欧州の宇宙への挑戦

© ESA / D. Ducros, 2013
PART 3

「競合でなく協力を」

アリアンスペース社は、欧州10カ国が出資して1980年に設立された衛星打ち上げ専門会社で、商業打ち上げで世界シェア1位の実績を誇っている。欧州の宇宙開発の中でのアリアンスペース社が担う役割と、日欧協力に関して、同社の高松聖司東京事務所代表に聞いた。

―アリアンスペース社設立にはどのような背景がありましたか?

1970年代当時、欧州各国は衛星開発に集中し、打ち上げは米国やソ連に頼む方針でした。しかし、ドイツとフランスが共同で開発した世界初の3軸安定衛星「シンフォニー」の打ち上げをNASA(米航空宇宙局)に頼んだ際、衛星を使っての商業活動はしないという制限をつけられました。このことを通じて、欧州各国は、安全保障の側面からも、先進国としての自立を確保するために、宇宙への独自のアクセスを確立する必要があると確信したのです。それが、アリアン・ロケット開発に着手するきっかけとなりました。

欧州宇宙機関(ESA)が、加盟国の出資金を募ってプログラム管理を、フランス国立宇宙研究センター (CNES) が打ち上げロケットの開発を担いましたが、アリアン・ロケットの信頼性の維持、品質管理、運用のためには、打ち上げの実績を積まなければなりません。当時、商業打ち上げ市場はほとんど存在していませんでしたが、実際に打ち上げサービスに着手することで市場を創造する方針を取ったのです。そこで生まれたのが商業打ち上げに特化したアリアンスペース社の設立でした。アリアンスペースは、商業打ち上げ活動を通して欧州各国政府の衛星の確実な打ち上げという義務を果たすことが要求されています。

―御社の衛星打ち上げロケットの運用体制について教えてください

現在は欧州の大型基幹ロケット「アリアン5(Ariane 5)」を中心に、中型ロケット「ソユーズ(Soyuz)」、小型ロケット「ベガ(Vega)」の3機を柔軟に運用しています。このうち、アリアン5は欧州の国際企業アストリウム・スペース・トランスポーテーション社が製造、ベガはイタリア主導の企業ELVが製造しましたが、ソユーズは旧ソ連で開発されたロケットです。この3機を、南米フランス領ギアナの宇宙センター(CSG)から打ち上げています。

―商業打ち上げにおける、日欧の協力関係についてお聞きします。本年6月には三菱重工業と「宇宙ロケットの商業打ち上げに関する協力覚書」を締結されましたね。

アリアンスペース社は、相互利益のある日欧ロケット協力の実現を目指して、1990年代から、アリアン・ロケットと日本の「H2」ロケットとの衛星インターフェースを共通化することを目的にした互換性会議を行ってきました。それが積み重なって、日欧のロケットのどちらかに何らかの不具合や技術的問題が生じたときのバックアップ体制や、お客様(衛星運用事業者)に対する共同提案などの協業に関する合意に結実したのです。

つまり、射場(ロケットを打ち上げる施設)での衛星の準備作業や関連する制約条件を共通化して、どちらのロケットでも使いやすい状況を整え、アリアンスペースと三菱重工が、複数の衛星を運用している顧客に共同提案することで、その顧客に対してより大きな便宜を図るような打ち上げサービスの提供が可能になります。

―今後、衛星打ち上げの分野で、日欧の協力はどのように深化するでしょうか。

日欧には、類似点がいくつもあります。まず、保有する大型基幹ロケットは1種類でバックアップ機を持たないこと(膨大な軍事予算を有する米国はデルタ、アトラスの2機を国内で維持可能)。ともに平和利用の原則があること。十分な政府の打ち上げ需要を持つ米国と違って、日欧は政府の打ち上げ需要が少なく、国内需要だけではロケットをいつでも必要なときに打ち上げられるよう、常に信頼のおける状態に保っておくことができないため、世界の商業打ち上げ市場で打ち上げ契約を確保する必要があること、などです。

しかし商業衛星の打ち上げは、年間せいぜい20機程度で、市場規模は2千数百億円から3千億円、例えてみれば日本のアイスクリーム業界半分程度の、小さく不安定で、脆弱な市場であって、広大な規模を持つ電化製品や自動車産業の市場とは性質を異にしています。ともするとロケットの技術開発競争や市場競争力ばかりが注目される傾向がありますが、ロケットの健全な維持のためには、かかる市場の特異性にも注目すべきです。小さな市場で日欧がぶつかりあうと、競争は消耗戦の様相を呈し、日欧はともに体力を失って、結果的に共通のライバルであるロシア、中国、インドなどにマーケットシェアを奪われてしまうことは最悪のシナリオでしょう。

だからこそ、日欧が協力して相乗効果を上げていくシステムが必要になっていく。単なるバックアップ体制を越えて、お互いの打ち上げ計画がコストの面でも無駄のない最適なものになるように、ロケットの運用面での協力もできるはずです。例えば、アリアン5で打ち上げるには小さ過ぎる衛星を種子島宇宙センターからH2Aで打ち上げ、大型衛星の静止軌道への打ち上げは、赤道近くに位置し静止衛星の打ち上げに効率のよいギアナ宇宙センターからアリアン5で打ち上げるというように。商業衛星だけでなく、政府衛星を打ち上げる場合にも日欧の協力を生かせば、政府予算の効率的な利用や、柔軟な打ち上げ計画の実現が可能となります。単なる民間の協力が深化すれば、最終的には国の利益になります。

―欧州では次期ロケットの「アリアン6」の開発が決まりました。日本では「H3」ロケットの開発が始まります。このことは、日欧協力にどのような影響があるでしょうか。

2021年に初打ち上げが予定される欧州の次期主力ロケット、アリアン6 ©ESA-CNES-AE

日欧の歴史の中では初めて、アリアン6とH3という基幹ロケット開発が同時に行われることになります。初飛行も、H3が2020年、アリアン6が2021年と、同時期を目指しています。アリアン6は固体燃料が主体、H3は液体燃料主体とされていますが、ロケットの細かい部分はまだ決まっていませんから、運用面での協力の可能性が、ロケットの機体構成に影響を与えることもあるでしょう。なぜなら、最適な機体構成は、年間の打ち上げ回数や、想定する打ち上げミッションによって決定されるものだからです。日欧それぞれが自国のロケットですべてをカバーしようとするのか、協力を前提にお互いの得意分野を生かしたものにするのかによって、設計は変わってきます。

日欧はこの千載一遇の協力の機会を生かすべきです。

―日本では9月に小型ロケットの「イプシロン」の打ち上げが成功しました。 欧州の小型ロケット、ベガとは、どのような協力が考えられますか?

ESAの地球観測衛星「Proba-V」打ち上げのために組み立てられる小型ロケット「ベガ」 © ESA/CNES/Arianespace/Optique Video du CSG

イプシロンの打ち上げ能力は、ベガの約半分だということを踏まえ、双方の特徴を生かした協力ができると思います。近年、衛星による災害監視の全世界的ネットワークの構築が課題となっています。定点観測が必要な災害監視は、まさに国際協力の分野です。日本はアジアでのネットワーク作りを進めようとしていますが、欧州とも協力することで全地球的なネットワークを構築できる可能性があります。打ち上げる衛星の種類によって、イプシロンとベガを使い分ける体制や、緊急の際のバックアップ体制を作ることを検討することは、日欧の相互利益につながると思います。

高松聖司 TAKAMATSU Kiyoshi

東京大学工学部航空学科修士課程修了(専門は構造設計)。富士重工業入社後、航空事業本部にて航空機構造設計、宇宙機開発プロジェクトに従事。1992年にアリアンスペース社に入社、2008年4月より同社東京事務所代表を務める。