を秘めている。

フォン・デア・ライエン委員長は首脳協議の冒頭、「欧州と日本は、親しく信頼できる友人だ。私たちは、公正や開放性、ルールの尊重といった価値を共有している。そして私たちには、自らの利益を守るだけでなく、世界の潮流を形作るだけの力がある」と指摘した。

「競争力アライアンス」の立ち上げで合意

今年の首脳協議の主要な成果の一つは、戦略的依存を低減しつつ、日・EU間の連携を戦略的に強化することを目指す「競争力アライアンス」の立ち上げに合意したことだ。同アライアンスは、貿易、経済安全保障とイノベーション、グリーンとデジタルの移行を三つの柱として位置付けている。

「日・EU競争力アライアンス」の下で協力が進められる主要分野

貿易・経済安全保障日・EU EPAの完全実施、WTOやG7における貿易に関する取組の主導で協力。拡大された日・EUハイレベル経済対話で協力強化。
サプライチェーン
の強靭性
G7の原則に沿った製品の基準策定を通じて需要と供給を促進。重要原材料やバッテリーなどのサプライチェーン強靱化で協力加速。
規制協力ルールの簡素化と規制改善を通じて、企業や市民の行政負担軽減を図るための対話を深化。
産業界との連携日・EUビジネス・ラウンドテーブルがJBCE・EBCと連携し、産業界の声を集約。日欧産業協力センターが支援。
競争政策公正な競争確保に向け、競争政策対話を強化。
脱炭素・
循環経済
グリーンアライアンスの下、循環経済と脱炭素に関する協力を強化。資源効率や新たなビジネス創出を通じ、産業競争力の向上を図る。
エネルギー天然ガスや水素、原子力、次世代太陽電池など多様な分野での協力を強化。信頼性のあるサプライチェーン構築に向け、価格以外の要素も考慮し、政策支援・国際標準化・需要創出・産業協力を推進。
バイオ経済政策・戦略に関する情報を共有し、バイオ素材・製品の普及に向け、政策共有や産業マッチングを支援。
防衛産業防衛産業での協力促進のため、産業界主導による「日・EU防衛産業対話」の立ち上げを奨励。
宇宙衛星コンステレーションの共同開発や地球観測データの連携を通じて、宇宙利用に関する協力を強化。宇宙ごみ対策や状況把握における民間主導の取組も促進。
研究・イノベーションNEDOとJRCの研究協力促進。JETRO/NEDOとEIC/EITの連携によるスタートアップ支援や国際共同研究コンソーシアムの形成を推進。
デジタル半導体、AI、量子、5G/6G、海底ケーブル接続(北極含む)、サイバーセキュリティ、データガバナンスなどの分野において、日・EUデジタルパートナーシップの下、研究、イノベーション、経済安全保障や規制協力を強化。

「競争力アライアンス」の第1の柱は、「日・EU経済連携協定(EPA)」の全面的な実施、企業負担を軽減するルールの簡素化、相互の投資機会の更なる促進などを通じて、二者間貿易の拡大を目指すものだ。2019年2月のEPA発効以降、日・EU間の貿易額は20%以上増えたが、EUは、政府調達や衛生植物検疫措置(SPS)を含むEPAの全ての対象分野が実施されることで、その効果を最大限発揮することができると考えている。

第2の柱は、経済安全保障の強化だ。両者は、「日・EUハイレベル経済対話」を拡大し、特に原材料や電池の分野で強靭なサプライチェーンを構築するための協力を主導する枠組みとすることで合意した。また、循環経済や共同研究のための安全な枠組み、重要インフラの保護に関する共同作業を強化することで合意。さらに、経済的威圧への対抗や不公正な貿易慣行の是正に関しても、EUと日本は一層緊密に連携していく。

「日・EUハイレベル経済対話」に臨むシェフチョビチ欧州委員(貿易・経済安全保障担当、左から4人目)、岩屋外務大臣(右から2人目)、武藤経済産業大臣(同3人目)(2025年5月8日、東京)©European Union, 2025

第3の柱として、同アライアンスでは、イノベーション分野、グリーンとデジタルの移行の分野での連携に重点的に取り組む。この点において、EU は、世界最大の研究・イノベーション支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」に日本が準参加することを強く望んでいる。現在、その交渉が進行中で、EU側は年内の妥結を期待している。デジタル分野では、安全で信頼できるデータ流通の必要性に関して欧州と日本は共通の見解を持っている。首脳たちは、海底ケーブルの安全性と強靭性に関する共通の懸念を議論し、北極圏を含む海底ケーブル接続を強化するため、「海底ケーブルの接続性に関する作業部会」を設置することでも合意した。 

防衛産業対話を来年開始

2024年11月の「日・EU安全保障・防衛パートナーシップ」の発表から1年足らずで開催された今回の首脳協議では、安全保障・防衛関連の課題も主要議題となった。首脳協議の共同声明では、海洋安全保障、外国による情報操作と干渉(FIMI)、防衛産業協力、サイバーセキュリティ、女性・平和・安全保障(WPS)をはじめ、今後連携の強化を追求する分野が数多く挙げられた。またEUと日本は、共に防衛産業の強化に意欲を示していることから、軍民両用品や先進技術に関する意見交換の場として「日・EU防衛産業対話」を立ち上げ、2026年に第1回会合を開催することになった。

「日・EU安全保障・防衛パートナーシップ」締結後、握手するボレルEU外務・安全保障政策上級代表(左、肩書きは当時)と岩屋外務大臣(2024年11月1日、東京)© European Union, 2024

国連が今年80周年を迎えることから、多国間主義に基づく世界を毅然として推進しているEUと日本は、この機に国連へのコミットメントと国際法の尊重を再確認した。地域情勢については、両首脳は、主要な課題に関して一致した立場を表明。ロシアの侵略戦争を断固として非難すると共に、ウクライナへの包括的な支援を必要な限り継続することを改めて確認した。そして、東シナ海や南シナ海における軍事化や威嚇行為、同地域における武力や威圧による一方的な現状変更に共に反対した。また、北朝鮮の核・ミサイル開発計画の進展を非難し、パレスチナ自治区ガザにおける「即時かつ恒久的な」停戦と人質全員の解放を求めた。さらに、イランは国際原子力機関(IAEA)との全面的な協力を再開する必要があること、また核兵器を獲得すべきではないことを強調した。

EU と日本は地理的には遠く離れているが、今日、価値やビジョンそして課題や脅威を共有している。今回の首脳協議では、両者は関係を深めるべきパートナーであるだけでなく、全ての人に利益をもたらすグローバルなルール作りに対する責任を有していることが強調された。

フォン・デア・ライエン委員長、慶應大から名誉博士号授与

慶應義塾大学の伊藤塾長(右)から名誉博士号を授与されたフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(2025年7月23日、東京)© European Union, 2025

フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、来日中の7月23日、慶應義塾大学(三田キャンパス)にて名誉博士号を授与された。新型コロナ対応やウクライナ支援、欧州グリーン・ディールの推進など、国際社会における卓越したリーダーシップが高く評価された。伊藤公平塾長は、「民主主義の価値や多国間協力を体現するグローバルリーダー」と称えた。

フォン・デア・ライエン委員長は、授与式に続くスピーチで、同大学の創設者・福澤諭吉が掲げた「自由と独立」の理念に触れ、それが現代にも通じる普遍的価値であると強調。世界が地政学的な不安定や技術革新の急速な進展に直面する中、欧州と日本のような志を同じくするパートナーが連携することの意義を訴えた。

また、防衛・経済・民主主義の強化に向けたEUの取り組みや、経済安全保障やサプライチェーンの多様化、クリーン技術・デジタル分野での日欧協力の例を紹介し、「独立とは内向きではなく、他者との協力によってこそ強化される」と語った。

学生に対しては、気候変動や医療の研究が遠く離れた誰かの命を救う可能性に触れ、「グローバル・コミュニティは他者への責任と連帯の中で築かれる」と強調、国際社会への積極的な貢献を担うことへの期待を込めた。

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