伝統の抹茶から世界が注目する「MATCHA」へ

今、美容と健康効果から世界が注目し始めている「MATCHA」。京都と三重に隣接する奈良県の山間地帯、月ヶ瀬(つきがせ)で抹茶用の茶葉を生産しているベルギー人、西中リンダさんにお話を伺った。

お茶の里で大手メーカーの契約栽培

山間地帯にある月ヶ瀬。3月には1万本以上の梅が咲き誇ることでも有名だ

初夏には、濃い緑色のうねが波のようにどこまでも連なる広大なお茶畑。リンダさんが立つのはお茶の名産地として知られる奈良市月ヶ瀬(旧・月ヶ瀬村)にある「月ヶ瀬みのり園」の一角だ(タイトル写真)。幾世代もお茶造りを続けてきたこの茶園に28年前、はるばる欧州から嫁いで来たのがベルギー出身のリンダさん。今では流暢な日本語を操り、夫の健(けん)さんと共に会社を切り盛りしている。

リンダさんは、健さんが父の跡を継ぎ茶園の主となった翌年の1987年に結婚した。その後、会社は大手お茶メーカーの契約栽培茶園となり、ペットボトルなど緑茶飲料用の茶葉の研究開発と生産を行うようになった。現在は、後から契約に参加した近隣のお茶農家のまとめ役も務めている。

昨年メーカーからの要請を受け、また国内での需要が上がったため、抹茶の原料となる「てん茶」の製造一本に切り替えた。抹茶とは、粉末状に挽いたお茶の葉そのものを飲む点が、お湯に茶葉を浸し成分を抽出する煎茶と異なる。てん茶は抹茶になる前の段階の、蒸して乾燥した茶葉を指すそうだ。

寒冷紗で覆われた茶樹。光を遮ることで葉に含まれる甘みとうまみ成分が、苦み成分に変成するのを防ぐ

栽培する茶樹そのものは同じながら、抹茶用の茶葉生育にはずっと手間がかかる。まず、肥料をより多く与えなくてはいけない。そして収穫前に2〜3週間ほど寒冷紗(かんれいしゃ)という黒布で覆い遮光する。この作業によって茶葉はより緑色を増し、味や香りも良くなるという大切なプロセスだ。

摘み取った茶葉は蒸した後、揉まずに乾燥するところが抹茶の特徴だ。収穫は、初夏の一番茶に始まり年に3回行うので、4月から11月までは 「一息入れる時間もない」ほど忙しい毎日が続く。切り替え前よりも作業はずっと大変そうだ。しかし二人とも、将来に目を向けて柔軟に事業の形を変えて行くことは大事だと考え、この新たなチャレンジにも意欲的に取り組んでいる。

月ヶ瀬の暮らしに積極的に溶け込んだリンダさん

リンダさんと夫の健さん。月ヶ瀬に来て、畳の部屋暮らしにはすぐに慣れたが、夫婦単位で行動することがなく、何をするにも男女別なのにはなかなかなじめなかったそうだ

国際ボランティア交流留学プログラムでベルギーを訪れた健さんと出会うまで、リンダさんは日本についてほとんど知らなかったそうだ。30年前のベルギーでは、日本が話題になることは少なく「学校でヒロシマについて習ったくらいだった」と覚えている。いろいろ話を聞くうちに日本にも健さんにも興味が募った。その後リンダさんはベルギーで看護婦学校を卒業したが、日本への興味は消えず、大阪へ1年間留学することに。そしてさらに1年後、健さんと結婚して月ヶ瀬に住む事を決意したのだった。

移住にあたり、文化や習慣の違いに戸惑うであろうことは覚悟していた。しかし、月ヶ瀬は奈良駅から一日2、3便しかないバスに揺られて80分、人口2千人足らずという小さな村。大阪のような都会ともまったく異なり、リンダさんは二重にカルチャーショックを受ける。年中行事や自治会への参加など、大阪では遭遇しなかった数々の「しきたり」を学ばなくてはならなかった。それでも月ヶ瀬の住人は、当時あまり知られていなかったベルギーという国から来た「ガイジン」に興味津々。積極的に溶け込もうとするリンダさんを、開放的に受け入れてくれたことはありがたかったそうだ。

月ヶ瀬と故郷ベルギーの田舎町とに共通する良い点は、小さいコミュニティーならではの、人々の思いやりだと語る。にわか雨が降れば、隣家から「洗濯物が濡れるよ」と電話が来る。他人の家の子どもも、自分の子どもと同じようにリンダさんは叱ったり面倒を見たりする。温かい心に満ちた環境で、3人の子どもを育てられた事はとてもよかったと感じている。

ちなみに、リンダさんの日本語教師となったのは、同居していた健さんの祖父母だった。農作業を覚える前は家にいたので、一日中一緒にいて意思の疎通を図ったことが日本語の特訓になった。「でもなにせ、お年寄りに教わったさけ、リンダのコトバはとっても古い!ってみんなに言われてもうて」とリンダさんは笑う。

健康と美容のために抹茶に注目する欧州

来日28年、すっかり日本に根を下ろしたリンダさんだが、ヨーロッパと日本のつながりには常に高い関心を寄せている。ベルギーに里帰りするごとに、ヨーロッパでの日本茶の飲まれ方や、食の変化などには注意を払う。最近、抹茶が「健康と美容」という視点から注目を浴び、ブームとなる気配を見せていると教えてくれた。オランダ、英国、フランスなどの新聞や雑誌で年明けに発表された「2015年の流行予測」リストのどれにも「MATCHA」が入っている。女性誌でも、毎日抹茶を1杯飲むと、アンチエイジング、デトックス、減量などの効果が期待できると、大きく取り上げられている。

確かに、ヨーロッパの都市部で今、抹茶は「青汁」と同感覚で飲まれ始めているようだ。ロンドンでは、冷水で点てた抹茶をウィスキー用のショットグラスで毎朝一気飲みする「MATCHAショット」が、ビジネスマンや幼い子供を持つ寝不足気味の親の間で評判を呼んでいる。エスプレッソコーヒーと同等のカフェイン含有量ながら、覚醒効果はよりマイルドで長続きする。抹茶の味は泡で決まるというが、泡立てるのも茶せんではなく、誰にでも簡単に使える電池式のミニホイッパーが使われている。

新しい視点から再発見された抹茶

ショットグラスに注がれた「MATCHAショット」とミニホイッパー。欧州では、健康に関心の高い人々の間に人気上昇中

最近まで緑茶は、一般のヨーロッパ人には「苦い、青臭い」と敬遠されることが多かった。数年前に煎茶にミントやフルーツなどの香りをつけ、苦みを抑えたフレーバー・グリーンティ―が登場してからは市場の状況が変わり、ヨーロッパ各地の家庭でも好まれるようになっている。しかし、こと抹茶については、ティーセレモニー(茶道のお点前)で儀礼的にいただくものという、近寄りがたいイメージが残っていたのだった。それが今回は、医学的効能があらためて注目されてのブーム気配。いわば「抹茶の再発見」だ。

日本人にはおなじみの抹茶ラテ、冷たい抹茶ミルク、果汁と混ぜた抹茶ジュースなどの目新しい商品も登場している。ベルギーとフランスでは、創作料理にも利用できる抹茶にゆずやジンジャーなどを配合したパウダーが、日本から輸入され始めている。また、抹茶をエスプレッソカップで供する「MATCHAバー」の人気が、遠くニューヨークからも伝わって来るなど、MATCHAの名は、いまや「最新のスーパーフード」の一つとして、ヨーロッパばかりでなく世界的に認知度を上げ始めていると言えそうだ。

抹茶と温めて泡立てたミルクを合わせた抹茶ラテ

お茶を楽しむ人口をもっともっと広げたい

「月ヶ瀬みのり園」のリンダさんにとって、これはとてもうれしい現象だ。日本茶を楽しむ人口が増え、同時にもっと自由な楽しみ方が広まる事は、以前からリンダさんと健さんの願いでもあったからだ。

月ヶ瀬はもともと銘茶「大和茶(やまとちゃ)」の産地として知られる。苦みの強い、古くから茶人に愛されてきた通のお茶だ。リンダさんも日本に来てから茶道を習い、その奥深い世界に魅了された。生まれて初めて緑茶を飲んだ時は「生ほうれん草を噛んでいるみたい」と、しばらくは好きになれなかったのが、結婚後は新茶の出来栄えを評価できるほどになっている。

リンダさんオリジナルの抹茶入りベルギー風ワッフル。煎茶を粉にして生地に加えると出来上りが黄色くなってしまうが、抹茶だとこの通り鮮やかな緑色に焼き上がる

だからこそ、コーヒーや紅茶ばかり好む世代に「せっかく日本茶というおいしい飲み物があるのになぜ?」と問いかけると同時に、もっと飲みやすい日本茶の必要性を感じたそうだ。緑茶飲料用の生産契約を続けたのも、おいしいお茶が手軽に飲めたら新しい市場の開拓になるのでは、という考えがあったからだと語る。

リンダさんは、抹茶の見事なお点前を訪問客にふるまうほか、飲み方や料理への利用を自分でも研究している。例えば、ベルギー名物のワッフルに加えたり、ミキサーで撹拌して冷たい抹茶ドリンクを作ったり。「抹茶はおいしくてヘルシー。ヨーロッパでも日本でも、いろいろな形で抹茶を楽しむ人をたくさん増やしたい」と、ヨーロッパでの飲まれ方も参考にしながら、アイデアを模索しているそうだ。

西中リンダ Linda NISHINAKA

ベルギー第3の都市、ゲント郊外生まれ。大阪留学を経て1987年に結婚し、奈良市月ヶ瀬に移住。夫の継いだ茶農家「月ヶ瀬みのり園」の経営に加わる。繁茂期の合間には、近所の小学校で英語を教えたり、抹茶を使ったレシピを研究している。

注:月ヶ瀬村は2005年に奈良市へ編入され、現在は奈良市月ヶ瀬と呼ばれている。