新駐日大使に聞く日・EU関係の今後

PART 2

日・EU関係の今後

交渉は双方の利益にかなう新しい関係を作るチャンス

―EEASアジア・太平洋本部長として戦略的パートナーシップ協定(SPA)の首席交渉官を務めてきましたが、これまでの日本との交渉をどう分析しますか?

新しい日・EU関係を築き、双方の市民の期待に応える政治的な枠組みを作ろうという目標が日本側にもしっかり理解されていることをうれしく受け止めました。交渉の初期段階から、私は日本の外務省チームとともに「この枠組みは将来の日・EU関係を規定するものなので、何年も先を見通したものでなければならない」という双方の合意の下、注意深く検討を進めてきました。EUとしては「長期的な枠組みのためには、さまざまなことを考慮に入れる必要がある」という点を強調してきました。

2014年5月の第22回日・EU定期首脳協議では、戦略的パートナーシップ協定(SPA)と、自由貿易協定(FTA)の締結に向けて、安倍総理も強い意欲を見せた(2014年5月7日、ブリュッセル) © European Union, 2014

日本と欧州の関係は貿易や経済が中心ですが、新しい枠組みでは、他のさまざまな分野も考慮に入れて、双方が抱える潜在的な問題も意識しながら、均衡の取れたものにする必要があります。 政治的な枠組みは、貿易関係を超えて市民の期待を反映したものが望ましく、両国の協力関係の裾野を広げるような野心的なものにすべきです。気候変動、エネルギー、環境保護、教育、文化、国際関係などの問題もその一部。新しい章を開くために、いくつもの分野で準備を進めています。 私たちの交渉は、まったく新しい枠組みを発明するのではなく、あらゆるものを考慮に入れて形にし、共に新しい可能性や潜在力を合意の中に盛り込んで合体させることを目指しています。この観点から見ると、戦略的パートナーシップ協定(SPA)と自由貿易協定(FTA)はどちらも現実的なニーズに深く関連した内容になるでしょう。二者の関係を土台にしながら、国連、東アジア首脳会議、ASEANの枠組みなどにおける安全保障とも連動させます。地域および国際的な平和や安全保障に貢献したいという日本政府と日本国民の願いを可能にするような日・EU関係の構築が望まれます。

―FTAの締結に向けてはどのような見通しを持っていますか?

FTAは、あらゆる分野で互いの利益を結びつけるチャンスをもたらします。FTAの締結によって、日本と欧州は互いに1%の経済成長が期待できます。日本の対EU輸出は20%以上の成長を、EUの対日輸出は30%以上の成長を予想しています。 私たちがFTA締結を望む時、いわゆるアベノミクスの「第三の矢」の行方が問題となります。双方にとって、構造改革が重大な要件であることを忘れてはなりません。構造改革が前進することで、互いがFTAから恩恵を得られるようになるのです。EUは日本に対して構造改革の推進と市場開放への取り組みを期待し、地理的表示保護制度(※1)などの導入も求めています。

(※1)^ 地域には長年培われた特別の生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品が多く存在している。これら産品の名称を知的財産として保護する制度。

2つの協定を妥結に導き日・EU関係をさらに深めたい

―日本での任期中に成し遂げたい目標は何ですか?

任期が終わる頃には、日本の旧友や新しい友人たちと、良質な欧州産ワインで祝杯を上げていたいと願っています。そのためには2つの協定を妥結に導き、実際の成果を挙げ始めていかなければなりません。もう一つの目標は、戦略的パートナーとしての日・EU関係がさらに広がりを見せること。地域や国際的な利益のために協力し、サイバー空間、教育、イノベーション、農業、環境など、互いに力を合わせて双方が利益を生み出す関係を目指します。数年間の短い任期ですが、どこまでできるか挑戦したいと思っています。旧来の政府開発援助(ODA)を刷新するような開発支援パートナーとしての新体制を日本とEUが作り上げるのも目標です。互いの経験を持ち寄って、世界の諸地域への貢献に取り組みます。

―日・EUの民間レベルでの交流や、日本国内での交流の計画はありますか?

2015年、日本とEUは双方で世界レベルの交流を予定しています。3月には国連防災世界会議が仙台で開催されます。また5月~11月のミラノ万博では日本館や日本のナショナルデーもあり、日本の創造性や革新性がどのように表現されるのか注目しています。これからも文化、ビジネス、観光で、人と人との交流を促進していきます。

日本の人々との交流は、まず自分自身から動き始める必要がありますので、妻や娘と一緒に日本中を旅行したいと考えています。本州は90年代に車であちこち訪ね歩きましたが、北海道などまだ行ったことのない地方を訪れたいと思っています。日本の各地にはEU協会、EU情報センター、EUインスティチュート・イン・ジャパン(EUIJ)などのEU関連機関があり、さまざまなレベルでのイベントも予定されています。日本の地方では、互いに活かせる多くの知恵に出会えることを期待しています。

―夫人も外交官とのことですが、EUでも日本でも話題の「女性の活用」についてどのように考えていますか?

妻は在日ルーマニア大使館の公使参事官を務めています。私の仕事上のことでも、子育てにおいても、さまざまな助力を与えてくれました。そして同時にプロフェッショナルな努力を重ね、妻自身も外交官としてキャリアを築いてきたのです。現在日本では、安倍総理が女性の活躍を提唱し、社会全体がその重要性を理解しようとしています。欧州は女性の登用が原則であり、欧州委員会のユンカー委員長も委員人事に際し、全28人の委員のうち9人以上が女性であることを求めました。私の限られた交友関係でも、日本には優秀な女性が多数いらっしゃいます。女性が尊重され、理解されることが、社会や経済の成長をもたらすのは間違いありません。

―ライフワークや趣味について教えてください。

日本の芸術を愛好しています。70年代後半、若い外交官として初めて書いた文章は、「盆栽」に関するものでした。職人が小さな木を手入れして作る作品は、人間と自然の関係を哲学的に表すものです。我々は自然が大きく強いものだと思っていますが、自然は人間が手を加えて愛でることもでき、楽しさや喜びを表現して人生を彩るアートにもなりうるのです。

東京は現代建築の宝庫として有名ですが、類いまれな「芸術の都」であることも誇りに思うべきでしょう。日本古来の絵画も多くの示唆に富んでいます。日本画は山や森や道などを遠景として描いて世界観の広がりを示しながら、ごく微細な着物の柄、花、装飾的な図案などに視点を移します。これは外交官にとって、政治的、外交的な全体像を見据えながらも、決して細部を忘れてはならないことを思い出させてくれるのです。

―日本との相互理解のために、大切にしていることはありますか。

交渉にあたっては、日本を深く理解しなければいけません。日本の交渉官は忍耐強く、その忍耐が私にも求められています。ある分野で協力を呼びかけるたびに、日本は「具体例を挙げてほしい」、「どの機関が何をすべきか提案してほしい」、「5年後、10年後の予測を教えてほしい」などと問い掛けてきます。これは、実はとても賢明なアプローチなのです。一言で「協力しましょう」というのは簡単ですが、交渉の難しさは細部に宿っています。この細部の一つひとつの難問を克服して交渉を成功させるため、私は日本流のアプローチを徐々に学んでいます。 交渉とは、お互いを理解し、啓発しあいながら、共に進歩することなのです。

プロフィール

ヴィオレル・イスティチョアイア=ブドゥラ

Viorel ISTICIOAIA-BUDURA

1952年ルーマニア生まれ。中国・天津の南開大学で中国語および中国文学専攻、ルーマニアのブカレスト大学で哲学および歴史学を専攻し、ルーマニア外務省に入省在日ルーマニア大使館副代表・公使参事官(1992年~1996年)、駐韓国ルーマニア大使(2000年~2002)、駐中国ルーマニア大使(2002年~2011年)、欧州対外行動庁(EEAS)アジア・太平洋本部長(2011年~2014年10月 )などを歴任。2014年10月に来日、12月に正式に駐日EU特命全権大使に就任。