2015.10.23

Q & A

イラン核合意でEUが果たした役割は?

イラン核合意でEUが果たした役割は?

Q1. 2015年7月14日、イランの核開発をめぐる問題を協議していたイランと米、英、ロシアなど6カ国は解決に向け最終合意しました。そもそもイランの核開発問題とはどのようなものだったのでしょうか?

1963年、核保有国の増加を抑止することを目的として、「核兵器の不拡散に関する条約(NPT)」(核拡散防止条約)が国連で採択されました(1970年発効)。現在、締約国はインド、パキスタン、イスラエルなどを除く世界191カ国です。この条約によって、核兵器保有は、米国、ロシア、英国、フランス、中国(以下、「核兵器国」)だけに限定されました。それ以外の締約国である「非核兵器国」には、核兵器の製造と取得が禁止され、原子力の平和利用は認められるものの、それを軍事技術へ転用しないよう、国際原子力機関(IAEA)による当該国の原子力活動の査察の受け入れなど、いわゆる「IAEA保障措置協定」を受諾する義務が規定されました。

イランは、NPT発足当時に締約した非核兵器国ですが、2002年に、①高濃縮ウランが同国のナタンズで製造されていること、②プルトニウム抽出のための重水炉が同国のアラクにあること――が、反体制派によって暴露されました。この2つは原子爆弾の製造を可能にする物質であることから、国際社会でイランの核兵器保有に対する懸念が高まったのです。

Q2. イランの核開発問題の解決に向けた国際社会の動きについて教えて下さい。

まず、2003年9月、IAEA理事会は、イランにウラン濃縮の停止を求める決議を採択しました。欧州連合(EU)加盟国である、英国、フランス、ドイツの3カ国は、外交的手段で解決をすべくイランとの交渉に努め、2004年11月、イランがあらゆるウラン濃縮活動を自発的に停止することを受け入れる「パリ合意」が成立しました。ところが、2005年8月、強硬保守派であるマフムード・アフマディネジャード大統領(当時)が就任すると、イランはウラン濃縮活動を再開し、IAEAとの協力を拒否。2006年2月、IAEA緊急理事会は、イランが長期にわたりNPTに明記されている非核保有国としての措置に従っていないとし、イラン核開発問題の国連安全保障理事会への付託決議を採択しました。

安保理への付託決議採択を受け、イランは、核開発は国家の威信に関わる問題であるとして、IAEA査察への協力の停止と大規模なウラン濃縮活動実施の実行を打ち出し始めたのです。この緊迫した状況の中で、英国、フランス、ドイツだけではなく、国連安保理常任理事国である米国、ロシア、中国を加えた6カ国(EU3+3)による合同協議がスタート。イランがウラン濃縮を断念した際の見返りおよび拒否した場合の制裁に関する「包括見返り案」の提案、さらに国連安保理で制裁措置の決議などが行われました。

しかし、イランはいずれにも応じなかったため、国連は2006年12月から核・ミサイル関連貨物・技術の輸出入禁止、核開発関連の金融資産の凍結、およびイランの核活動等に関与する個人の入国や通過の警戒ならびに国連制裁委員会への通知など制裁措置を採択(安保理決議1737号)。

その後も「EU3+3」の6カ国は、イランとの対話を何度も試みますが、イラン側はNPTで明記されている非核保有国に保障されている「原子力の平和利用の権利」を主張。一方、6カ国側はイランの核兵器製造を疑い、協議は平行線をたどります。

E3+3によるイラン核協議の模様(2015年7月6日、オーストリア・ウィーン) © European Union, 1995-2015

Q3. 交渉が行き詰まる中、事態打開に向けEUはどのような役割を果たしたのでしょうか。

ジョージ・W・ブッシュ政権下の米国、またイランと敵対するイスラエルは、「イランの核武装は受け入れられない」とし、武力攻撃を含む「あらゆるオプション」を「排除しない」という姿勢で臨みました。しかし、国際社会におけるあらゆる軋轢を武力ではなく話し合いによって解決することを外交・安全保障政策の基盤としているEUは、協議の最初から一貫して外交交渉による問題解決を目指しました。

2006年、6カ国による交渉が始まると、国連安保理は、EUのハビエル・ソラナ共通外交・安全保障政策上級代表(当時)に交渉調整役を委任。2010年からは、キャサリン・アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表(当時。以下、上級代表)が同調整役を継承しました。EUでは、国連で採択されたイランへの制裁決議に加え、いくつかの独自の補足的な制裁を2010年から徐々に導入し制裁を強化する一方で、常に対話の糸口を模索し続けたのです。

膠着していたイラン核協議の打開に向けて交渉調整役として活躍したアシュトンEU上級代表(中央)。右はイランのザリーフ外相、左はドイツのヴェスターヴェレ外相(肩書きはいずれも当時)(2013年11月20日、スイス・ジュネーブ) © European Union, 2015

転機が訪れたのは、穏健派とされるハッサン・ローハニ氏がイラン大統領に就任した2013年6月以降のことです。当時、イランは核開発をめぐり国際的に孤立。経済制裁の影響で国民の閉塞感も高まっていました。このような状況の中、ローハニ大統領は国際社会との対話路線を打ち出し、欧米諸国首脳との会談を再開。2013年10月から11月にかけスイス・ジュネーブで、アシュトンEU上級代表が調整役となり、イランと6カ国の間で協議が行われました。イラン側はウラン濃縮活動の制限、アラクの実験用重水炉の建設中断などを受け入れ、その見返りとして、貴金属や石油化学製品などに絡む経済制裁の一部緩和などを盛り込んだ暫定的な「ジュネーブ合意」が締結されました。

Q4. 最終合意の内容を具体的に教えてください。

イランと6カ国は最終合意を目指して2014年から2015年にかけて、期限を延長しながら断続的に協議を続けました。そして、2015年4月2日、スイス・ローザンヌで長期的枠組みの決定に至り、7月14日、オーストリアのウィーンで具体的な点を明らかにした最終合意「包括的共同行動計画(JCPOA)」が署名されました。最後まで争点となっていた制裁解除時期に関しては、ミサイル開発に関する制裁は今後8年間、武器取引に関する制裁は5年間継続されることになりました。国際社会は、この最終合意が、中東で最も長く続いた深刻な核問題の解決につながることを期待しています。

イラン核問題に関する最終合意について共同声明を発表するモゲリーニ現EU上級代表(中央)と、イランのザリーフ外相(2015年7月14日、オーストリア・ウィーン)

協議に関する6カ国側の狙いは、イランの核兵器開発の可能性をゼロとすることにあり、イラン側の目的は経済制裁の全面解除にありました。合意の主旨は、双方の意向を汲んで「イランは核兵器をいかなる場合にも取得、開発しないことを宣言」し、国際社会はイランが合意内容を履行していることを確認してから徐々に経済制裁を解除する」というものになりました。しかし、原子力の平和利用に関する権利は残され、合意が遵守されていることをいつでも確認できる仕組みが定められました。ポイントとなるのは以下の点です。

濃縮ウラン関連
イランが製造する濃縮ウランの濃度は3.67%以下で、原子力発電用の濃縮度の低いものだけ、15年間、ナタンズ施設においてのみ許可。また、今後10年間、ウラン濃縮に使う遠心分離機の数を現在の3分の1に減らす。これにより、核兵器の製造にかかる時間は少なくとも1年と以前より長くなり、イランが核兵器を秘密裏に製造していることが発覚しても、国際社会が経済制裁などをとる時間的猶予を担保した。
プルトニウム関連
兵器級プルトニウムの生産ができないように、建設中のアラクの重水炉の設計を変更。また、今後15年間、これ以上の重水炉を建設しない。
IAEA査察について
イラン側は、IAEAが国内すべての核施設の抜き打ち査察をすることに同意。軍事施設に関しては、「必要とあれば、一定の条件の下で」査察が可能。
制裁の解除について
国連安保理決議による制裁措置、またはEUと米国が独自に採択した制裁措置は、イランの合意遵守をIAEAが確認すれば解除されうる※1。2016年の初頭に実現する見通し。ただし、イランの合意違反が発覚した場合には、65日以内にすべての制裁が自動的に元に戻り、10年間継続される。国連安保理決議による制裁のうち、核拡散にも利用され得る物資輸入は、IAEAがイランの原子力開発が平和的利用のみであることを確認するまで10年間継続される。今後は、EU上級代表が調整役を務め、6カ国とイランの代表からなる特別委員会が創設され、2年ごとに会合を開き、合意内容履行の進捗状況について確認する。

Q5. イランと国際社会との関係が回復することで、どのような変化が期待されますか? また、懸念されることは何ですか?

7月28日に最終合意の履行について協議するためテヘランを訪問したEUのフェデリカ・モゲリーニ上級代表(アシュトン上級代表の後任)は、「合意の付加価値」として、シリア危機の解決やテロ活動の抑制を挙げています。

現在、シリアやイラクで過激派組織IS(イスラミック・ステート)が台頭し、それに付随する形で多くの若者がこうした紛争地に戦士として参戦するために赴いたり、EU加盟国内では帰国したこれらの若者の一部によるテロが発生しています。また、多くのシリア難民が大挙して欧州諸国に庇護を求めてやってくるという事態も発生しています。国際的孤立を解消することで中東紛争の仲介役となる力を取り戻したイスラム教シーア派の大国であるイランが、同じくシーア派のシリアのアサド政権に圧力をかけることでシリア内戦解決の糸口を見つけ、同時にスンニ派の過激派であるISの駆逐に尽力することで、EU域内でのこうした問題にも終止符を打つことができるのではないかというものです。

反対に、NPT非締約国で公表はしていないものの核兵器を保有していると推定されるイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、最終合意を「イランを核保有に導く」として、苛立ちを隠しません。イラン最高指導者セイエド・アリー・ハメネイ師がイスラエル壊滅計画を公表した前例もあるように、かねてからイスラエルと対立しているイランが中東で影響力を増大し、またイスラエルが敵対しているレバノンのシーア派組織であるヒズボラが、同じくシーア派であるイランの支援を受けることによって、武力を高めることを懸念しているからと思われます。また、イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアもこの合意に不服を示しています。これまで親米であったサウジアラビアは、イランが欧米諸国と接近することで自らの中東での存在感が薄くなり、また、シーア派であるイランやシリアが力をもつことを懸念しています。

イラン訪問前日の7月27日、モゲリーニ上級代表はサウジアラビアを訪れ、アーデル・ビン・アフマド・アル・ジュベイル外相と会談し、イランが10年から15年の間は核兵器を作ることはできないこと、合意は厳しい監視体制下に置かれる確かなものであることを強調しました。さらに、これをきっかけに中東和平への新しい展望が開けるよう、EUが今後も尽力するという強い意思を表明しました。

 

※1^ EU理事会は包括的共同行動計画が発効した10月18日に、イラン核開発問題にからむ全ての経済・金融制裁解除のための法規を採択した。本法規は、イランが実施する核関連施策の実施をIAEAが検証すれば発効する。

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