欧州委員会委員長の2017年「一般教書演説」と優先課題の進捗状況

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欧州委員会のユンカー委員長は、本年9月13日に欧州議会で「一般教書演説」を行い、「EUの経済は復調しており、英国の離脱決定を巡って27カ国の団結は強まっている」と述べた。また、今後の重点的な取り組みを提示し、2014年の就任時に掲げた「10の優先課題」の進捗状況も発表した。

EUの成果を評価し、ビジョンを示す「一般教書演説」

2017年11月に発足4年目を迎えた、ジャン=クロード・ユンカー委員長率いる欧州委員会。ユンカー委員長は9月13日、フランス・ストラスブールで開かれた欧州議会本会議において「一般教書演説(State of the Union)」を行った(演説本文を含む原文の関連資料はこちら)。一般教書演説は、毎年9月に欧州連合(EU)がここ1年の成果を振り返りつつ、この先の優先政策に関する委員長の展望を欧州議会議員に概説するもので、EUがより効率的でかつ透明性をもって機能するよう、リスボン条約(改正EU条約)によって2010年に導入された。

ユンカー委員長はまず、昨年の演説で掲げた「市民を保護し、市民に力を与え、域内外の脅威から市民を防御する欧州」という課題に言及し、過去1年間に欧州議会の協力を得てそれらが実現に向かっていることを確認した。また、域内景気の回復が5年目を迎え、失業率が9年来の低水準を記録したことなどの例を挙げながら、「欧州は再び風をその帆に捉えるようになった。〈中略)危機発生から10年が過ぎた今、欧州経済はようやく立ち直ってきた。それと同時に、われわれの自信も回復しつつある」と評価した。また、英国のEU離脱決定を乗り越えて、「27加盟国の首脳、欧州議会および欧州委員会は、われわれの連合に『欧州』という要素を再び取り戻している」とし、さらにEUの団結が促進されていることを強調した(EUの成果についての詳しい内容は後述)。

欧州議会での演説で、ユンカー委員長はEU経済の回復を評価して「欧州は再び風をその帆に捉えるようになった」と巧みに表現した(2017年9月13日、ストラスブール)
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EU改革を目指すユンカー委員長の画期的な提案

ユンカー委員長は、今後1年間、最優先で取り組むべき課題として、(1)欧州の貿易の促進、(2)産業(特に製造業)の強化と競争力の向上、(3)気候変動対策での先導、(4)サイバー攻撃からの欧州市民の保護、(5)難民・移民問題への注視の継続、という5つを挙げた。演説ではまた、「より統合された、より強力でより民主的な連合」に向けて、英国が脱退する2019年3月までに取るべき行動を列記した行程表が提示され、EUは外交政策でより力強く行動すべく、自らの内部プロセスを考察すべきとの認識を示した。

欧州委員会は本年3月、2025年までにどのようなEUになっているかを市民と共に考えるために、5つのシナリオを盛り込んだ「欧州の将来に関する白書」を発表しているが、この白書に触れながら、演説の中でユンカー委員長は「自由・平等・法の支配」という3大原則に基づく自身の新たな6つ目のシナリオを打ち出し、EUが取るべき施策を次のように提案した。

まず経済面では、全てのEU加盟国が銀行同盟に加わり、(英国とデンマーク以外の)加盟国でユーロ導入が必要であること。また、より強固な単一市場と経済通貨同盟(EMU)を築き、ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)の統括を兼ねる欧州経済・財務相を置くべきだと主張した。防衛面では、テロリストや外国人戦闘員に関するデータを、情報機関と警察の間で自動的に共有する欧州情報機関を創設し、2025年までに欧州防衛同盟を実現させることを呼びかけた。

また、貿易や環境などの分野で、EUが世界の先導者としての役割を果たしていくためにも、外交政策をより迅速で効率的に展開できるように、EU理事会の採決方式を全会一致から特定多数決へ移行すること、またEUがより民主的かつ機能的な組織となるように、欧州委員会と欧州理事会のトップを統合するなどの検討を促した。最後に、2019年3月29日に予定される英国のEU脱退に遺憾の意を表しながら、その翌日にルーマニア(その時点でのEU理事会議長国)で特別首脳会議を開催することを提案。「『より統合された、より強力でより民主的な連合』を実現させるために必要な意思決定を行う、極めて重要な集いとなるはずだ」と結んだ。

State of the Union 2017 Highlights[字幕なし・オリジナル音声のみ] © European Union, 1995-2017

就任以来、重点的に取り組んできた「10の優先課題」

ユンカー委員長の一般教書演説に呼応する形で、欧州委員会は就任時に委員長が掲げた「10の優先課題」の進捗状況も発表した。優先課題は、EUを巡る状況が変わったため、貿易政策など見直した部分もある。以下にそれぞれの進捗の具体例をまとめた。

1.  雇用、経済成長そして投資の促進

● EU全体の失業率がここ9年で最低の7.7%まで低下
● 現委員会の任期中に約800万人の雇用を創出
欧州投資計画(別称:ユンカー・プラン)は、全EU加盟国で総額2,250億ユーロの投資を誘致
● 同計画により、計296件の金融契約が地域経済を押し上げ、44万5,000の中小企業や新規事業への資金調達が可能に

2.  デジタル単一市場(DSM)

デジタル単一市場の改善・強化のため、14の法案が欧州議会とEU理事会で審議中
● 2017年6月、EU域内のローミング料金を撤廃
● 2018年5月には、EU初の共通サイバーセキュリティ法(「ネットワークと情報システムの安全に関する指令」=NIS指令)が整備

3.  未来を見据えた、気候変動対策を含む弾性のあるエネルギー同盟

● 2015年11月のパリ協定で、EUは2030年までにガス排出量を1990年比で40%削減することを約束
● 2016年11月に提案された「全ての欧州市民のためのクリーンエネルギー」と銘打った施策群は、2021年から毎年、約90万人の新しい雇用を創出し、約1,770億ユーロの投資を誘致する見込み

4.  産業基盤強化を通じ、より深化した、より公正な域内市場

● 税優遇措置がEUの国家補助ルールに違反するとして、アイルランドにおけるアップル社など民間企業数社を提訴。これにより、欧州の納税者は最大130億ユーロを回収できる見込み
● グーグル社にEU独占禁止法の適用を決定

5.  より深化した、より公正なEMU

● 2011年に24カ国だった過剰財政赤字是正手続き対象は、今では3カ国を数えるのみ
● 金融同盟の創設と銀行同盟の完成を目指すほか、経済の安定と収れん、またEMUの強化を推進

6.  グローバル化を活用するためのバランスの取れた進歩的な貿易政策

● 2017年7月、日・EU経済連携協定(EPA)が大枠合意(編集部註:その後12月に交渉妥結)
● 同9月にカナダと包括的経済貿易協定の暫定適用を開始
● 同年末までに、メキシコと南米諸国との間で自由貿易協定(FTA)の政治的合意を目指す意向
● オーストラリア・ニュージーランドとの貿易交渉開始を提案

EPAの大枠合意を祝する岸田外務大臣(当時、左)と欧州委員会のマルムストロム通商担当委員。EPAは日本・EU双方にとって貿易の大きな進展となる(2017年7月5日、ブリュッセル)
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7.  相互信頼に基づいた司法・基本的人権の領域

● 2017年4月7日以降、EUの対外国境を越える全ての旅行者を体系的にチェック
● 乗客予約記録(Passenger Name Record=PNR)のデータに関する新しいルールが決定
● シェンゲン情報システムに含まれる約7,000万件の警告通知閲覧回数が、2016年には40億回に

8.  移民・難民に関する新たな政策

● 2016年中に72万人以上の難民が庇護を許可され、域内へ定住
● 約2万2,000人の難民を定住させる2カ年計画はすでに77%完了
● イタリアとギリシャへの負担を緩和させるため、ほぼ全てのEU加盟国で難民の移送を実施
● 人命救助と国境警備に当たる欧州国境沿岸警備隊員約1,700人を配備。また、EU国境警備のため加盟各国から約10万人を補完

9.  国際舞台でより強力な役割を担う

● 国連の「持続可能な発展のための2030年アジェンダ」を、EUは世界で主導的に実施
● 2016年も、世界最大規模の公的開発援助(援助金755億ユーロ)を提供

10.  より民主的に変化するEU

● 欧州議会や欧州市民と密接なパートナーシップを築くため、欧州委員会委員はこれまでに欧州議会の1,274の討議に参加
● 同委員会委員は、加盟各国の国会議員とも650以上の会合を持った

2019年10月の任期満了まで、あと2年を残すユンカー委員会。発足した当時と比べて、欧州経済は着実な立ち直りを見せる一方、英国のEU脱退交渉をはじめとして、多くの政治的課題が残る。今後発揮されるユンカー委員会の手腕に、さらなる期待がかかる。

 

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