日本伝統建築の美と技を欧州の地に伝えたい

2017/07/11

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和風のインテリアなどが欧州でも広まりを見せる中、ベルギー人のマチュー・ペーテルスさんは、若き宮大工として日本古来の伝統建築を追求している。今年、ドイツの奥深い森で本格的な禅堂を建造するために、棟梁として音頭を取ったばかりだ。欧州で日本の建築を手掛けることの意義を語ってもらった。

本物の日本伝統建築を追求する欧州人大工

欧州ではここ十年ほどの間に、仏像のレプリカや、畳にフレームを付けたベッドがあちこちで売られるようになり、竹や庭石をあしらった日本風の庭造りなどに興味を持つ人が多くなった。大きな公園内に日本庭園らしきコーナーを作って鳥居を建てたり、池を作って鯉を泳がせたり、あるいは個人宅で床の間に似た空間を作って盆栽風の置物を置いたり、引き戸・障子を取り入れたりといった、日本風のしつらえへのニーズは高まっている。

“日本っぽいもの”がもてはやされる中で、「本物の日本建築」を追求し、欧州に伝えようと尽力するマチュー・ペーテルスさん。神社仏閣を造る宮大工であり、茶室や茶室風の工法を取り入れた家屋を造る数寄屋大工でもあるマチューさんは、日本以外の世界では本来の格式に従った日本伝統建築を手掛けられる数少ない存在だ。

マチューさんも主要メンバーとして建造に参画した、米国の工房East Windによる日本風の住宅増築部分。梁には自然にうねった木材の形をそのまま生かしている © Aya Brackett

「欧州でも日本建築がブームになって、引っ張りだこではないですか?」と聞いてみると、マチューさんは苦笑した。来日して1年程度の訓練を受けた職人を「日本大工」と呼ぶのであれば、今日の欧州にはかなりの人数がいるとマチューさんは言う。彼らは現地で手に入る木材を用い、なるべく釘を用いずに柱と梁の構造物を造ることで、今日の大半の欧州人の要望に応えている。そのことについて、マチューさんは批判も否定もしない。

ただ、宮大工や数寄屋大工というのは、こうした広い意味での日本大工とは一線を画すだけの専門の技術と経験を持ち、設計から木材選び、施工、完成に至るまでの全工程を統括できる「棟梁」でなければならない。そのためには、一通りの大工仕事ができた上に、さらに数年の修業が必要で、日本文化や歴史の勉強も生涯、続けなければならないという。米国では彼の師匠であるレン・ブラケット氏以外にも2人いるが、欧州では今のところ「自分以外に誰もいない」と、謙遜しつつもはっきりと言う。

「本物の日本建築は、早く安価に作ることはできません。だから、本物を求めていない人に、自分たちがいかに優れているかを長々と説明したり、なぜ高額になるかを説得したりしても無駄」。本来の格式に従った日本伝統建築としての、設計の特異性や木材へのこだわり、釘を一切使わない特殊で精緻な接合部分の仕組み、そしてそれらをまとめた完成度の高さや住み心地などを、本物を知らない人に説明して納得してもらうことはできない。「だから、本物を求める案件そのものが、欧米では極めて限られています。でもそういう仕事は、向こうから僕らの腕を求めて、自ずとやってきてくれるのです」とマチューさん。

昨今ブームになっている“日本っぽいもの”には「あまり縁がありません」と苦笑する © Mathieu Peeters

カリフォルニアで見た日本の茶室に魅了されて

木工職人を祖父に、彫刻家を父に持つマチューさんが、幼い頃から木工に親しみ、物作りの醍醐味を知ったのはごく自然なことだった。ベルギーのアントワープで産業工学を学んだものの、スーツ姿でオフィスワークに従事する自分をイメージできず、木造建築や木製文化財の修復技術のコースに進んだ。その後、高所や難しい位置にある文化財の修復を専門とする会社に入り、4年間、アントワープの大聖堂やフランスにある古城の梁・屋根の大修復事業にリーダーとして関わった。

マチューさんは修業時代から、京都にある大工道具専門店や、東北・北陸に住む道具職人の工房を丹念に訪ねて、プロが選ぶ一点ものの道具を吟味し、買い付けるための目を養ってきた。写真は、名匠・馬場正行氏作の玄能(げんのう=大工専用の金槌) © Michiko KURITA

その後、紆余曲折を経て、「情熱を持ち、将来にわたってやり遂げたい天職」を探すためにバックパック一つで米国へ放浪の旅に出た。1年近くもさまよい歩き、いよいよ帰国直前となって最後に訪れたサンフランシスコのアジア美術館で、初めて目にした日本の茶室に魅了された。マチューさんは、この時のことを「人生に一度しかない、至高の理想美を発見した瞬間」だったと、目を輝かせながら振り返る。

「これを造ったのは誰だろう。こんな美しいものを自分でも造りたい」――。マチューさんは、カリフォルニアにある日本の建築デザイン専門の工房「East Wind(東風)」へ迷わず飛び込み、宮大工のブラケット氏や、数寄屋大工の金子良正氏、立中正樹氏らの下で、徹底的に日本の大工技術を学び、研鑽を重ねた。

その結果、2012年には師匠のブラケット氏からのれん分けを許され、ベルギーに帰国して「Oostenwind(オランダ語で東風)」を設立。今では、ブラケット氏と連携しながら、欧米において本来の格式に従った日本建築のニーズの受け皿になろうとしている。

ドイツの森に建造された本格的な禅堂

ドイツ南西部に広がる森林地帯シュヴァルツヴァルト(黒い森)。この深々とした緑の中に、曹洞宗の禅堂「ダルマ・サンガ(Dharma Sangha)」が完成し、本年6月4日にその落成式典が行われた。広さ約120平方メートルの禅堂の建造は、年間延べ3,000人の修行者を受け入れるための一大プロジェクト。マチューさんはブラケット氏とともに、棟梁として設計や木材選びに始まり、完成に至るまでの全ての工程を統括した。

建造されたばかりの禅堂で一心に修行に打ち込む、欧米各地から集った修行者たち © Jonas Von Nottbeck

この禅堂を造る構想が浮上したのは、2012年のこと。ドイツやオーストリアを中心に禅が普及するにつれて、禅修行の場も求められるようになってきたからだ。一人一畳の単(空間)で寝起きし、修行するための場として、質素さと美しさを兼ね備えた日本古来の伝統的な禅堂を造ろうという試みだ。

数十年にわたり、欧米で禅を広めることに貢献してきた指導者は、当初、このプロジェクトを日本伝統建築の第一人者として名高い米国のブラケット氏に託そうとした。ちょうどこの頃、マチューさんは師匠のブラケット氏から独立し、一人前の宮大工としてベルギーに帰国したばかり。そこで弱冠38歳のマチューさんに棟梁としての白羽の矢が立った。マチューさんにとって、それまで培ってきた技と経験の全てを注ぐことのできる、願ってもない仕事となった。

欧州での禅事情に詳しく、『禅の教育学』(ドイツ語で出版)の著者であるフックス真理子氏は、「欧州には禅の修行道場は数多くあるが、ここまで本格的な禅堂は初めて。細かいところに至るまで、質の高い日本の仏閣建築の真髄が踏襲されている」と絶賛する。マチューさんの宮大工としての強いこだわりと高い技術が、ここに結実した。

極めてシンプルながら、禅堂造りに必要な巧妙で行き届いた高度な技は、禅の精神そのものに通じる、とマチューさんは語る © Jonas Von Nottbeck

日本建築の素晴らしさを西洋に伝える使命

実際の建造に携わる仕事以外にも、マチューさんが積極的に取り組んでいることがある。それは、欧州の木工技術の専門学校生や職人に、日本建築や日本大工の技について語り、指導すること。ベルギー国内で幾つかのコースを教えているほか、英国やドイツ、そしてごく最近ではルーマニアなどで、現地の大工たちを相手に日本建築について講演し、ワークショップを開催。木材や木工に関する国際会議へも講演に出かけ、依頼されれば執筆も手掛けている。さらに、歴史的な木造建築文化財の修復・保全や、発展途上国の住居や学校の建設に無償で携わる世界的な木工職人の活動に参画しているほか、世界中の大工や工具メーカーなどから成る国際的な木造建築関係者の集団「カーペンターズ・フェローシップ(Carpenters Fellowship)」の一員として、日本の大工技術を広めようと努めている。

今年6月にルーマニアで「日本の外にある伝統的日本建築」と題して講演を行った後、ワークショップで日本の大工道具を用いながら接合部分の細工などを紹介するマチューさん © Mathieu Peeters

真摯で朴訥な人柄がにじみ出るマチューさんが、毅然と前を見据えて、次のように語ってくれた。「教えてくれた師匠たちからは、こう諭されました。『日本の木造建築の優美さや卓越性を、実践によって西洋に知らしめることは、単なる仕事なのではない。それ以上に、この技を習得した者の“責務”なのだよ』と。そして、自然と共生する持続可能な住まいのあり方を具現した日本の伝統的な木造建築を伝えること――僕はこの仕事を、自分の天職だと信じています」。

プロフィール

マチュー・ペーテルス Mathieu Peeters
宮大工・数寄屋大工

1978年、ベルギー・リンブルグ州生まれ。アントワープの大学で産業工学・情報伝達技術を学んだ後、木造作品の修復と木工製作の専門課程を修了。その後、Acrotech社などで文化財の修復などに携わる。渡米し、カリフォルニアのEast Wind Inc.でレン・ブラケット氏および金子良正氏に師事、日本大工(宮大工・数寄屋大工)として修業を積む。2012年、ベルギーに戻りOostenwind(東風)を設立。欧州各地で、棟梁として日本建築に関わるほか、講演やワークショップ、執筆などを通じて日本建築の魅力を広めている。

2017/07/11

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