2025.11.10
EU-JAPAN
子どもたちの手の中で時を重ね、世代を超えて受け継がれていく欧州の玩具(おもちゃ)。そこには「遊びながら学ぶ」「美しいものを長く使う」という哲学が息づいている。創業から半世紀、欧州の伝統的なおもちゃを日本に紹介してきた「アトリエ ニキティキ」の西川涼社長は、「おもちゃは生活と価値観を映す鏡」と語る。欧州各地の文化と歴史が息づくおもちゃの世界を紐解く。
ニキティキ創業のきっかけは、西川社長の母親であり、創業者の西川敏子氏が留学先のドイツ・デュッセルドルフの美術大学で、スイスのおもちゃメーカー、ネフ(Naef)社による積み木「ネフスピール」と出会ったことに始まる。ネフ社は、家具職人でありデザイナーでもあったクルト・ネフ氏が1950年代にスイスで立ち上げた会社で、もともとは家具づくりを手がけていたが、やがて自らの感性を生かした木製おもちゃづくりへと発展していった。
「母はその造形の素晴らしさに心を奪われたといいます。『このおもちゃを日本の子どもたちに届けたい』——その思いからニキティキは始まったのです」

リボンの形をしたネフスピールは、バランスよく積めるようにリボンの角度が絶妙に計算されており、重ね方次第で多様な造形を生み出す。そのわずかな角度の違いを、職人の精緻な技で正確に再現しているからこそ、子どもたちは美しい形を生み出す過程で、自然と物の構造や法則に気づいていく。「おもちゃで遊びながら、子どもたちは創造する喜びを体感するとともに、さまざまな法則を身につけていきます」と西川社長は語る。
欧州のおもちゃ文化には、遊びを通じて子どもの自主性や創造性を育てるという理念が息づいている。それは、欧州各国が長い年月をかけて築いてきた幼児教育のメソッドと深く結びついている。
「フレーベルやシュタイナー、モンテッソーリといった教育思想が現場に根づいていて、世界中の幼児教育の専門家が学びに行くほどです」*
「遊びを通じた学び」を重視するドイツをはじめ、北欧諸国でも幼児教育への関心は高く、国を挙げて遊びと学びを結びつけた教育が進められている。こうした背景から、日本では欧州のおもちゃを「知育玩具」として扱う業者も多い。しかし、西川社長はこの呼び方に異を唱える。

「もちろん、遊びを通して学ぶ、知ることは大きいです。ただ弊社では『知育玩具』という言葉は使いません。『これで遊べば頭が良くなります』というような扱いをするのは好きではありません。やはりおもちゃは『楽しい』ことが大切です。ヨーロッパのおもちゃに対して母がつけたキャッチフレーズは『子どもの心を育てるおもちゃ』。そこへの意識はこれからもずっと大切にしたいと思っています」
*フレーベル(Friedrich Fröbel, 1782–1852)=ドイツの教育者。世界初の幼稚園(Kindergarten)を創設し、「遊びを通じた学び」の理念を確立した。シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861–1925)=オーストリア出身の思想家。人智学に基づく「自由ヴァルドルフ学校」を設立し、芸術と感性を重視する教育を提唱。モンテッソーリ(Maria Montessori, 1870–1952)=イタリアの医師・教育者。子どもの自立と感覚教育を重視し、教具を用いた「モンテッソーリ教育」を体系化。
ニキティキの取り扱う商品ラインナップは、「おもちゃの2大大国」と称されるドイツとスイスのブランドが中心である。とりわけドイツでは、高度な職人技を認定するマイスター制度のもと、おもちゃづくりの技と理念が受け継がれている。「100年以上の歴史を誇るメーカーも多く、ものづくりの底力を感じます」と西川社長は語る。
西川社長はドイツに幾度も足を運んできたが、街並みや建築にもおもちゃと共通する価値観が息づいていると感じている。「古い建物を外観の美しさを保ちながら中をリノベーションし、何百年も使い続けています。おもちゃに対しても、同じような意識が働いているのではないでしょうか」と話す。
欧州では、親から子へ、子から孫へとおもちゃを受け継ぐことが当たり前のように行われている。
「例えば、木馬や積み木を三世代にわたって使い続けているという話を聞きます。一方、日本では、おもちゃを次の世代に引き継ぐという意識は希薄で、むしろ新しいものを買い与えることが良いとされてきました。長く使えるヨーロッパのおもちゃが持つ豊かさを、日本の子どもたちに伝えていきたいです」と西川社長は語る。


西川氏が「印象的だった」と語るのは、現地の家庭で見た光景である。
「おもちゃが美しいインテリアのように部屋に飾られていました。日本では『触ってはダメ』と言われそうですが、小さな子どもたちは飾ってあるおもちゃで自由に遊び、遊び終えるときちんと片付けていました——おもちゃとの距離が自然で、おもちゃが生活の中に根づいていると感じました」
「近年、欧州でも自国製のおもちゃが減ってきています」と、西川社長は少し表情を曇らせる。代々続いてきた小さなメーカーの多くが後継者不在に悩み、やむなく事業を畳むか、大企業に吸収されているという。
「うちが扱うメーカーは家族経営の小規模なところが多く、生産量も限られています。食べていくためにやめざるを得ない方もいれば、『いいものを残したい』と粘り強く続ける方もいます」
一方で、若い世代がこの業界に挑戦しやすい環境も生まれている。ドイツのニュルンベルク国際玩具見本市では、新興メーカー専用のブースが設けられ、2〜3人の小さなチームでも自ら開発したおもちゃを出展できるようになった。
「ベンチャー的に挑戦する若者が増えているのは希望ですね。ただ、そこから10年続けられるかは別問題。100あって10残るかどうか。でも、やはり文化として根を絶やさない動きがあることは心強いです」
「欧州のおもちゃを日本で紹介することは、単に物を売ることだけではないと考えています」と西川社長は静かに語る。
「欧州のおもちゃを通じて、欧州の文化も日本の家庭に伝えたい。例えば、ドイツの(エリザベス・ポングラッツ夫人が手作りする人形)ポングラッツ人形は、笑っても泣いてもいない表情をしている。日本の人形の多くが笑顔を浮かべているのに対し、この人形は子どもが感じ取る余白を残しています。そうした違いを感じるだけでも、手に取った人の世界が広がるのではないかと思います」

西川社長が感銘を受けたのが、ドイツのクリスマスマーケットである。ドレスデン、ライプツィヒ、ミュンヘンなど各都市を訪ねた社長は、「笑顔の大人と子どもが一緒に過ごしている光景が忘れられない」と語る。
「ドイツではおよそ4週間かけて町全体でクリスマスシーズンを楽しみます。大広場に人々が集い、食べて飲んで語り合う。プレゼントももちろんありますが、それが主役ではない。大切な人と過ごす時間そのものを大切にしているのだなと感じました」

異なる文化を伝えるためにも、まずはおもちゃを手に取ってもらうことが大切だ。
「まずは遊んでもらう。そして壊れたら直して、また使う。『物と付き合う時間』を大切にできれば、文化が伝わる。おもちゃを通じて、欧州の人たちの思いや哲学を伝えられたらうれしいですね」
アトリエ ニキティキは、これからもおもちゃを通じて日本に欧州の伝統と文化を伝えていく。

子どもの発達には遊びが欠かせず、その遊びを支えるおもちゃは重要な役割を果たします。しかし、その大前提として、おもちゃは子どもにとって安全でなければなりません。欧州連合(EU)では、市場に出回るおもちゃの安全性を最優先課題とし、特に化学物質の使用について厳格な基準を設けるなど、法制度を通じて子どもに無害なおもちゃの提供に努めています。
これまで玩具の安全性は2009年のEU指令2009/48/ECによって規制され、製造国に関係なく、EU域内で流通・販売されるおもちゃが満たすべき安全要件を定めています。しかし近年、特にオンライン販売の拡大により、こうした要件を満たさない危険なおもちゃがEU市場で販売され続けています。さらに、2020年に策定された「持続可能なEU化学物質戦略」を踏まえ、EUは現在、現行ルールの見直しを進め、同指令よりも厳格な内容を盛り込んだ新たな玩具安全規則案の採択に向けて取り組んでいます。
新たな規則案では、おもちゃに関する安全基準がさらに強化されます。具体的には、内分泌かく乱物質、皮膚感作物質、殺生物剤、パーフルオロアルキル物質(PFAS)など、複数の有害化学物質の使用を禁止または制限することが盛り込まれています。 また、税関や市場監視を通じてルール違反をより容易に摘発できるようにするため、対象製品の主要な安全情報を記載した「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入・活用を推進することも重要な柱となっています。
同規則案は既に2025年10月にEU理事会で承認され、今後欧州議会の採択を受けて成立します。成立後、4年半の移行期間を経て完全適用される予定です。
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