2014.5.23

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歴史的EU拡大からの10年を振り返る

歴史的EU拡大からの10年を振り返る

 

拡大によって広がった平和と安定と繁栄の地

2004年5月1日、中・東欧を中心とした10カ国が欧州連合(EU)に加盟、EUは15カ国から一気に25カ国へと拡大した。本年はこの「歴史的拡大」の10周年にあたる。2004年は、欧州にとって、1989年のベルリンの壁崩壊に端を発した第二次世界大戦後から続いた東西分断の解消が実現し、「一つの欧州」という大目的に大きく近づいたという意味でも、歴史的である。新規加盟国の多くは中・東欧の旧共産圏諸国であり、加盟を機に民主主義、法の支配、人権など、EUの理念が遵守されることになった。

「新規加盟国の成長によって、既加盟国も成長した」と語るシュテファン・フィーレ拡大・欧州近隣政策担当委員 ©European Union, 2014

ジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長は10周年にあたり、「このEU拡大により、欧州は長年の人為的な分裂に終止符を打ち、再統合された。・・・・EU加盟はさらに、民主的国家への道であり、また、希望の象徴そして何百万もの人々にとってのより良い未来であった。我々は、この約束を叶えたと思う」と述べている。

また、シュテファン・フィーレ拡大・欧州近隣政策担当委員は「新規加盟国の成長により、投資機会、製品需要が増大し、既加盟国も成長した」と、拡大が新規加盟国のみならず、既加盟国にとってもより良い結果とより大きな可能性を生み出してきた事実を強調した。例えば、既加盟国であるドイツは、2004年以降の新規加盟12カ国への輸出がこの10年でほぼ2倍に増え、英国もその間に輸出を5割伸ばした。またオーストリアは年間GDPが0.4%増加した。

拡大までの道のり

2004年に新規加盟した国は、旧ソビエト連邦構成国3カ国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、旧ソ連衛星国4カ国(チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロヴァキア)、旧ユーゴスラビア構成国1カ国(スロヴェニア)、および南欧の島国2カ国(キプロス、マルタ)である。なお、2007年にはブルガリアとルーマニアが加盟し(以上、12カ国の加盟はEUの第5次拡大)、その後、2013年にクロアチアが、旧ユーゴスラビア構成国として2番目に、また西バルカン地域国として初めてEUに加わり、現在EUの加盟国は28カ国となっている。

 

  

 

しかしEUが2004年の拡大を遂げるまでには、長い道のりがあった。東西の統合について、欧州には1990年のドイツ統一に伴う混乱という苦い経験がある。旧東ドイツの市場経済が未熟なままに西側と統一してしまったことで、国内だけではなく、欧州全体の経済に悪影響を及ぼしたのだ。

2004年のEU拡大ではその教訓を生かし、準備に10年という長い歳月をかけ、交渉は慎重に進められた。拡大にあたっては、欧州の平和と安定を達成するという目的と同様、EU経済の健全性を損なわないことが重視され、共産主義から市場主義への経済移行のための行動計画であるPHARE(ポーランド・ハンガリー経済再建援助計画。後に支援対象が12カ国に拡大)を策定、欧州復興開発銀行(EBRD)による大規模な経済支援が行われた。

域外国であるロシアとの調整も、拡大における課題であった。ポーランドとリトアニアの間にはロシア領カリニングラード州という「飛び地」が存在するが、ここが拡大後はEU加盟国に囲まれ、孤立してしまう可能性があった。これについては2002年11月に開催されたEU・ロシア首脳会議で、ロシア本土と同州との一定期間内の自由な往来を認める通過証を発行することで合意し、調整が図られた。

 

2004年のEU拡大までの流れ

1993年

コペンハーゲン基準」の原則化
欧州理事会は、EU加盟のための要件を示す「コペンハーゲン基準」を定めた

1997年

ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロヴェニア、エストニア、キプロスの6カ国との交渉開始を決定

1998年

上記6カ国との加盟交渉開始

1999年

ラトビア、リトアニア、スロヴァキア、ルーマニア、ブルガリア、マルタの6カ国との加盟交渉開始を決定

2000年

上記6カ国との加盟交渉開始

ニース条約(改正欧州連合条約)に関する合意
同条約は、同規模の既加盟国と新規加盟国が対等な取り扱いを受けることを原則とする

2002年

チェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキアの10カ国との加盟交渉終了

2004年

上記10カ国が加盟
(ブルガリアとルーマニアは、2002年時点では必要な加盟基準を満たさず、2007年に加盟)

新規加盟国のうち、6カ国がユーロ導入を果たす

新規加盟国は所定の条件が整い次第、ユーロを導入することが義務づけられている。新規加盟12カ国のうち、半数にあたるスロヴェニア(2007年)、マルタ、キプロス(2008年)、スロヴァキア(2009年)、エストニア(2011年)、ラトビア(2014年)の6カ国が既にユーロ導入を果たしている。

拡大がもたらした影響

拡大後10年を経た現在までに、欧州にはどのような変化がもたらされたのだろうか。冷戦時の欧州の東西分断の構造が、民主的、平和的に解消されたことが、まず挙げられる。また、より大きなEU域内で協力し、ルールを統合することにより、エネルギー、運輸、法の支配、移民問題、食の安全、環境保護、気候変動対策など、さまざまな面で市民の生活の質が向上した。さらに、EUの理念である民主主義と基本的自由、法の支配を強化することで、欧州がより安全になった。加えて、拡大によりソフトパワーも増大したEUは、多極化した世界において、より影響力を持つようになったと言える。

新規加盟国の経済成長により、約300万の新しい雇用が生み出された ©European Union 2013 – EP

経済においても、多大な恩恵がもたらされた。域内の国々には単一の関税率、貿易ルール、行政手続きが適用されるが、その範囲も広がった。EUの関税率は、相対的に新規加盟国の加盟前の税率よりも低いというメリットがあるため、これらの国々の域外国との貿易が促進された。2012年、EUのGDP(域内総生産)は世界全体のGDPの23%を占める13兆ユーロに達し、企業、投資家、資産家、消費者、旅行者、学生など幅広い層に経済的恩恵をもたらした。新規加盟国の経済成長率は、1994年~2008年の14年間で年平均4%。この力強い経済成長により、2002年~2008年の6年間で、約300万の新しい雇用が生み出された。

新規加盟国の経済成長は、既加盟国にも経済的に良い影響を与えた。例えば両者間の貿易は、約3倍も増加(新規加盟国同士では、約5倍の増加)した。また投資機会の増大、製品需要の高まりにより、2000年~2008年の8年間、EU既加盟15カ国の累積成長率(cumulative growth)は0.5%上昇した。新規加盟国が成長することにより、既加盟国の成長にも貢献があるという、好循環が生まれたのだ。

細かなルールや障害を取り除いたより大きな単一市場は、投資家にとって、この上ない魅力となる。拡大により、域外国からEUへの海外直接投資(FDI)は、2004年はGDP比15.2%であったのが、2012年(当時の新規加盟国は12カ国)にはGDP比30.5%に増加し、約2倍となった。EUの単一市場は今や、FDIの20%を呼び込むホットな市場だ。

 

EUへの直接投資は、2012年には2004年の約2倍となった(「欧州委員会拡大総局作成資料」より)

 

「拡大はEUの重要な政策である。最も強力な変革手段であり、改革への強い動機でもある」とフィーレ委員は述べている。現在、加盟候補国は、モンテネグロ、アイスランド(交渉停止中)、マケドニア旧ユーゴスラビア、セルビア、トルコの5カ国。またアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボは潜在的加盟候補国とみなされている。特に南東欧の国々にとってEU加盟は、民主改革・経済改革を通した平和・繁栄・安定・安全の地への変貌を意味することからも、EUは引き続き拡大政策を推進していく。

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