2012.10.30

EU-JAPAN

時代が求める空間を創り続ける建築家ペア

時代が求める空間を創り続ける建築家ペア

建築、インテリア、インスタレーションなどの分野でデザインを手掛けるクライン・ダイサム・アーキテクツ(KDa)。彼らの仕事で最近大きな注目を浴びたのは、2011年12月にオープンした東京の複合商業施設「代官山T-SITE」だ。3棟からなる蔦屋書店を中心に、街の中で大人がくつろげる空間を提供している。KDa代表のアストリッド・クラインさん、マーク・ダイサムさんの二人と話をすると、欧州と日本の文化の違いをポジティブにとらえ、建築に生かそうとする姿勢が伝わってくる。

クラインさん(左)とダイサムさん

ドイツ系の両親を持つイタリア生まれのクラインさんは、フランスや英国で学び、常に外国人として異文化に接する環境にあった。英国出身のダイサムさんは、モダニズムの建築家が影響を受けている日本を一度見たいと思い、同じ大学を卒業したクラインさんと共に奨学金を受けて来日。日本人なら気にも留めない電線が張り巡る日本の雑多な景観や、タクシー車内の個性的な装飾を面白いと感じたり、また欧州に帰るたびに、美しい町並みに汚れた車が駐車しているといった、住人なら日々見過ごしてしまうような日常風景に違和感を覚えたり…。このように文化の違いを楽しむ彼らが、20年以上も日本で建築の仕事を続けてこられた理由には、日本人もまた新しいものを取り入れることが好きだからと説明する。アイデアのヒントが詰まった「欧州文化のカバン」をいつも持ち歩き、日本人とは別の視点で日本を見ることができる彼らからの提案を、クライアントもまた楽しんで受け入れている。

日本で仕事をする面白さ

リゾート施設に併設された、2枚の葉が重なるように開閉するリーフチャペル ©Katsuhisa Kida

彼らが、KDaを立ち上げたのは、まだ日本がバブル景気に沸いていた1991年のことだった。「外国人」としての視点、感覚を生かした建築設計の依頼があり、日本人建築家と共同で事業を始めることになった。日本語は流暢ではなかったが、設計の仕事は設計図や模型など視覚的要素を使うことが多く、建設現場では身振り手振りで意思疎通が図れたため、大きな壁にはならなかった。

むしろ、「欧州と比べて日本の方が自由に仕事ができると思います」と二人は言う。例えば英国では、歴史的建造物・地区を保存するため都市計画の規制が細かい。これに比べて日本の建造物は20~40年で建て替わり、構造上や設備面での条件は定められていても、設計時における景観計画の提出は英国ほど厳しくない。ダイサムさんは日本で仕事をする面白さについて次のように話す。「日本は建築の仕上がりの質が非常に高いと思います。それに、新素材をいち早く取り入れる土壌と精緻な技術力があり、また工事にかかる時間は欧州と比べると、格段に早い」。個人・集合住宅のほか、KDaは、街中で人々の目を引くポップな建設現場の仮囲いから、企業の個性をうまく引き出したオフィスやリゾート施設まで、自由な発想でユニークな建物を次々と生み出している。

身の回りのすべてがインスピレーションに

新たな建築プロジェクトに取り組む際、身の回りのあらゆるものがインスピレーションになる。代官山T-SITEの場合はクライアント本人から大きな影響を受けた、とクラインさんは語る。「クライアントであるカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長は、明確な構想(ビジョン)と特別なオーラを持った人でした。日本の小売り文化を変えた社会起業家と言えます。また、代官山という土地には、この地域を代々守り育んできた朝倉家のよい“気”を感じました。槇文彦氏設計のヒルサイドテラスが隣にあることも意識しました」

外壁のTのアルファベットの編み込みは、KDaによるブランディングデザイン。©Nacása & Partners

代官山T-SITEにオープンした蔦屋書店は、全国に広がるCD・DVD販売レンタルチェーンのTSUTAYAの新しい旗艦店で、カフェやラウンジを併設したゆったりとした造りとなっている。ここで追求されたのは、次世代の小売業モデル。KDaをはじめとするプロジェクトチームは、オンラインで買い物ができる時代に求められる小売店の要素について、コンセプト面と運営面からとことん突き詰めた。その結果、出た答えは「心地よさ」。クライアントが定めた顧客ターゲットは、趣味に時間もお金も使える50代以上の「プレミアエイジ」で、彼らがわざわざ店に足を運ぶのは、自宅にはない空間と、オンラインの買い物では得られない社会との接点を求めているから。そのため、おしゃれでかっこいい、というよりは、落ち着ける「当たり前」の空間を設計した。学校の教室のような、「歩き古された木目の床をはき慣れたジーンズで歩く」イメージの空間。一部の書棚には、神保町の古本屋の雰囲気も盛り込んだという。

実際に代官山T-SITEを訪れると、50代以上だけではなく、若者を含めあらゆる世代が集まっていることに気付く。「若い世代にとっても今は大量の情報を消化できず、自分の居場所がわからなくなってしまう状況なのではないでしょうか」とクラインさん。「若い人たちも流行に振り回されない落ち着ける場所を求めているのでしょう」と続ける。ダイサムさんも、「デジタル世代も最後には、紙の本や雑誌に戻ってくるはずと、私たちは信じています」と力強く言う。そういった意味で代官山T-SITEは、私たちが今後必ず欲するだろう次世代の余暇空間を実験的に実現したものなのだ。

世界570都市に広がった「ペチャクチャナイト」

コロンビア・ボゴタ のPKN会場。さらに広く、組織立った運営のため、現在この非営利活動のスポンサーを募集中とのこと。

二人の創造性は、建築デザインだけにとどまらない。KDaは2003年から、一般の人たちが自分のアイデアを発表する場を、自らが運営するイベントスペース「スーパーデラックス」で定期的に提供している。「ペチャクチャナイト(PKN)」と名づけられたこのイベントのルールは、20枚のスライドを使って、1枚20秒ずつの計6分40秒で発表すること。建築家にはおしゃべり好きが多く、同業者の集まりで皆がずっとしゃべりっぱなしだったところから、着想を得たという。多くの人々が面白いアイデアを持って仕事をしているのに、「著名人でもない限り、それを見せたり共有したりする公の場所が十分にありませんでした」とクラインさん。このイベントは、口コミやソーシャル・ネットワークを使って、今や世界571都市(うち日本は18都市)にまで広がっている。この発表の機会が、イベントとして世界規模で持続可能なのは、二人が説明するように、まず「非営利で、長すぎず、短すぎず、重すぎず、カジュアル」であるから。さらには、PKN自体が効率よく、シンプルな参加方法に基づいて運営されているからだろう。また、同じ都市で継続的に開催されることで、地域で根付いていくことも特徴だ。2011年の東日本大震災後には、仙台のPKNから「Inspire Japan」という復興支援活動が生まれ、世界105都市に広まるなど、PKNから発信されるソーシャル・ネットワークの力は大きい。

最後に彼らが今後やっていきたいことについて聞いた。ダイサムさんは、「公共の建物を含め、大きなビルでも社会とつながりがあり面白みのある建物にしたい。抜け殻のような冷たいビルに息を吹き込みたい」と話す。クラインさんは、「日本の老人ホームを手掛けてみたい。自分が将来入所したいと思えるような、退屈せずに楽しく過ごせる場所を考えたい」と目を輝かせる。

ウキウキ、ワクワクすることが大好きなふたり。彼らは、自らのデザインする作品を通して、利用する人たちが元気に毎日を楽しむための手助けをしたいと考えている。

(2012年10月16日 インタビュー取材)

プロフィール

アストリッド・クライン Astrid Klein
1962年イタリア・バレーゼ生まれ。

マーク・ダイサム Mark Dytham
1964年英国ノーサンプトンシャー生まれ。

英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートを修了した1988年にそろって来日。伊東豊雄建築設計事務所を経て、1991年クライン・ダイサム・アーキテクツ設立。代表作に、熊本南警察署熊本駅交番、ソニーストア、SHISEIDO THE GINZA、グーグル東京オフィスなど。

KDaが設計とインテリアデザインを行った代官山T-SITEは、2012年シンガポールで開催されたWorld Architecture Festivalのショッピング・センター部門賞を受賞した。その他受賞多数。

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