欧州農業のこれから

© European Union, 2012
PART1

共通農業政策(CAP)50周年を迎えて

史上2番目に古い共通政策

農業は、欧州連合(EU)とその加盟国が権限を分かち合っている政策分野であり、加盟国の代表が集まってEUレベルで決定した共通政策を各加盟国が実施するという仕組みになっている。EUの歴史とともに歩んできた共通農業政策(CAP)は2012年、50周年を迎えた。CAPは石炭・鉄鋼部門の共通政策に続いて策定され、1957年欧州経済共同体(EEC)設立条約(ローマ条約第39条、現行第33条)に目的、原則、手段が定められている。1962年当時の主眼は、欧州の人々に十分な食糧を安定的に供給することに置かれていた。現在でも当初の目的は変わっていないが、時代の変遷と共に別の目的も与えられてきた。気候変動緩和や自然資源の持続的利用に果たす農業の役割にも重点が置かれるようになったからである。現在、EUはCAPの半世紀を機に、2013年に向けて政策の見直しを行っている。

CAP 50年の変遷

CAPの目的のひとつは、農家の生活を保障し、消費者に安全な食品を適正価格で安定供給することだ。域外からの農産物輸入に対して変動課徴金を課すことで安い輸入産品の流入を防ぎ、域内の農産物については市場価格が下落しても介入価格で買い支えることで最低価格を保証した。一方で、1980年代に生産過剰や貿易摩擦などの問題が顕著になり、1990年代から数度にわたり価格支持や補助金制度の改革が行われた。以下は50年の変遷をまとめたものだ。

出典: 欧州委員会ウェブサイトを基に作成
参考文献:「現代ヨーロッパ経済」第3版 第3章 有斐閣アルマ
欧州委員会: Milestone of the CAP

農業国が支えるEU

欧州連合(EU)の面積の8割以上は農地や森林といった農村地帯で、そこにEU人口の約半分が暮らしている。多くのEU加盟国は、農業を主要産業のひとつとする農業国だ。27加盟国中、農業経営体数は1,370万。その多くが家族経営で、平均耕地面積は12ヘクタールだ。これに対して米国では、200万の農業経営体が平均180ヘクタールの耕地を運営している。日本の場合、農業経営体数は153万で、一経営体当たりの耕地面積は全国平均で2.27ヘクタールとなる(2011年-農林水産省/農地に関する統計)。

現在、EUが目指すのは持続可能で、生産性が高く、競争力のある農業だ。優先事項は以下のの4つである 。

  • 食品の質と安全を保障する
  • 環境と動物福祉を遵守する
  • 世界貿易をゆがめることなく、EUの農家が世界で競争力を持てるようにする
  • 農村地域を保護し、活力と持続可能性を高める

現行のCAP制度は、2つの柱から成り立っている。第1の柱は農家への所得補助(支持価格と直接支払によって収入水準を維持すること)や市場施策(買入介入や輸出補助金)である。農業従事者の労働時間は長く、生産コストが農業収入を上回ることも少なくない。投資しても、回収には数カ月から数年かかるため、いくら質の高い農産物を生産しても、世界市場では価格面で不利になってしまう。EU農家の競争力を高めるには、農地を管理し、環境や動物福祉、食品安全の基準を満たす農家への所得補助が不可欠なのだ。ただし、92年の改革以降、CAPの財政は大きく変化し、価格支持や輸出補助金に関する財政支出は減少し、直接支払いに対する支出が増大。03年以降は直接支払いの大部分を生産から引き離すことで、支出を段階的に削減している。

第2の柱は農村開発政策で、CAPの重要な部分を占める。財源は欧州農村振興農業基金と農家への直接支払いの削減分だが、予算の少なくとも10%は競争力強化のため、25%は環境保全のため、もう10%は農村経済の多様化に充てられることが定められている。したがって、農村振興基金は、農家が農業に関する助言を受けられるほか、農地の拡大や関連ビジネスの支援、食品加工業支援、保育施設の拡充による母親の職場復帰支援など直接・間接的な農業活動の補助に使われる。

共通政策は、単一市場で供給・価格を安定させ、補助金の高騰で拠出が膨らむのを避けることを可能にした。EUは現在、気候変動に対応した環境保護やグローバリゼーションに伴う農家支援など近年の課題を考慮に入れながら、次期予算枠組みを前にCAPの近代化、簡素化といった見直しを進めている。

CAP予算の現状と2014年改革案

CAP予算は、7年間の財政枠組みの中で、毎年EU理事会と欧州議会により決定される。2011年6月に発表となった次期2014年~2020年の財政枠組み案「欧州2020のための予算」は、知識・革新、持続可能性、経済・社会・地域的包摂を優先事項に掲げた成長戦略「欧州2020」の目標達成を意図している。

グラフ1からもわかるように、CAP向け拠出金額自体は加盟国増加に伴い、過去30年間で増額しているものの、EU予算全体に占める割合は年々低下している。1980年代はEU拠出の70%前後を占めていたが、他の政策の拡大とCAP縮減を行ったことにより最近は40%台となり、次期予算枠組みの終わる2020年には33.3%にまで下げることが提案されている。グラフ2では、色別にCAP拠出が何に向けられているかを示し、政策の移り変わりを見ることができる。対GDPに占めるCAP拠出額の割合は、1980~1990年代は0.6%以上あったのが、最近では0.4%を超えた位置にまで低下した。

出所:欧州委員会農業・農村開発総局 CAP post-2013: key graphs and figures Graph 1, November 2011

 

出所:欧州委員会農業・農村開発総局 CAP post-2013: key graphs and figures Graph 2, November 2011

 

ダチアン・チオロシュ農業・農村開発担当委員(右) © European Union, 2012

現在、次期CAP改革内容の検討が進んでいる。加盟国が27カ国に拡大し、リスボン条約を受けて欧州議会とEU理事会が共同決定権を持つようになったことからも、調整は複雑化している。財政難でEU予算の大きな割合を占める農業予算にも厳しい目が向けられる中、予算確保の手段として、注目されているのが「グリーニング支払い」だ。これは、環境保全に役立つ基準を満たした農家に限定して所得補助を行うというものだ。2014年~2020年の財政枠組みに基づく次期改革は、2013年中に決定され、2014年1月から施行される予定である。

欧州委員会のダチアン・チオロシュ農業・農村開発担当委員は、改革案の10のポイントを発表した。

  1. よりターゲットを絞った所得補助
  2. 問題によりよく対応、適した危機管理の手段
  3. 持続的に生産性を保つための「グリーニング支払い」
  4. 研究と革新への追加的な投資
  5. 競争力と公平性の高いフードチェーンの構築
  6. 環境に配慮した農業プロジェクトへの投資支援
  7. 若い世代の農業への定着を推進
  8. 農村の雇用と起業を活発化
  9. 条件不利地域への支援
  10. より簡素で効率のよいCAP
参考文献

欧州委員会農業・農村開発総局ウェブサイト
欧州委員会農業・農村開発総局作成スライド資料
農林水産省農林水産政策研究所「EUの所得価格政策と農業の構造
駐日欧州連合代表部ウェブサイト「農業政策

世界市場におけるEUの農産品
2010年、EUは農業部門において貿易赤字から黒字に転じ、2011年も出超が続いた。欧州委員会統計局によると、2011年、農業部門の貿易額はEUの全輸出(1兆5,250億ユーロ)の7%、全輸入(1兆6,850億ユーロ)の6%を占める。ともに前年から16%増加している。

農業部門の輸出品目を見てみると、2011年の主要な輸出品(輸出総額1,050億ユーロ)は、ほとんどが最終製品で、輸出品第1位はワイン。前年より20%増加した。その後、調理済み食品、ウィスキー、香料、小麦、と続く。第6位の冷凍豚肉も前年比で輸出額32%、輸出量27%と大きな伸びを見せている。輸出先トップ3は、米国(EUは米国の輸出先第5位)、中国・香港、ロシアの順で、特に中国・香港への輸出は2007年以降ともに30%以上拡大している。

日本は、EUの農産品の輸出先第5位で、EUの重要な貿易相手国である。2011年の日本向け輸出は48億ユーロ、日本からの輸入は1億8,250万ユーロ。近年では豚肉やチーズの輸出が増えているが、グラフ1のとおり、ここ10年で大きな変化はない。

 

出所:欧州委員会統計局(ユーロスタット)

 

主な輸出品はグラフ2のとおり。主な輸入品は主にコーヒー抽出物、スープ、種を含む野菜製品、穀物加工品、動物・植物油脂だ。将来的に、日・EU間で自由貿易協定交渉が始まるとすれば、農産品貿易にも少なからず影響が出てくるだろう。

 

出所:欧州委員会統計局(ユーロスタット)

参考文献

欧州委員会農業・農村開発総局発行
Monitoring Agri-Trade policy (MAP), Agricultural trade in 2011: the EU and the world, May 2012
International aspects of agricultural policy