グローバル時代の新しい経営スタイルを求めて ~日欧企業を比較研究するオーストリア人教授~

チームワークや人との調和を重んじる日本の企業風土に対し、徹底した個人主義が効率を生む欧州の企業モデル。普段から日欧を行き来し、日本企業に長年勤めた経験も持つ上智大学のハギリアン教授に、文化の違いを超えて双方の強みを融合した新しいグローバル経営スタイルの研究や、互いの良さを知る教育の重要性などについて話を聞いた。

異文化で出合った経営学の面白さ

現在、日欧の企業経営を比較研究し、クロスカルチャーマネジメントを専門として上智大学で教鞭を執るパリッサ・ハギリアン教授。オーストリアのグラーツに生まれ、小さい頃から英語やラテン語などの外国語を得意としていた彼女が最初に日本に興味を持ったのは、やはり言語を通してだった。「日本のことは何も知らなかったにもかかわらず、初めて日本語を聴いた瞬間、『日本語を勉強しよう』と心に決めました。後から後悔したのは、日本語の難しさが私の想像をはるかに超えていたことでしたが」と快活に笑うハギリアン教授。

ウィーン大学で日本学を専攻すると同時に、ビジネススクールで経営学も学び始めた。ハギリアン教授によると、約30年前に女性が経営学を、しかもダブルスクールで学ぶことはオーストリアでも非常に珍しかったそうだ。そして学生時代、1991年に初来日して2年ほど日本語を学び、現地の文化や生活に触れたことが、日本への興味に拍車を掛けた。

「漢字が大好き。一番難しいけれども、一番面白いから」と流ちょうな日本語で、明るく笑いを交えながら答えるハギリアン教授

「経営学と日本語を学んだ私が、最初に選んだ就職先は日本の企業でした。一時期、欧州の企業でも働きましたが、私には人間的な付き合いを大事にする日本型経営スタイルの方が肌に合っていたようです」

その後、ウィーン経済大学国際ビジネス学部で博士号を取得。2004年に再来日し、九州産業大学で国際ビジネスを教え始めた。当初は「ナレッジマネジメント」という、個人の知識や情報を会社全体で生かす経営管理の手法について研究するつもりだったが、行く先々で聞かれるのは、日本と欧州のマネジメントの違いについての質問ばかり。そこで、日本と欧州の人々がお互いを認め、学び合い、新たな経営スタイルの形成を目指す「クロスカルチャーマネジメント」を専門にすることを決めたという。それはまさに、日欧双方のマネジメントを熟知するハギリアン教授だからこそ挑戦できる新しい学問分野だった。

新しい経営学の分野であるクロスカルチャーマネジメントについて長年研究を続けてきたハギリアン教授による編著の書籍

“日本の常識”は欧州の非常識?

欧州のビジネスパーソンが日本型のマネジメントと接したときに、まず驚くのが会議の仕方だという。例えば、数十人ものメンバーが集まり、時間をかけて会議を開くことは、日本人にとってそれほど珍しいことではない。しかし欧州の人々は「なぜそんなに時間がかかるの?」「2、3人でやればすぐに済むことなのに」と感じるようだ。

リーダーに絶対的な意思決定権が委ねられている欧州とは違い、日本では指示を仰ぐべき人間がたくさんいるため、スピード感という観点からはやや劣ってしまう、とハギリアン教授は指摘する。チームへの帰属意識が強い日本とは対照的に、欧州では「同僚はライバル」という個人主義的な考え方が強く、報告や相談も直接ボスとしか行わないことが多い。決断が早い反面、各人がその責任を負わされることにもなる。

「例えばAさんが病気で休んだ時に、Bさんが代わりに仕事を引き受けることは日本の企業では普通に行われ、チーム内でフォローし合いますが、欧州の企業では『自分の仕事ではない』とドライに断る人も珍しくありません。基本的に、何か問題が起こった際に責任が伴うため、契約外の仕事をしてはいけないからです」

欧州でも注目が高まる日本型マネジメント

日欧の経営スタイルそれぞれにメリットとデメリットがあり、その善し悪しは単純に決められない。しかし両方を知った上で、それぞれの長所をうまく取り入れることができれば、選択の幅は大きく広がる。「何よりも大切なのは、単なる真似に終わるのではなく、自分なりの経営スタイルを構築していくこと」とハギリアン教授は話す。

実際に2008年のリーマン・ショック以降、日本企業におけるチームワークの良さが高く評価され、日本型マネジメントに注目する欧州の企業が増えている。上智大学でも、日本型マネジメントを学びたいという留学生は年々増加傾向にあるそうだ。従来の欧米型マネジメントでは切り抜けられない状況に直面し、日本型の強みを生かしてグローバル時代に合った新しい経営スタイルを確立したいという企業は多い。その一方で、年功序列の昇進・昇給制度、終身雇用といった日本独自の雇用システムが近年崩れつつある中で、グローバル化やスピード化といった難題に直面する日本企業にとっても、欧州型マネジメントから学ぶことは多いはずだ。

「欧州型と日本型のマネジメントはまさに正反対。だからこそ面白く、今までにない新しい経営スタイルを生む可能性を秘めています。私の研究がその懸け橋になるといいですね」

「日本型マネジメントの魅力は、経営という視点以外にも、哲学や文化、言語などの多種多様な要素が絡んでいること。学べば学ぶほど、私に多くの気づきを与えてくれます。大事なのは違いを知ること、そして自分で選択すること。この重要性を日欧両方の人々に伝えることが、これからの私の役割だと考えています」

ハギリアン教授自身も「取り入れて正解だった」と顔をほころばせるのが、新学期の前に行うお茶とお菓子のパーティーだ。「日本企業に勤務していた時、よく社員同士の懇親会が開かれました。最初は『なぜ?』と不思議に思っていましたが、気さくに付き合える時間を共有することで、組織が一気に打ち解けるんですよね。些細なことかもしれませんが、こういった他者への配慮こそが、日本企業のチームづくりの基本だと思いますし、国際色豊かな学生たちの間でも好評なんですよ」

学生時代こそインターンシップでクロスカルチャーの体験を

日本企業もグローバル化という新たな動きを見せる中、日本で働くことを希望する留学生が増えている。特に小国からの学生は、自国に戻っても活躍できる企業が少ない。彼らにとって、会社の規模も仕事の内容もはるかに充実している日本企業はとても魅力的なのだそうだ。

学生だけでなく、グローバルな人材の確保に苦慮する企業にとっても有益なのがインターンシップだ。昨今は在日の欧州企業からの依頼が急増しており、最短で約3カ月のインターン期間を経て、卒業後にそのまま就職する学生も多い。ハギリアン教授の元には、優秀な学生を求める企業からの依頼が引きも切らず寄せられる。

「近年は日本企業でも英語が公用語となっている企業もあり、語学が堪能な上智大学の学生は積極的に採用されるので、みんなとても喜んでいますよ。応募もFacebookを利用して興味のある企業に気軽にアクセスできるので、今後は全ての学生がインターンシップを受けられるようになればいいなと思っています」

「教育を通してお互いを知り、実践することで理解し合える環境も大切」。インターンシップはまさに、ハギリアン教授が目指す方向性と合致している

教育の力を信じて日欧の懸け橋に

「これからの時代、一番大事なのは知識と教育」だと語るハギリアン教授は、次世代のビジネスを担う日欧の学生にこのようなメッセージを送ってくれた。

「これまで日本では、社員教育やキャリアマネジメントを行うのは会社の責任でした。しかし日本でも転職が増えるにつれて、『自分の知識は自分の責任で』という時代になりつつあります。そうであれば、学生のうちにできるだけ幅広い知識を身に付けておく方がいいでしょう。欧州の学生も、日本企業で3カ月から1年くらい働いてみるといいのでは。とても難しいチャレンジですが、良い経験になることは間違いありません」

プライベートでは、和食と日本のデザインをこよなく愛する。1950年代~1960年代のデザインが特にお気に入りで、純和風造りの自宅には、趣味で集めた飾り皿が品良く並ぶ。「オーストリアの自宅にも、収集したお皿を飾ろうと思って持ち帰るのですが、家族が気に入って欲しがるので、ほとんど手元に残りません(笑)。和食が好きで、もちろん納豆も食べます。和食はおいしい上に健康にも良いなんて、本当に良いことずくめですよね」。

長らく停滞している日本経済だが、ハギリアン教授が追究する日欧の長所を融合させた経営手法の将来性に、大きな光が見えたように感じられた。教育の力で、新たなビジネスの可能性が生まれることに期待したい。

ハギリアン教授が監修した無料のe-book「Japanese Business Concepts You Should Know」は、公式ウェブサイト(https://www.haghirian.com/)からも自由にアクセスできる。

※本記事内の掲載写真:© European Union, 2019 / Photo: Keiichi Isozaki

プロフィール

パリッサ・ハギリアン Parissa HAGHIRIAN

オーストリア・グラーツ生まれ。ウィーン大学日本学部卒業。ウィーン経済大学国際ビジネス学部で博士号取得。2004年に来日し、九州産業大学で国際ビジネスを教え始める。2006年、上智大学で准教授として着任。現在は、上智大学国際教養学部教授(国際経営・経済学コース)として、日本の経営学、クロスカルチャー、経営戦略などをテーマに研究・教育活動を続けている。