伝統と品質の欧州ワイン ~EUのワイン法とワイン産業~

© Toru Shiomi
PART 1

欧州のワイン文化を支えるワイン法

日本国内でも欧州の多種多様なワインが手に入りやすくなったが、欧州連合(EU)には、ワイン自体を定義し、その生産方法やラベル記載内容を厳格に規定する法律「ワイン法」が存在していることは、あまり知られていない。欧州のワイン法とはどのような法令なのか。まずはその歴史からひも解いてみる。

ワインの歴史とワイン法の成り立ち

ワイン作りの起源は一説によるとおよそ8,000年前まで遡る。古代エジプトでは王侯貴族を中心にワインが飲まれるようになり、古代ギリシャにその製法が伝わると広く一般庶民の間でも親しまれるようになった。当時からワインは重要な交易品として位置付けられており、ギリシャの有名なワイン産地であったキオス島には各国に輸出された記録が残されている。容器には産地や品質を保証する印章が刻まれ、現代における「ラベル」の役割を果たしていた。やがて古代ローマ時代に入ると、ローマ帝国の周辺地域から流入するワインが増加したため、当時の立法機関である元老院は、お膝元であるイタリア半島のワイン生産者らを保護するための法律を決議している。

中世から近代にかけて、フランスのボルドーやイタリアのキャンティといった現代まで続くワインの名醸地が誕生するが、同時に粗悪なものや砂糖などを加えたまがいのものも出回るようになる。特に19世紀末のフランスではその弊害が著しく、対抗策として1894年に「新鮮なブドウを発酵させて作られる産物以外はワインを称して販売してはならない」とする「グリフ法」が定められた。このグリフ法が定めたワインの定義は、その後も受け継がれ、現代のワイン法の原型となっている。

1957年には欧州経済共同体(EEC)の設立条約が調印され、欧州の共通市場設立を目指す政策がスタートした。その中で、共通農業政策の一環として1962年に制定された「ワインの共通市場制度(CMO:Common Market Organisations)設立規則」こそが、現在のEUワイン法の出発点となっている。

EUワイン法の構成と内容

EUのワイン法は単一の法令としてではなく、複数のEU理事会規則と欧州委員会の施行規則によって構成されている。基本原則は2008年に改正された理事会規則 479/2008号によって定められており、「EUのワイン産業に対する支援措置」、「使用可能なブドウ品種、醸造法、原産地呼称・地理的表示制度、ラベル表記などの規制措置」、「域外国との輸出入規定」、「生産調整に関する規定」などからなっている。これらの措置・規定の実施手段は欧州委員会施行規則として細かく定められており、このうち「使用可能なブドウ品種、醸造法、原産地呼称制度、ラベル表記などの規制」が狭義のワイン法となっている。なお、ワイン法が適用されるブドウ生産物は、理事会規則1308/2013号により、以下の17品目と規定されている。

EUワイン法が適用される17品目の一覧

(1)ワイン/(2)発酵中のワイン/(3)リキュールワイン*/(4)発泡性ワイン**/(5)優良発泡性ワイン/(6)芳香性優良発泡性ワイン/(7)炭酸ガス添加発泡性ワイン/(8)弱発泡性ワイン***/(9)炭酸ガス添加弱発泡性ワイン/(10)未発酵ブドウ果汁/(11)部分発酵ブドウ果汁/(12)乾燥ブドウ由来の部分発酵ブドウ果汁/(13)濃縮ブドウ果汁/(14)調整濃縮ブドウ果汁/(15)乾燥ブドウ原料ワイン/(16)過熟ブドウ原料ワイン/(17)ワインビネガー

 *     酒精強化ワイン とも呼ばれる
**  スパークリングワインとも呼ばれる
***  ガス圧が2.5バール以下のもの(1バールは約1気圧)

なお、基本原則である理事会規則479/2008号は当初ワインの共通市場制度のみに関する規則であったが、2009年および2013年の改正によって、水産物なども含めた他の産物の規制に統合された。日本などEU域外の国では、アルコール飲料であるワインが、水産物や農産物と同じ規制に含まれることに違和感を覚える人がいるかもしれない。欧州の人々にとってもワインはアルコール飲料の一つであることに違いはないが、ブドウという農産物に根ざした産品だということがより強く意識されていることがうかがえる。

ワイン法の目的には、生産者の正当な利益の保護とともに消費者の保護、そしてワイン産業全体の振興が挙げられる。その細かな内容は時代とともに見直されてきたが、「ワインの定義」、「原産地呼称」、「ラベル表記の規制」の3点については、ワイン法によって普遍的に規律されるべき内容となっている。

ワイン法の目的は、生産者の正当な利益の保護、消費者保護、ワイン産業全体の振興である  © Robert Verzo /Flicker

EUのワイン法によるワインの定義と分類

EUのワイン法では「破砕された、あるいは破砕されていない新鮮なブドウ、もしくはブドウ果汁を部分的あるいは完全にアルコール発酵させて生産されたもの」と定義している。つまり、原則としてブドウ以外の果実を使用した醸造酒をワインとは呼ばない※1 。このほか産地の気候条件に応じてアルコール度数や総酸度などの下限や上限が定められており、補糖や補酸、アルコールの添加といった醸造時の補助操作に対しても、添加量の上限などの基準が設けられている。ワインの種類や産地ごとに定められたこれらの基準を満たさない場合は、たとえ同じような醸造方法で同じ地域で生産されたとしても、EUのワインとは認められず市場に出すことができない、という厳しいものだ。

ワイン法ではワインのカテゴリー別にルールがあり、そのカテゴリーはまず「地理的表示付きワイン」と「地理的表示なしワイン」に分けられる。「地理的表示なしワイン」のラベルには産地を記載することができない。「地理的表示付きワイン」はさらに「原産地呼称保護(PDO : Protected Designation of Origin)ワイン」と「地理的表示保護(PGI : Protected Geographical Indication)ワイン」に分類される。PDOワインには、視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚という人間の感覚を使って対象物を評価する「官能審査」が必須で、呼称産地で栽培されたブドウを100%使用することが義務付けられるなど、PGIワインよりも厳しい基準が課せられている。

原産地呼称保護(PDO)ワインと地理的表示保護(PGI)ワインの違い

原産地呼称保護ワイン
(PDO/フランス語でAOP)
地理的表示保護ワイン
(PGI/フランス語でIGP)
国内法上のカテゴリー AOC(フランス)
DOC、DOCG(イタリア)
DOCa、DO(スペイン)
Prädikatswein、QbA(ドイツ)など
IGP(フランス)
IGT(イタリア)
Vino de la Tierra(スペイン)
Landwein(ドイツ)など
産地とワインの関係 固有の自然的・人的要素、特別な地理的環境 品質、社会的評価、その他の特性のいずれか
その産地のブドウの
使用割合
100% 85~100%
(ただし外国の原料は使用不可)
品種 ヴィティス・ヴィニフェラ*のみ ヴィティス・ヴィニフェラ交配種も使用可能
官能審査 必須 任意(産地により必須)

* 欧州系のワイン用ブドウの学名。アメリカ系の生食用ブドウに比べて果実が小ぶりで水分が少ない分、糖度や酸度が高い。
出典:蛯原健介『はじめてのワイン法』虹有社、2014、p.141

PDOやPGIに登録するためには、生産者団体などが産地呼称のための条件を示した生産基準書を提出し、加盟国と欧州委員会のそれぞれの審査をパスする必要がある。生産基準書には1ヘクタールあたりの最大収量や、ワインの品質と特性が固有の地理的特性に由来する理由などが詳細に記載されていなければならない。それゆえ地理的表示の付いたワインは、品質や特性がより強く産地と結びつけられており、概して社会的評価の高い優良なワインと認められている。またPDOやPGIの呼称は理事会規則によって保護されており、不正な商業利用は禁止されている。産品の原産地が「〜型」、「〜方式」、「〜風味」といった形式で表記されたとしても、それらは模倣とみなされ、不正利用禁止の対象となる。

EU加盟各国のワイン法

EUワイン法は、加盟各国の国内法に優先して各国政府や企業の行動を直接規制する「規則(Regulation)」で定められているため、加盟各国では欧州統合以降、EUワイン法への対応が進められている。冒頭で紹介したように、欧州にはEUのワイン法が制定されるはるか以前よりワイン生産や流通、販売を規定する法令が存在している国があり、フランスではAOC(Appellation d’Origine Contrôlée)、イタリアではOCG(Denominazione di Origine Controllata e Garantita)など、EUワイン法のPDOやPGIに相当する産地呼称制度が国内法によって定めらている。国内法によって歴史的な背景をもって定められた産地呼称は、EUワイン法でも使用が認められており、フランスのロマネ・コンティやボジョレー、イタリアのバローロやアスティなど、欧州統合前から続く産地呼称も数多い。

EUワイン法に則していれば、各国は独自の措置を定めることもできる。例えばフランスのワイン法では「地理的表示なしワイン」のカテゴリーでリースリングやアリゴテなどのブドウ品種を表示することを国内法で禁止している。リースリングはアルザス地方、アリゴテはブルゴーニュ地方で主に栽培される品種であるため、これらの産地呼称ワインと誤認されることを防ぐためだ。また、ワイン産地としては比較的冷涼な地域が多いドイツのワイン法では、発酵前のブドウ果汁の糖度が格付けを決める基準の一つに定められている※2

ワインの味はその原材料となるブドウの栽培された産地の特徴「テロワール(Terroir: フランス語で土地や気候といった地方色を指す言葉)」によって大きく左右され、栽培に適したブドウ品種もさまざまだと考えられている。各地域のワインの特徴に応じた柔軟な法整備という観点からも、EUワイン法と各国の関連国内法は互いに補完しあい、欧州のワイン文化を支えている。

※1 ^ 加盟国の裁量によってブドウ以外の果実を用いた醸造産物についてもワインの呼称をつけることは可能。ただし消費者が定義上のワインと混同しないように表示に配慮する必要がある。日本にはワイン法に相当する法令は存在しないため、さまざまな生産品にワインという名称が用いられている。

※2 ^ ブドウの糖度の上昇速度は生育期の気温に比例する。冷涼な地域で栽培されるブドウは果実の成熟に対して糖度がゆっくりと上昇するため、一般的にはミネラル感が強く奥行きのある味わいのワインになる場合が多い。