おもてなしの心を体現するオーストリア人タクシードライバー

© Keiichi Isozaki

昨今の訪日外国人旅行者の増加と需要増の対策として採用された外国出身のタクシードライバーが、日本の道路で活躍している。オーストリア出身のルガー・ヴォルフガングさんもその一人。研修生も含めて現在12カ国・28人の外国人ドライバーが在籍する会社に勤め、日々新しいお客様との出会いを楽しんでいる。

スキーインストラクターからタクシードライバーへ

オーストリアの自然豊かな田舎町テルニッツに生まれ育ったルガー・ヴォルフガングさんは、子どもの頃から映画やテレビ番組、本などを通して日本に憧れていた。今から30年前、そんな彼が成人して就職したのは日系企業の金属加工機械メーカー。日本とのつながりができ、2年後には知人から「新潟でスキーインストラクターにならないか? スキーのない夏にはレストランで働けるよ」との誘いを受けて、ルガーさんは念願の来日を果たした。

長らくスキーインストラクターやイタリアンレストランのコック、ツアーコンダクターの仕事に従事していたが、新潟で結婚した妻の埼玉の実家からの勧めもあって、上京と転職を決意。東京で仕事を探している中で目に入ったのが、日の丸交通株式会社が出していた外国人タクシードライバーの募集だった。車の運転が得意なことはもちろん、日本語・ドイツ語・英語の3カ国語を操り、何よりも人と接することが好きだったルガーさんは、迷わず応募したという。「ドイツ語を教えることもいいのですが、常にいろいろな人たちと会えるほうが自分の性に合っていると思いますね。タクシードライバーになれば、東京についてもっと詳しく知ることができます。その好奇心から、この仕事を始めることにとてもワクワクしていました」。

日本でタクシードライバーを務める醍醐味

ルガーさんの母国オーストリアでは、タクシーに乗る場合、専用の乗り場で待ったり電話で呼び寄せたりするが、日本のように流しのタクシーはまず見当たらない。ほとんどが個人タクシーで、降車時にはチップを払う必要もある。大きな荷物を載せたり、5人以上が乗車したりしても、やはり追加料金が発生する。ウィーン市外ではドライバーと料金の交渉をしなければならないこともあるそうだ。おまけにオーストリアは、日本の道路とは逆に右側通行。それほど、オーストリアと日本とはタクシー事情が異なるが、勝手の違う日本でタクシードライバーになることに、ルガーさんは不安がなかったのだろうか。「日本人はとても親切で丁寧ですし、日本は安全な国です。そうでなければ、私はタクシードライバーという職業を選んでいなかったでしょう」。

ドアを開けるまで、どのようなお客が乗車するか分からないし、目的地すら分からない。「それって、面白いと思いませんか?」――接客に長け、好奇心旺盛なルガーさんならではの答えだった。また、お客が目的地を告げてから、頭の中でルートを組み立てていくのが楽しいのだとも。

「常にたくさんのお客様との出会いがあるのも、タクシードライバーの醍醐味」と話すルガーさん
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人と会って話をするのが好きなルガーさんは、お客との会話を楽しむことも忘れない。お客が「ここは有名なラーメンチェーンの本店なんですよ」とか、「ここに有名人が住んでいるんです」と教えてくれることもある。そんなちょっとしたランドマークの情報があると、道が覚えやすくなるし、次にそこを通ったときには、別のお客にも教えてあげられる。すると、会話が弾む。「そもそも私は、外見が明らかに日本人に見えないので、乗車されたお客様が私に興味を持ってくれやすいのです。その点は会話のきっかけになるため、得をしているなと思います」。

乗客はもちろん圧倒的に日本人が多いが、これまで米国、英国、フランス、イタリア、オーストラリア、ブラジル、中国からの外国人客を乗せた経験があるそうだ。「オーストリアはドイツ語が公用語ですが、まだドイツ語圏の人を乗せたことがありません。いつかオーストリア人が乗車したら、私を見て驚くだろうなと楽しみにしています」と、茶目っ気たっぷりに笑った。

東京観光のお勧めポイントは「日本の歴史と文化が好きなら、やっぱり昔ながらの雰囲気が残る浅草や谷中かな。若者なら秋葉原と渋谷」だそうだ
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日本の「おもてなし」の心を大切に

ルガーさんは、日本人らしい親切で丁寧なおもてなしの心で、お客と接することを楽しんでいる。お客が行き先を告げると、復唱してルートを再確認することに始まり、「車内の温度は大丈夫ですか? 暑く/寒くありませんか?」といった細やかな気遣いも忘れない。

人によっては、ルートにこだわりがある場合もある。知らない場所に向かう時も、カーナビを使っていいかどうかは真っ先にお客に尋ねる。なぜなら、ナビを設定するのに多少の時間を要するからだ。「急いでいる方もいらっしゃいます。もし『道を教えるよ』と言われたら、ナビを入力するよりも早いし、後からルートの進み方でお客様ともめることもありません」と言う。「乗車していただいている間、お客様に快適な空間と時間を提供したい。幸せな気分で降りていただきたいというのが、私のポリシーです」。

忘れられないお客様

ルガーさんにとって、非常に印象に残っているお客が幾人かいる。「とあるご夫婦が、東京駅まで乗っていかれました。降りる際に、『とても丁寧で、安心して乗ることができました。お釣りは要らないので、取っておいてください』と言われました」。ルガーさんが目指していた、おもてなしの心が認められた瞬間だった。また、「昨日のお客様も印象的でした。乗車した方を見て、どこかでお乗せしたことがあると思ったのです。走り始めてしばらくすると、その方が『ルガーさんの車に乗るのは、これで2回目です』とおっしゃいました。その上、『次を右に曲がりますか、などとルート確認をしっかりとしてくれるので、気持ちいいですね』という言葉までいただきました。やはり褒められるとうれしいですし、これからも頑張ろうという気になります」。

乗客の国籍はあまり意識せず、「どんな国の方も、私にとっては大事なお客様」というルガーさんの真摯なスタンスは変わらない。自分自身もオーストリア人という意識は薄く、「日本に来てホームシックにかかったことは一度もありません」
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このような褒め言葉の陰には、ルガーさん自身の努力がある。ルガーさんの日本語は独学で、実は漢字が苦手。しかし、日本国内の地名は基本的に漢字表記だ。「読めなかった幹線道路や主な交差点名などは、会社の研修中に一生懸命習いました。標識に併記されているローマ字を参照して地名の読み方を確認し、家では漢字の読み書きを猛勉強しています」。道路に関しても、情報の蓄積を怠らない。「スタート地点が少し違うだけで、ルートが大きく異なります。ですから、自分の所属する営業所に戻ってから書く日報で、その日に通ったルートをおさらいして、道順を徹底的に覚えるようにしています」。

夢は観光タクシードライバーと娘の成長

ルガーさんは、いずれは観光案内をしながら名所などを巡る観光タクシーに乗務したいと思っている。都内には「東京観光タクシードライバー」という認定制度がある。一定以上のレベルでガイドサービスを提供できるタクシードライバーとして同制度の認定を受けるには、「東京シティガイド検定」の取得に加え、「ユニバーサルドライバー研修」および「東京観光タクシードライバー認定研修」の2つを修了することが必要だ。「試験は難しいので、まだ先ですね。今は道や漢字を覚えたり、接客の腕を磨いたりするなど、土台作りの時期だと思っています。当面の目標は、無事故・無違反の安全運転」と抱負を語ってくれた。

ルガーさんの、もう一つの願いは娘の成長だ。「私は日本で生きるという夢を実現しました。親である自分をお手本として、娘にも夢をかなえてほしい。大学生の娘が独立できるように、これからも応援してあげられたらいいですね」。

プロフィール

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ルガー・ヴォルフガング Löger Wolfgang

1967年、オーストリア・テルニッツ生まれ。テルニッツ工業専門学校を卒業後、日本に本社を置く金属加工機械メーカー、アマダ株式会社オーストリア支社で勤務。1987年に来日し、新潟県内のスキー場やイタリアンレストランでの勤務を経て、2001年~2014年、株式会社ステラユニード取締役を務める。旅行代理店と連携して手掛けるツアープロデュースやツアーコンダクター業に従事した後、上京して日の丸交通株式会社に入社。日本語・英語・ドイツ語で対応できるタクシードライバーとして、今後の活躍に期待が寄せられている。