EU単一市場誕生20周年

PART 2

EU単一市場から学ぶこと
小川英治一橋大学副学長インタビュー

小川英治

一橋大学副学長/商学研究科教授(国際金融)
EUSI(EU Studies Institute in Tokyo)理事長
1981年一橋大学商学部卒業。1986年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学[1999年博士(商学)取得]。研究テーマは、国際通貨としてのユーロ、東アジア諸国にとって最適な為替制度、アジア通貨危機後の国際通貨システム。

 

―EU単一市場の完成までの歩みとその後20年の軌跡を、どのようにご覧になっていますか?

EU単一市場の歴史は、地域統合に向かう大きな流れの中に位置づけられています。

EU単一市場の始まりは、広義には、1952年、EUの基礎となる欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が創設され、まずは、当時6カ国の加盟国の間で石炭と鉄鋼の域内関税が撤廃されたことに始まります。その後、1968年には関税同盟が成立し、石炭と鉄鋼に限定されていた域内関税の撤廃が、その他の物にも拡大され、同時に対外関税の共通化が実現しました。その後、関税同盟の成立は、地域統合の深化に向けた動きの中で要の役割を果たし、欧州における通商政策や農業政策の共通化を促していきました。

物の動きの自由化が達成されると、次なる目的は、人、資本、サービスの動きを自由化した単一市場の形成に定められました。同時に、物の動きの潤滑化のために、非関税障壁の撤廃に向けた取り組みが進められ、域内の規格や基準、資格、手続き等の標準化などがはかられました。また、為替リスクや通貨交換費用の削減のため、単一通貨ユーロ導入に向けた準備も着手され、単一市場の発展と歩みをともにすることになりました。

EU単一市場の完成は、長年にわたる加盟国の努力の積み重ねと、域内の相互協調の醸成を抜きにしては語れません。しかし、このように、欧州における地域統合の深化の一環としてとらえると、単一市場完成までの道のりは極めて自然な流れの中にあり、必然的な出来事であったといえるのです。

―EUにとって、単一市場を完成させたことの最大のメリットは何でしょうか?また、EUの単一市場が日本にもたらすメリットは何でしょうか?

第2次世界大戦後、欧州域内の連携を強化していくためには、各国間の経済的な結びつきを強める必要がありました。また、米国や日本、その他の新興の国々との関係において欧州が優位な立場を得ていくためにも、地域が一つにまとまっていることは重要でした。しかし、EU単一市場の完成による最大のメリットは、何と言っても、市場の拡大にあったと思います。

一国の小さなマーケットを通じた成長には限界もある中、市場拡大のもたらすメリットは大きなインセンティブとなって、EU経済をけん引しています。単一のルールや手続き・規制のもとに、人口5億人を擁する巨大なマーケットが誕生したことの意義は非常に大きいのです。これにより、企業は手続きなどの簡素化によるコスト削減や、調達先・販売市場の拡大がはかれるのみならず、生産や流通、事業管理の拠点をより有利な場所に配置して、域内で効率的なネットワークを構築することができるようになりました。一般市民も、物やサービスの消費者として、あるいは労働者として、その恩恵にあずかることができます。もちろん、経済規模や生産性の異なる国々で一つのマーケットを形成・維持していくことは簡単ではなく、加盟国間の格差の拡大など、政策的な協調や対処が必要とされる点は引き続き多くあります。しかし、単一市場の形成により得られるメリットは、各国が自国の小さな市場や企業を保護することのメリット大きく凌駕しているといえます。

EU単一市場の完成は、日本にとっても大きな経済機会として作用しており、日欧間の取引も確実に拡大しています。内需の拡大に限界を見出した日本企業にとって、5億人の比較的購買力の高い消費者を抱えた市場は大変魅力的です。また、例えば、2004年に中・東欧諸国が加盟すると(EU第5次拡大)、比較優位性の高い日本の産業がそれらの国々を生産拠点とする動きが活発化し、そこから域内各地に販売する体制が整えられるなど、機に応じた新しいビジネス関係の構築がより迅速に行えるようになっています。

―東アジア諸国がEU単一市場から学ぶことはありますか?

地域経済の統合のメリットが大きいことは、東アジアの国々でもよく理解されています。世界貿易機関(WTO)による世界貿易体制の構築・整備が行き詰まり、二国間や多国間の交渉がより実際的となっている現状において、近隣国との関係強化がより重要となっている点についても、東アジアの国々の認識は共通しています。これは、1992年以降、東南アジア諸国連合(ASEAN)が、ASEAN自由貿易地域(AFTA)の実現に向けて、域内の貿易自由化を段階的に進めてきていることや、ASEANがオーストラリア、中国、インド、韓国、ニュージーランド、日本と自由貿易協定(FTA)を締結してきた経緯からも見て取ることができます。

しかし、EU単一市場の歴史になぞらえると、東アジアは、いまだ関税同盟を成立させる以前の段階にあると位置づけられます。経済統合に至る順序としては、域内関税の撤廃と対外関税の共通化による関税同盟の成立、それに伴う制度や手続きの簡素・共通化と非関税障壁の撤廃、通商・経済政策の調和・共通化などのプロセスを経てから単一市場の完成に至りますので、東アジアの辿るべき道のりはかなり長いといえます。

他方で、関税同盟が成立した1950年代の欧州と、現在の東アジアとでは、その置かれる状況が大きく異なっています。東アジアにおいては、関税同盟こそ成立していませんが、民間企業のイニシアチブにより、調達、生産、流通、販売が既に国境をまたいで行われるようになっており、事実上、地域全体が生産工場化しています。これは、欧州における地域経済の統合が政治主導で進められ、その後に経済が「付いてきた」経緯とは対照的であるといえます。経済的なメリットが民間企業ベースで理解され、また実際に追及されているという事実は、今後、東アジアにおける経済統合の大きな推進力になっていくでしょう。

―EU単一市場の今後の課題は何でしょうか?

先ほどは、EU単一市場の歩みと地域統合の深化についてお話ししましたが、地域統合には、深化に加えて拡大という側面もあります。

1950年代の欧州に部分的な関税同盟が成立してから、2012年に単一市場の誕生20周年を迎えるまでに、加盟国は6カ国から27カ国に増えています。EUの拡大に伴って、経済規模や生産性の異なる国々が次々と地域統合の仲間入りを果たし、市場や通貨については統合の深化もはかられてきましたが、次の段階においては、財政政策での統合の深化が目指されるべきでしょう。欧州債務危機の発生も、財政規律のゆるみを大目に見ながら拡大が進められたことの結果に他なりません。

EU単一市場に限った課題とは言えませんが、今後は、財政政策の統合を深め、財政規律を再び高めていくとともに、各国間の格差を縮小させ、地域全体として生産性の向上を実現していく必要があると言えるでしょう。

関連情報

単一市場20周年 公式サイト
EU公式サイトEU単一市場に関するページ
欧州委員会公式サイトEU単一市場に関するページ
欧州委員会バルニエ域内市場・サービス担当委員公式サイト