2026.2.5
FEATURE
近年、欧州連合(EU)でも「経済安全保障(economic security)」が、外交、産業、通商といった複数の分野にまたがる共通の政策課題として位置づけられ、議論と制度化が進められている。その背景には、中国やロシアとの関係の変化に加え、コロナ禍によって明らかになったサプライチェーンの脆弱性、そしてロシアによるウクライナ侵攻で改めて浮き彫りとなったエネルギー依存のリスクがある。あるEU当局者は、「今や経済と安全保障は切り離せない。技術や資源を外部に依存していると、外交上の立場が容易に脆弱なものになり得る」と指摘する。
こうした問題意識の下、欧州委員会は2025年12月3日、EUの経済安全保障強化に向けた新たなコミュニケーション(政策文書)を発表した。「経済安全保障ドクトリン」とも呼ばれたこの文書は、2023年6月に発表されたEU初の「経済安全保障戦略」を基盤とし、同戦略が掲げた①産業基盤強化による競争力促進(Promote)、②欧州の利益の保護(Protect)、③志を同じくする国々との連携(Partner)という3つの包括的な目標を引き継ぐものである。

生産性の鈍化、人口構造の課題、エネルギーコストの上昇、激化する国際競争。同時に、EUが自負してきた、世界の脱炭素化の動きの先駆者として必要な莫大な投資とイノベーション。こういった問題に直面した欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、前欧州中央銀行総裁で元イタリア首相のマリオ・ドラギ氏に対し、欧州の競争力と経済安全保障の将来に関する報告書作成を要請した。2024年9月に発表された、いわゆる「ドラギ報告書」で同氏は、EUの経済成長鈍化の原因にイノベーションの遅れや具体的な産業政策の欠如などを挙げ、対応策として競争優位性のある産業への重点支援などを例示した。
経済安全保障に関するEUの取り組みをテーマとする連載の初回となる本稿では、今後の議論の出発点として、EUがこれをどのような概念として位置付け、何を守り、何を目指すのか、その全体像を分かりやすく紹介する。
EUにおいて経済安全保障は、防衛的な概念ではなく「予防外交の延長」として捉えられている。経済活動を止めたり、特定の国を排除したりすることが目的ではない。むしろ、EUが重視するのは、守るべき価値と位置付ける開かれた経済を維持するために脆弱性を管理するという発想だ。
この立場を象徴するのが「デリスキング(de-risking)」という考え方である。EUは、特定国との経済関係を断ち切る「デカップリング(decoupling)」を基本路線とはしていない。過度な依存や一極集中を避け、供給源やパートナーを多様化することで、リスクを抑えつつ経済活動の継続性を高めようとしている。対中政策が「断絶」ではなく、「バランスを取りながらの多様化」へと整理されてきたのも、その表れだ。

こうした考え方が強まった背景には、中国をめぐる複合的な要因がある。同国との経済関係を深めてきたEUおよびEU加盟各国であったが、新型コロナウイルスのパンデミックを通じて、医療物資や重要原材料などで中国への依存が顕在化したほか、ロシアのウクライナ本格侵攻後は、中国とロシアの関係を踏まえた安全保障上の懸念も意識されるようになった。
欧州が直面する課題は、サプライチェーンやエネルギーの安全保障、重要インフラの物理的・サイバー上の脆弱性、技術流出、経済依存の「武器化」など多岐にわたる。これに対しEUは、日本を含む信頼できるパートナーとの協力を通じて、サプライチェーンの強靱化や技術保護を進めている。一方で、中国との関係を一律に切り離すことは現実的ではないとの見方も根強く、「協力のパートナー、経済的競争相手、体制的な競合相手」として向き合う姿勢が示されている。
経済安全保障の中核をなす分野の一つが、半導体と重要原材料である。中国は半導体製造に不可欠な原材料の多くを産出しており、将来の世界的な半導体需要の拡大を背景に、供給途絶のリスクが指摘されてきた。
こうした課題に対し、EUは、カナダ、オーストラリア、コンゴ民主共和国といった資源国との連携を進めるとともに、域内における戦略的プロジェクトにも力を入れている。
EU関係者によれば、中国がバリューチェーンの囲い込みや独占を進めてきたのに対し、EUは第三国における付加価値の創出を重視している点に特徴がある。具体的には、現地雇用の創出や環境汚染対策への投資を通じて、持続可能な形での原材料確保とパートナー国との関係構築を目指しており、こうしたアプローチは、EUの対外投資戦略「Global Gateway」が掲げる基本的な考え方とも一致している。

さらにEUは2026年前半、重要原材料の安定確保に向けた取り組みを加速・強化する「RESourceEU行動計画」の一環として、「欧州重要原材料センター(European Critical Raw Materials Centre)」を設立する予定だ。日本の独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)をモデルとする同センターでは、市場インテリジェンスの提供を通じて状況把握を行うとともに、官民のパートナーと連携し、特別に設計された手段を用いて戦略的プロジェクトの調整・資金支援を担う。
EUは、欧州産業の競争力を高めながら脱炭素化を加速させることを目的に、2025年2月、「欧州グリーンディール」をパワーアップさせた「クリーン産業ディール(Clean Industrial Deal)」を発表した。イノベーション格差への対応や、特定国への過度な依存関係の是正を図るとともに、複数のEU法令を横断的に見直す「オムニバス・パッケージ」と呼ばれる包括的な簡素化提案を含む一連の措置や、単一市場の機能強化を通じて、産業基盤と経済安全保障の強化を目指している。
この枠組みの下、EUは電力購入契約(Power Purchase Agreements=PPA)の活用促進に加え、再生可能エネルギーやクリーンテクノロジーの導入加速に重点を置いている。さらに、廃棄物・二次原材料をめぐる「真の単一市場」の実現に向け、2026年に採択が予定されている「循環経済法(Circular Economy Act)」を通じて、二次原材料の欧州単一市場の確立や、高品質な再生材料の供給拡大、域内需要の喚起を図る方針だ。また、付加価値税(VAT)を活用して循環経済や持続可能な消費を後押しする観点から、いわゆる「グリーンVAT」に関する議論もみられる。

日本との連携については、EU当局者が、EUと日本が主導する新たな「リード市場」の構築を含め、協議が進められていると明らかにしている。リード市場とは、価格だけでなく、製品の炭素強度を示す表示などの非価格基準を重視することで、クリーン製品への需要を喚起し、企業が付加価値、いわゆる「グリーン・プレミアム」を得られる環境を整える考え方だ。あわせて、消費者や調達主体がクリーン技術を選択する際の判断材料を提供することも狙いとしている。
EU理事会は2024年5月、研究安全保障の強化に関する理事会勧告を採択した。この勧告は、国際協力に伴う研究安全保障上のリスクに対応するため、望ましくない知識移転や外国からの干渉、倫理・研究の誠実性を損なう行為といった課題を念頭に置きつつ、研究分野の自律性を尊重しながら、EUおよび加盟国が連携して対策を講じるための指針を示すものだ。
EUの主要な研究・イノベーション助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」には、リスクの高い主体への関与を管理するためのセーフガードも盛り込まれている。日本については、日本政府と欧州委員会が2025年12月、同プログラムへの日本の準参加に関する協定について実質合意。第2の柱「グローバルな課題と欧州の産業競争力」への参画を対象とし、健康、デジタル、気候、食料など広範囲な6分野が含まれる。EU関係者によれば、日本は、先端材料の開発、科学分野におけるAIの活用、デジタル、エネルギーや輸送分野におけるグリーン移行などの領域で高い専門性を有しており、EUとしてもこうした分野での協力に関心を寄せているという。
EUと日本は2022年5月、AIや量子技術、半導体、サイバーセキュリティなど、先端デジタル分野での協力を通じて、産業競争力の強化と経済安全保障の確保を目指す枠組み「日・EUデジタル・パートナーシップ」を締結した。日本は、EUが第三国と構築したデジタル・パートナーシップにおける最初の相手国である。同協定に関して、欧州委員会のヘンナ・ヴィルクネン執行副委員長は、「日本のような志を同じくするパートナーと協働することで、私たちは日欧双方の競争力を高め、イノベーションを推進することができる。こうした協力は経済安全保障上も非常に重要だ」と述べている。

欧州では、企業が短期的な効率性や利益を重視する傾向が強く、備蓄やリスク分散が十分に進んでこなかった。一方、政府側にも企業行動に働きかける制度や、経済安全保障分野に関する政策的・技術的な専門性が十分でなかったため、危機への対応力に構造的な弱さが残ってきたとされる。さらに、27もの加盟国を抱えるEUでは、産業政策に対する姿勢も国ごとに異なり、方向性をまとめるのは容易でない。
これに対し日本では、インセンティブや補助金の活用と規制を組み合わせた「アメとムチ」の政策手法が取られている。ビジネスヨーロッパ(欧州産業連盟)のアナリストらによれば、「日本は経済安全保障分野において先駆的な存在と見なされており、EUは特に日本の官民連携のアプローチに学びたいと考えている」という。
アナリストらはまた、EUと日本の間には相互に学び合える分野が多いとも強調する。日本は過去に輸出管理への対応を経験しており、これは現在EUが直面している課題でもある。さらに、高齢化や労働力不足といった人口動態の変化、高度人材の受け入れ政策、半導体不足への対応など、両者に共通する政策課題も少なくない。
こうした文脈の中で、EU当局者は、2025 年 7 月 の第 30 回日 ・EU 定期首脳協議において立ち上げられた「日・EU競争力アライアンス」がサプライチェーンの補完関係を強化し、重要鉱物や、鉄鋼、ロボティクス・自動化、バイオテクノロジーなどのクリーンテクノロジー分野における戦略的な脱炭素製品について、市場規模の拡大に貢献するとの見方を示している。その具体例として、2025年9月15日に大阪で、EUと日本双方のバッテリー産業団体が、電池のバリューチェーン全体にわたる協力強化を目的とした覚書に署名したことが挙げられる。

EUは、経済安全保障を孤立や遮断を目的とする政策ではなく、国際的な協力を通じて脆弱性を管理し、レジリエンスを高めるための枠組みとして位置付けている。EU関係者が述べているように、その目標は「孤立」ではなく、「信頼に基づく自律」にある。
こうしたEUのアプローチは、日本が今後の経済安全保障政策を検討する上で参考となる一方で、EU側が日本の経験から学ぼうとしている点があることも、関係者やアナリストの発言から示されている。とりわけ、官民連携の在り方や、インセンティブと規制を組み合わせた政策運用は、日本が先行してきた分野として言及されている。
実際、EUと日本は、重要原材料、グリーン技術、研究・イノベーションといった分野で協力を進めており、競争力アライアンスをはじめ具体的な協力枠組みが形成されている。両者は、こうした取り組みを通じて、他の志を同じくする国々とも連携しながら、協力を軸に経済安全保障に対応する姿勢を対外的に示している。
2026.2.5
FEATURE
2026.2.3
MESSAGE
2025.11.21
EU-JAPAN
2025.11.18
FEATURE
2025.11.10
EU-JAPAN
2025.8.20
Q & A
2025.10.9
FEATURE
2025.11.18
FEATURE
2026.2.5
FEATURE
2026.2.3
MESSAGE