2015.3.31

FEATURE

格差を解消し経済成長を図るEUの対貧困政策

格差を解消し経済成長を図るEUの対貧困政策
PART 1

貧困削減目標と現状

貧困削減は欧州2020の包摂的成長のための重点目標

「欧州2020(Europe 2020)」は、2010年に策定されたEUの経済成長戦略で、「賢い成長(Smart Growth)」、「持続的成長(Sustainable Growth)」および「包摂的成長(Inclusive Growth)」を柱とする10カ年計画である。この3つを実現するために、雇用、研究開発、気候変動・エネルギー、教育、貧困・社会的排除の5部門で重点目標を掲げ、7つの主要施策を打ち出している。

「欧州2020」が目指す3つの成長と7つの主要施策(太字)

賢い成長(Smart Growth)

知識とイノベーションを基礎とする経済の実現

イノベーション促進留学や海外研修の奨励デジタル社会の構築

持続的成長(Sustainable Growth)

資源を有効活用し、環境を重視した、競争力のある経済の推進

資源の有効活用の促進産業競争力の強化

包摂的成長(Inclusive Growth)

地域間の経済的、社会的な結束を高める、高雇用水準の経済の育成

雇用改善と技能向上貧困克服

 

特に貧困の克服については、「欧州2020」の中で「成長と雇用の恩恵を広く共有し、貧困者と社会的に排除されている者が尊厳をもって生活し、社会に積極的に関与するよう、社会的・地域的結束を確保する」と掲げ、包摂的成長に欠かせないとしている。具体的には、2008年を基準年とし、後述の「貧困の3指標」のうち1つでも当てはまる人を「貧困または社会的排除の危機にさらされている人」と定義し、その数を2020年までに25%、すなわち2,000万人減らすことを目標に定めている。

社会的に排除されている人々に衛生習慣などを指導することから始めて、定住を促し、社会に取り込もうと働きかけている非営利民間団体(NPO)「ストリートナース」の活動(ベルギー) © ASBL Infirmiers de rue

貧困の3指標:低就業率、低可処分所得、物質的困窮

欧州2020の貧困削減目標は、「貧困または社会的排除の危機にさらされている人」の数を減らすことである。経済的貧困だけではなく、雇用や教育など社会参加の機会が妨げられている、つまり社会的排除の状態にある人も念頭に置いているのだ。「貧困または社会的排除の危機にさらされている人」は、以下の3つの指標で定義される。

① 就業率の低い世帯の人

② 可処分所得の低い世帯の人

③ 物質的に困窮している世帯の人

①の就業率の低い世帯とは、世帯内の成人(18~59歳、学生を除く)1人につき、フルタイムで働いた場合の1年間の就業月数を12カ月とし、そのうち1世帯平均20%(2.4カ月)以下しか就業していない世帯を指す。当該世帯に暮らす0歳から59歳までの人数が指標の対象。

②は、居住国で最低許容レベルの生活を営むことができないほど低収入であることを意味し、具体的にはその国の等価可処分所得の中央値の60%以下の収入しかない個人やその世帯の人々を指す。

③は物質的に欠乏している状態を指し、次の9項目のうち4項目以上について賄えない個人や世帯が当てはまる――1)家賃や公共料金、2)家の適度な暖房、3)予期せぬ出費、4)一日置きの肉や魚などのたんぱく質の摂取、5)年に一度の1週間のバカンス、6)自家用車、7)洗濯機、8)カラーテレビ、9)電話。

これら3つ指標によると2011年、EU域内で1億2,000万人が少なくとも1つに当てはまる、いわゆる貧困レベル以下に分類された。複数の指標に当てはまる人も、1人とみなしている。

子ども、女性、年配者に多い貧困

2011年のEUの貧困の詳細は下記のようになっている。

  • EU市民の24%(1億2,000万人)が貧困層に分類され、そのうち子どもが27%、65歳以上が20.5%を占めている。仕事があるにもかかわらず貧困に分類されるワーキングプアは9%となっている
  • EU市民の9%が、必要物資が足りずに苦しんでいる。冷暖房が十分できなかったり、水や電気が引かれていないなど、極度に困窮している人もいる
  • EU市民の17%が、その国の平均収入の6割に満たない収入で生活している
  • 家族の中で1人も働いていない世帯は、10%に上る
  • 貧困層には男性よりも女性の方が多く、その差は1,200万人に上る
  • ロマなどの少数民族は、特に不利益な状況に置かれている。彼らの3分の2が失業しており、子どもの半分は幼稚園に通っていない。高校卒業までたどりつくのは15%しかいない。

EUでは2008年の貧困層は約1億1,700万人だったが、2011年には1億2,000万人、2013年には1億2,300万人と増加している。総人口に対する比率でも2008年の23.8%から2013年の24.5%へと増えた。例えば2013年、ブルガリア人の48.0%、ルーマニア人の40.4%、ギリシア人の35.7%が貧困層に分類された(下のグラフ参照)。

2013年のEU加盟国別貧困率 (人口に対する割合)

ユーロスタット(欧州委員会統計局)の統計を基に作成

貧困層には、子ども、若者、ひとり親世帯、要介護者のいる世帯、移民、少数民族、障がい者が多い。幼少時代から貧困に苦しみ、何世代にもわたって貧困の連鎖から抜けられない悪循環も見られる。ひとり親世帯の子どもは、両親が揃っている世帯の子よりも5%貧困率が高い。

失業者の貧困率は、就業者に比べて5倍となっている。有期雇用や派遣などの業務体系の多様化により、働いているのに貧困であるワーキングプアも増加している。なお、失業者や社会とのかかわりのない人が増加すると、社会保障制度の維持が脅かされる。高齢者の貧困率は19%と高く、必要な物にも事欠く人が多い。2030年までに年金受給者はEU全体で現在の約1億2,400万人から1億4,350万人に増加すると予想されており、持続可能な年金制度や介護問題への対応が課題である。

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