英国脱退後のEUの制度的変更

© European Union, 1995-2020

2020年1月31日に英国が脱退し、EUは創設以来、加盟国離脱という初めての経験をすることとなった。同国の脱退により、何がどのように変わったのか。2020年12月31日までとされる移行期間中の措置を含め、EUの制度的な変更を中心に解説する。

市民生活に配慮した緩やかな移行期間

英国が欧州連合(EU)を脱退するに際し、市民社会が急激な変化で混乱に陥らぬよう、入念に準備が行われてきた。2020年1月31日をもって脱退となったものの、実際には移行期間に入ることで、EU・英国双方の一般市民、消費者、企業、投資家、学生や研究者らが、この日を境に急激な変化に直面しなかった。

スペイン在住の英国人年金生活者。脱退日を迎えても、移行期間中は「市民の権利」に劇的な変化は訪れなかった
© European Union, 2000

市民生活にまだ直接的な変化が見られないのは、英国に対し、EU法で定められた法的権限やEU司法裁判所の司法権が、2020年12月31日の移行期間終了日まで引き続き適用され続けるためだ(なお、移行期間はEU・英国双方が7月1日までに合意すれば1年もしくは2年延長することができる)。より具体的には、移行期間中、英国はEUの関税同盟と、人・物・資本・サービスの移動の自由(4つの自由)を約束する単一市場に留まる。また同国は、日本との経済連携協定(EPA)など、EUが締結した全ての国際的取り決めを順守しなければならない。さらに、EU域外の第三国や国際機関と新たな取り決めを結ぶために交渉したり合意したりすることはできるが、その適用は移行期間終了まで待たねばならないとしている。

英国のEU脱退後に見られる変更点

脱退協定」に従って、2020年2月1日以降、英国はEUの意思決定には参加できなくなり、欧州委員会、欧州理事会およびEU理事会、欧州議会などの主要機関ばかりでなく、EUのあらゆる専門機関・庁、事務所などに代表を送ることができなくなった。このことは、EUを運営する諸機関の制度面で、主に次のような変更をもたらした。

英国がEUを脱退したことで、欧州委員会委員、欧州理事会およびEU理事会の構成員、欧州議会の議席、EU司法裁判所の判事、欧州中央銀行(ECB)の理事などの数が減った。同時に欧州議会の政党グループの勢力図が変わり、EU理事会の意思決定に変更が加わった(後述)。

なお、2019年12月1日に発足したウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長率いる新欧州委員会には、すでに英国代表の委員は含まれていなかった。また、英国がECBに出した払込資本金はイングランド銀行へ返金される。

欧州議会の勢力図

欧州議会では、2018年2月の時点で、英国が保有する議席を脱退後にどのように調整すべきかが決められた。全778議席のうち英国選出議員の73議席分が空席となり、そのうち27議席は人口比補正のために14カ国に振り分けられ、残りの46議席は将来のEU拡大に備えて留保された(内訳は以下の表を参照)。

欧州議会の議席数(英国EU脱退後)

 国名  英国EU脱退後  議席増
 ベルギー  21
 ブルガリア  17
 チェコ  21
 デンマーク  14  +1
 ドイツ  96
 エストニア  7  +1
 アイルランド  13  +2
 ギリシャ  21
 スペイン  58  +4(*)
 フランス  79  +5
 クロアチア  12 +1
 イタリア  76  +3
 キプロス  6
 ラトビア  8
 リトアニア  11
 ルクセンブルク  6
 ハンガリー  21
 マルタ  6
 オランダ  29  +3
 オーストリア  19  +1
 ポーランド  52  +1
 ポルトガル  21
 ルーマニア  33  +1
 スロヴェニア  8
 スロヴァキア  14  +1
 フィンランド  14  +1
 スウェーデン  21  +1
 合計  704(*)

出典:「MEPs by Member State and political group」を基に作成

* 705議席に削減されたことにより、スペインは本来5議席増であるが、1議席が空席であるため、合計704議席となっている(以下の欧州議会公式ウェブサイトにて、2020年4月13日付で確認)
https://www.europarl.europa.eu/meps/en/search/table

さらに、英国のブレグジット党が保有していた29議席が各政党グループに配分されたことで、全体的に見ると中道左派は議席を減らし、中道右派がやや増える結果となった。なお、親EU派が議席の3分の2以上を占めるという、2019年5月の選挙結果は変わらない。

欧州議会の政党グループ別議席数(英国のEU脱退前後)

出典:『Review of European and National Election Results – Update: Addition Following the Withdrawal of the United Kingdom from the European Union (February 2020)』の「Composition of the European Parliament」を基に作成

【図左から】欧州統一左派・北欧緑左派同盟(GUE/NGL)、社会民主進歩同盟(S&D)、緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)、欧州刷新(Renew Europe、ALDE〈欧州自由民主連盟〉より改称)、欧州人民党(EPP)、欧州保守改革グループ(ECR)、アイデンティティと民主主義(ID、国家と自由の欧州〈ENF〉より改称)、無所属(NA) ※左派~右派の順
出典:欧州議会「European Parliament: 2014 – 2019 / 2019 – 2024」

※i  第9議会期(2019年~2024年)では、スペインの3議席が空席
※ii  2020年2月14日、スペインの1議席が空席

2019年5月の選挙結果では女性議員が751人中301人で、初めて40%を超えていたが、英国脱退の結果、278人(39.49%)となった。

EU理事会

EU理事会の議長国は、加盟国間で半年ごとに持ち回る「輪番制」となっている。さらに、連続する3カ国が18カ月間を1つの単位として「トリオ議長国」を組み、EUとしての取り組みの継続性を図る制度もある。議長国については長期に及ぶ順番表が組まれているが、2016年6月に行われた英国民投票の結果を受け、同年7月にはすでにその順番表から英国が外される形で修正されていた。

EU理事会での採決は、「全会一致(unanimity)」と「単純多数決(simple majority)」に加え、人口を考慮した「特定多数決(qualified majority)」があり、議題によっていずれかの方法が取られている。

英国のEU脱退は、EU理事会における採決の基準や議決権も変化させた。「単純多数決」ルールの下、採決の基準を満たす国の数は、英国を含む28加盟国では15カ国であったが、脱退後の27加盟国になると14カ国となった。

約8割の採決に用いられる「特定多数決」の場合、リスボン条約(2009年12月発効)に基づき、採択には加盟国数の55%以上とEU人口の65%以上の二重の要件を満たす必要がある。英国を含む28加盟国での加盟国数要件55%は16カ国であったが、27加盟国では15カ国となる。

EU理事会での票決に関わる加盟各国の人口の割合

国名   全EU人口に対する自国の人口の割合(%)
 ドイツ  18.54
 フランス  14.98
 イタリア  13.65
 スペイン  10.49
 ポーランド  8.49
 ルーマニア  4.34
 オランダ  3.89
 ベルギー  2.56
 ギリシャ  2.40
 チェコ  2.35
 ポルトガル  2.30
 スウェーデン  2.29
 ハンガリー  2.18
 オーストリア  1.98
 ブルガリア  1.56
 デンマーク  1.30
 フィンランド  1.23
 スロヴァキア  1.22
 アイルランド  1.10
 クロアチア  0.91
 リトアニア  0.62
 スロヴェニア  0.47
 ラトビア  0.43
 エストニア  0.30
 キプロス  0.20
 ルクセンブルク  0.14
マルタ 0.11

出典:EU理事会「Voting calculator」を基に作成

EU全体としてのパワーバランス

EUの主要機関における力のバランスに関し、EU理事会では大きな加盟国がやや強い影響力を持つようになった一方、欧州議会では、小さな加盟国にやや重きが置かれるようになっている。ところが、より間接的にだが、EUの行政執行機関である欧州委員会では大小にかかわらず加盟国間の平等が担保されている。従って、主要機関を見渡したとき、EUの諸機関の間のパワーバランスは、英国の脱退によって著しく影響を受けることはなさそうである。

 

関連記事

親EU派が多数を占めた2019年欧州議会選挙の結果  (EU MAG 2019年5・6月号 ニュース)
EU・英国間の脱退協定案について教えてください  (EU MAG 2019年1・2月号 質問コーナー)
EU理事会と議長国について教えてください  (EU MAG 2017年5月号 質問コーナー)